召喚魔法の正しいつかいかた

第102話 色々危険

　センがレイフェットとの会話を終え自宅に帰ったところ、庭ではニコルとアルフィンが木剣で激しい応酬を繰り広げていた。

「二人とも凄いな……」

　センの胸に届かない程度しか身長がなく、手足も華奢で本気で掴んだら折れてしまうのではないだろうかと心配するくらい小柄な二人が、センにはとてもではないが不可能な動きで切り結んでいる。

「にゃはは！流石は我が弟子にゃ。それと互角に打ち合うアルフィンも大した物にゃ」

　非常に上機嫌なニャルサーナルがセンに声を掛けながら近づいてくる。

「二人の傍で見ていなくて大丈夫なのか？」

「木剣での打ち合いだからにゃ。そうそう大怪我なんてしないにゃ」

「そんな事は無いだろ……」

　恐ろしい事を言いだしたニャルサーナルにセンがツッコむ。

（竹刀とか作った方がいいのか？竹は見た事無いが……日本でも竹刀が開発される前は木刀で稽古をやって、普通に死人が出ていたとか聞いたことがあるしな……）

　木剣と木の枝は全く違う。

　剣として振り、打ち合う事を前提に作られている木剣は手足に当てれば普通に骨が折れるし、当たり所が悪ければ大怪我……下手をすればあっさり死ぬ。

　確かに目の前で剣戟を繰り広げている二人はまだ子供だが……その膂力は軽くセンを上回っている。

　勿論耐久もそれ相応に高いのだろうが……それでも二人の打ち合いの速度は、受け損なえば大怪我間違いなしだろう。

　しかし、そんな激しい打ち合いも、ニャルサーナルにとっては目を離しても問題ないレベルらしく、楽し気にセンに話しかける。

「アルフィンの剣は今までの修練が見えるとても気持ちがいい剣にゃ。こうやって打ち合っているのを見るとニコルの剣とは雲泥の差だにゃ」

「そうなのか？ニコルも最初の頃に比べたら堂々としたもんだと思うが……まだぎこちなかったりするのか？」

「そうだにゃー、技と技の繋がり……そう言ったところにまだまだぎこちなさが残っているにゃ。こればっかりは繰り返し修練するしかないからにゃー、いっちょういっせきとはいかないにゃ。ん？いっせきにちょー？」

