第101話 堅実な歩み
「耳が痛てぇな……」
レイフェットが苦笑しながら呟く。
「すまないな、勝手な事ばかり言って。最初に言った通り、酔っ払いの戯言と聞き流してくれていいんだぞ?」
「いや……目を逸らしていたことだからな。周辺国との関係を見直すにはいい機会かもしれないな」
ライオネル商会の参入によって、シアレンの街は未だかつてない程活気に満ちている。
エミリの店は勿論、ライオネル商会によるダンジョン素材の買い取りも始まった為、探索者の懐具合がかなり充実しているのだ。
今まで在庫過多であったり、街の中で使い道のなかったりした素材も高値で売れる様になり、中堅以下の探索者達でさえも今までと違い、生活に余裕が生まれつつある。
そして、急ピッチで建築の進んでいるライオネル商会の二号店……大型店舗は更にこの街を活性化させるだろう。
「最近は程よく安定していた。そこにライオネル商会の参入で一気に物と金が回りだしている。曲りなりも大国であるハルキアはともかく、ラーリッシュ程度の経済力ならそう遠くない内に伍することも出来るだろうな」
「小国とは言え、複数の街や村を領地に持っているのだろ?ラーリッシュ王国とはそこまで貧しているのか?」
ライオネルの予測にセンは少し驚いた表情を見せる。
「まぁ、そうだな。ラーリッシュは周辺国と同様にとにかく予算の殆どを軍事費に回しているからな。民の生活は豊かにならず、一部の上層部だけが金を独占している。国土も人口も大したことないが軍の規模だけはそれなりだ。軍関係は食料の配給が優先されるからな……食い詰めた奴らはこぞって軍に参加する訳だ」
「軍か……この辺の政情は安定していると思っていたが、そうでもないのか?」
「危ういバランスって所だな。西に魔法王国ハルキア、東は小国が複数……さらにその向こうには獣王国だ。魔法王国と獣王国に挟まれている小国たちは、いつ両国が動き出すか戦々恐々としながら、なんとか他の小国を併合しようとしている。だが戦力が拮抗していてな……どこかが動けば他の国を利することになって動けないって感じだ」
「どこかがバランスを崩したり、強引に動いたりすれば一気に火が燃え広がるって感じか」
「そんな感じだな。だが両大国からすれば小国群はいい緩衝材だろうよ」
「あー、ハルキアは人族至上主義なんだったか?流石に獣王国とはお互い隣接したくないだろうな。全面戦争待ったなしって感じだ」
センの言葉に苦笑しながらレイフェットが頷く。
「そんな微妙なバランスなのに動いて大丈夫なのか?」
「小国間のバランスは崩れるだろうな……ラーリッシュは基本的に小物だが、調子に乗る可能性は……大いにある」
「それはマズくないか……?」
センが顔を顰めながら言うと、レイフェットが豪快に笑う。
「小競り合いは増えるかもしれないが……大きく動くことは無いだろうな」
「先に動けば潰されるか……流石に他国を圧倒出来る程伸びはしないか」
「時間を掛ければ分らんがな……」
「その頃にはライオネル商会がもっと手広くやっているだろうし、問題ないだろうな」
センが軽い口調でライオネル商会の名前を出した時、レイフェットが思い出したという様に表情を変えた。
元々この話は、ライオネル商会がどうやってシアレンの街に商品を搬入しているかという話だったのだ。
「……そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃねぇか?」
レイフェットの言葉にセンは苦笑しながら頷く。
「あぁ、そうだな。だがその前に……領主様相手に不敬極まりないと存じますが、この件は内密に願います」
「気持ち悪い」
慇懃無礼とも言えるセンの言葉をレイフェットがばっさりと斬って捨てる。仕方なく、センは苦笑しながら改めて口を開いた。
「……教えてやるから誰にも漏らすなよ?」
「……あぁ、誓おう」
センが真剣に言っていることを感じ取ったレイフェットが、真剣な様子で誓いを立てた。
「だが……いいのか?ライオネル商会の秘奥だろ?」
「まぁ、そうだな。だがレイフェットにこの話をすることは、ライオネル殿達には伝えているから問題は無い」