　首を傾げるニャルサーナルから目を外し、センは打ち合いを続けるニコル達に視線を戻す。

　二人の打ち合いはセンに理解出来るレベルではなかったが、二人は非常に楽しそうな笑みを浮かべており、心の底からこの打ち合いを楽しんでいることが分かる。

「なぁ、ニャル。ニコルは今どのくらい強いんだ？」

「どのくらいって難しい質問だにゃ……センなら瞬殺出来るにゃ」

「……そんなことは教えて貰わなくても知っている。もう少しいい比較対象はないのか？」

「うーん、そもそもセンは誰の強さなら分かるにゃ？」

　ニャルサーナルの問いにセンは少し思案する。

（言われてみれば……俺が戦っている姿を見たことがあるのはニコルとアルフィン、後はニャル……あぁ、そうか）

「ニャル、以前……俺が雇う前にエミリさんの家で警備兵と戦っただろ？彼らと比べるとどうだ？」

「ん？けいびへーにゃ？……あ、あーあれにゃ？なんかいっぱいいた奴らにゃ？」

「あぁ……確か四人同時に相手していたな」

　ニャルサーナルにとってはあまり印象深い相手ではなかったのか、若干思い出すのに時間を有したようだが何とか思い出せたようだ。

「四人同時は無理かにゃー。でも三人なら何とかなるはずにゃ」

「さ、三人同時に相手出来るのか……」

　予想以上なニコルの戦闘能力にセンは若干たじろぐが、すぐにニコルの努力に対して誇らしさの様な物を覚える。

「真面目な子だにゃ。もう少し肩の力を抜くことを覚えたらもっと強くなれると思うにゃ」

「そういうものなのか？」

「硬いだけじゃダメにゃ、硬と軟……剛と柔をその場に応じて使い分けることが出来て、ようやく一人前にゃ」

「なるほど……」

（……基本アホなのに、こういう時はどこか深みの様な物を感じさせてくるんだよな、コイツ）

　ニャルサーナルの評価はセンの中で話すたびに乱高下するのだが……基本的には頼りになるとセンは思っている。

「とは言え、驚異的な成長速度にゃ。そろそろ実践に行ってもいいと思うのにゃ」

「実践……？」

　聞き捨てならない単語にセンは眉を顰める。

「うむ……近いうちにニコルとダンジョンに行こうと思うにゃ」

「待て……初耳だぞ？」

「そりゃそうにゃ。今思いついたにゃ」

「待て待て待て、そんな散歩に行くような気軽さで行くような場所じゃないだろ？何考えているんだ？馬鹿なのか？」

「馬鹿って言う方が馬鹿にゃ！ニャルはしんぼうえんりょと名高いにゃ！ん？えんりょしんぼう？」

（あぁ、馬鹿だったな。いや、今はそれどころじゃない）

　脊髄反射と言った感じで言い返した後、首を傾げるニャルサーナルを見て一瞬遠い目をしかけたセンだったが、今は現実逃避をしている場合ではないと踏みとどまる。

「ニャル」

「何にゃ、馬鹿」

「……確かにお前はニコルに戦い方を教えているし、強い」

「当然にゃ。その上賢くて可愛いにゃ」

「……ダンジョンにも詳しいのだろう。そこは認めている」

「博識まで加わってもはやサイキョ―にゃ」

　相槌に若干イラっとするセンであったが、それよりも大事なことがあるのでニャルサーナルの言いたいように言わせておく。

「しかし、ダンジョンは危険な場所だ」

「その通りにゃ。いくらセンがアホの子でもそのくらいは知っていてくれて嬉しいにゃ」

「ダンジョンにニコルを連れて行って、絶対の安全を確保できるのか？」

「ダンジョン……実戦に絶対はないにゃ。怪我は当然、命を落とす覚悟も必要にゃ」

　先程までよりも真剣味を帯びた表情でニャルサーナルは告げる。

「……ところでニャル。お前は俺に雇われているよな？」

「そうにゃ。三食寝床付き、中々悪くない待遇にゃ。でも、さっきから妙な視線をセンから感じるにゃ。多分ニャルが可愛いからいかがわしい事を考えているにゃ。食わせてやっているんだから見返りを体で払えとか言っていやらしいことするつもりにゃ」

「……見返りは仕事だろうが。悍ましい事を言うな」

　こめかみに青筋を浮かべつつ、それでも何かを堪える様にセンが言う。

「仕事の内容を言ってみろ」

「はー、センはそんなことも覚えてないのかにゃ？本格的にお馬鹿さんになったのかにゃ？」

　せせら笑うような表情をしつつニャルサーナルが肩を竦める。

（殴りたい）

　シンプルにそう思ったセンだったが、自分が殴ったところで大した痛痒にはならないだろうとぐっと堪え、今日の晩御飯はニャルサーナルだけ激辛料理で行こうと心に決める。

「ニャルの仕事はあれにゃ。戦ったり守ったりするやつにゃ」

「……覚えているようで何よりだ。お前の仕事は俺達の護衛だな？」

「そうそう、ごえーにゃ」

（そもそも護衛をすると言い始めたのはお前だろうに……護衛という言葉を忘れたのか？）

　受け答えの怪しいニャルサーナルの評価をガンガン下げながら、センは言葉を続ける。

「安全を守る為の護衛が、俺やラーニャ達を放り出してダンジョンに行く……しかも護衛対象であるニコルを連れて？」

「……マズかったかにゃ？」

　そこまで言われてようやく思い至ったのか、頭の上の耳を萎れさせ少々びくつきながらセンの顔を見上げるニャルサーナルと、冷ややかな目つきでそれを見下ろすセン。

　暫く無言で見つめ合う二人……少し離れた位置から木剣を打ち付け合う音と子供達の掛け声が聞こえてくる。

　やがてセンが大きなため息をついて口を開く。

「ニコルの希望も聞くが……ダンジョンに行くのはもう少し待ってくれ。今は色々と忙しい。こっちが落ち着いてからもう一度話そう」

「……いいのかにゃ？」

「勝手に連れて行くのは無しだ。他にもダンジョンに行きたがっている奴もいるし、そいつと合流してからどうするか決めるとしよう。もし勝手にダンジョンに行ったりしたら……」

「……行ったりしたら？」

「絶対にこの街に居られないようにしてやる」

　自分よりも遥かに戦闘能力に劣るセンの言葉に、ニャルサーナルは背筋を凍らせた。