「ほう……俺は何に巻き込まれるんだ?」
元々秘密を話すつもりだったと伝えた事で、警戒した様子を見せるレイフェット。
「まぁ、それは追々だな」
「分かった。聞くのは止めよう、興味が失せた」
センから顔を逸らし、酒を煽るレイフェットは頑なにセンの方を見ない。
しかし、そんなレイフェットの様子を見ながらセンは皮肉気に口元を歪ませる。
「そうか……じゃぁ仕方ない」
そう言ってセンは自分の器にテーブルに置き酒を注いだ後、レイフェットが空にした器を手に取りその上に被せた。
それは先程レイフェットが思いっきり裏をかかれた状態と同じだ。
「レイフェット……これが何か分かるよな?」
「思い出すだけでも腹立たしいな。一から十まで全部お前の掌の上だったいい思い出だ」
「ははっ!思い出すだけで酒が旨くなるな!」
「不味くなるんだよ!……それで、それがどうした?」
センが何を言いだしたのか気になったレイフェットが、憮然とした表情のままセンの方に視線を向ける。
「さっき俺はアルフィンに手を貸してもらってお前の仕掛けを突破したよな?」
「うちの息子を利用するとはとんだ外道だな」
「まぁ、それについては後でアルフィンに謝っておくが……実は、この状態から、俺は誰の手も借りずに自分の器を手に取ることが出来る」
「……それは被せている俺の器に手を触れずにってことだよな?」
「あぁ」
「……」
レイフェットが逆さまに被せられている器を睨みつけながら考え込む。
「何かまた汚い手か?」
「まぁ、汚いかどうかと聞かれたら……ど汚いと言えるな」
何せセン以外には無理な方法。しかも小細工でも何でもない、ただの召喚魔法だ。
センは召喚魔法を起動して自分の手の中に自分の器を呼び出す。
「……な、なんだそれ!?」
センの手の中に突然現れた器にレイフェットが驚きの声を上げた後、逆さまに置かれている器を持ち上げる。
当然そこに先程まで置かれていた小さな器はない。
「……どんな手品だ?」
レイフェットが何もなくなったテーブルを凝視しながら絞り出すように呟く。
「これは俺の魔法だ。色々と呼び出したり送り返したり出来る魔法だな」
「呼び出す……つまり、ここにあった器をお前の手の中にってことか?そんな魔法聞いたことねぇぞ?」
「使い手は……もしかしたら俺しかいないかもしれないな」
「……この魔法を使って、あの店に並べる商品を呼び出しているってことか?」
テーブルから視線を外し、センの事を真っ直ぐ見ながらレイフェットが尋ねる。
そんなレイフェットに、センは微笑を浮かべながらその問いに頷いて見せた。
「……それであれ程の量を誰にも気づかれずに輸送出来ている訳か……いや、だがそれだとこの街で買った素材はどうやって?呼び出すか送り返すかって魔法なんだろ?」
「まぁ……それは創意工夫ってやつだな。教えてやってもいいが、その辺りはまた今度な」
「……そんな便利な魔法の使い手がなんでいないんだ?聞いた限りじゃめちゃくちゃ便利じゃねぇか」
「かなり難しい魔法なんだ。その上、魔法式がかなりデカい……少なくとも俺はこの魔法を使えるようにしているせいで他の魔法を使うことが出来ない」
(まぁ、今のところは……だが。ハルカの協力があればなんとかなるかも知れない……俺一人の研究だと少し行き詰っているが……)
「ふむ……俺は魔法には詳しくないが……魔法使いとして、魔法が一つしか使えないのはかなりマズいだろうな」
「そうだろうな……」
(この世界の魔法は基本的に戦闘用だからな……状況に応じて複数の魔法を使えなければ魔法使いとは言えないだろう。出来れば戦闘以外にも使える魔法を開発したい所だが……やりたいことが増える一方だな)
この世界に来て五か月弱、ようやく同郷の者を見つけたセンではあるが、まだ事態は好転しているとは言い難い。
それでも確実に前に進んでいる。
今日のレイフェットとの会話もそうだ……確かな手ごたえを感じながらも、センは焦らずに一歩一歩確実に進んでいく。
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