第100話 解説



「準備が良すぎたってどういう意味だ?」


 眉を顰めつつ、レイフェットがセンに尋ねる。


「そのままだ。俺とお前の差しで飲むのに、あんなに大量の器は必要ないだろ?」


 センは新たに注がれた酒に口を着けつつ、台車の上に乗っている器を目で示す。


「今お前が注いでくれたように、器は一人一つあれば十分だ。なら何かあると考えるのが普通だ。そしてこの部屋の広さから考えてそんな人数を呼んでいるとも考えにくい。それに……」


 そこで言葉を斬ったセンが苦笑する。


「それに……なんだよ?」


「お前の目がギラギラしていたからな。アレはのんびり酒を飲もうって目じゃない。敢えて言うなら……準備万端、さぁ嵌めてやる!って感じか?」


「……」


 レイフェットの表情が一瞬苦々しいものになったが、センは構わずに言葉を続ける。


「さて、この状況でどんなゲームを提案してくるか……酒を持ち込んでいる訳だからゲームに使われるのは酒だろう。だが、飲む量での勝負はあり得ない、俺が酒を飲む量が少ないのはレイフェットも知っている事だし、そもそも俺がそんな勝負に乗る訳がない」


 センは手のひらに収まるサイズの器を両手で包み込むようにする。


「ならば、どんなゲームなら俺が誘いに乗る?どういう条件なら俺を勝負の場に引きずり込める?引きずり込むには俺に有利な条件が必要、つまり俺にハンデをつけてくる……ならばそのハンデは?」


「……」


「用意している酒は一種類。同じ酒を飲む以上、飲む量はいくらハンデをつけても意味は無い。そもそも酔い潰れるまでお互い飲まないだろうしな。ならば……勝負になりそうなのは飲む速度……だが、俺にはお前が使っている器に注がれた酒を飲み干すのは無理だろう」


「……こんなに旨い酒なのにな。勿体ない話だ」


 これ以上無いくらい不満気な表情をしているレイフェットが、煽るように酒を飲む。


「ってことはハンデは器の大きさ、勝負内容は早飲み対決。不自然に多い器は、お前が何杯か連続で飲めるように用意したってことになるが、対する俺用の器は一つだけ……」


「……そこまでの流れは分かった。だが、俺の仕掛けを見破ったのはどういうことだ?ゲームの内容がバレたとしても俺の企みまでバレる要素はなかっただろ?」


「それは……最初に言ったがお前が嵌めてやるって顔をしていたからな。前の釣り勝負の時の事もあったし、ルールを使ってしてやったりって感じに狙ってくると思った」


 レイフェットが真剣な表情でセンの言葉を静かに聞く。


「酒を飲むだけの勝負にそんな複雑なルールは持ってこない……精々、相手の邪魔をしないってところだな」


 センがそう言うと、レイフェットが舌打ちをしながら口を開いた。


「本当は、お前の方から相手の器に触れないってルールを追加させたかったんだがな……その前に相手の邪魔をしないってルールを追加されそうになって焦ったのは……お前の狙い通りか」


 再び苦々しい表情を見せるレイフェットにセンは肩を竦めて見せる。


「俺に勝つ事よりも罠に嵌めること自体を狙っている雰囲気だったからな。このゲームで相手を嵌めて笑いたいなら……レイフェットがやった方法が一番いいからな」


「くっそ……本気で意味が分からねぇ……台車を見た時点でそこまで考えるって……お前、病気なんじゃないか?」


「誰が病気だ」


 持っていた酒を一気に飲み干し、センが器をテーブルの上に戻すとすかさずレイフェットが酒を注ぐ。


「……そろそろ限界が近いんだが……」


「おう、無理はするなよ?酔い潰してやっても面白いが……いつか絶対に裏をかいてやり込めてやるからな」


「……素面の時に頼む」


 注がれた酒に視線を落としながらセンは言うが……その瞳が若干すわってきているようにレイフェットには見えた。


「……酔っているところ悪いが、以前お前が言っていた新人探索者用の講習の件を覚えているか?」


「……あぁ、人的資源の活用の件だな」


 少しだけ考える時間を有しながらセンが答えると、レイフェットが苦笑しながら続きを話す。


「探索者ギルドとの打ち合わせは大体終わってな……俺が想定していたよりも現役の奴等との衝突は無さそうだってのがギルドの見解だったな」


「ほぅ……良かったじゃないか」


「そっちよりも……誰を講師にするか、引退した奴等への仕事の斡旋をどうするかって方が難航している感じだな」


「……これは完全に俺が口を出すような内容じゃないから聞き流して欲しいんだが……」


 そう前置きしたセンは、台車に置かれていた水を手に取り飲み干してから話を続ける。


「……新人探索者の教育、これは専属よりも適正のある人間数人をローテーションさせた方が良いだろう。偏らず、幅広い知識を学ばせた方が生存率も上がるだろうし、どんどん優秀な人材が出て来るようになるはずだ」


「……なるほど」


「……ただ、それで十人も二十人も雇えるわけじゃないからな。多くを雇いたいのであれば、肉体労働系の公共事業を展開するのがいいだろう」


「公共事業か……」


「ダンジョン内で農業や畜産をしているんだろ?農民として収穫物を収めさせるのではなく、給金を渡して収穫物は全て街のものとする方法を取る方が、シアレンの街にはあっているだろうな。収穫した食材は、輸出するようにしたらいいだろう」


「食料を他所に運ぶのは難しいな……この街の立地じゃ運んでいる間に痛むし……長時間の移動に堪えられるように加工したら、結局大した金額にはならないしな」


 腕を組み唸るようにレイフェットは言う。

 立地の悪さはこの街にとって頭の痛い問題なのだろう。


「そこは……俺に案がある。輸送をライオネル商会に一任してくれれば、保存食に加工しなくても輸出が出来る」


「……なんだよ、商売の話か?ライオネル商会の回し者だったか……」


「そうじゃない。っていうか、お前も疑問だったはずだ。エミリさんの店に置いている商品。あれがどうやってこの街に運び込まれているのか」


 センの言葉にレイフェットが鋭い視線を向ける。

 確かにセンの言う通り、レイフェットはライオネル商会がどうやってシアレンの街に商品を持って来ているか掴めていない。

 この街の中の事に於いて、レイフェットの耳に入らないことはほぼないにも拘らず、あれだけ大量の商品がいつ街に運び込まれているのか、一切掴めないのは異常どころの話ではない。


「気にならないといえば嘘になるが……」


 しかし、その事を素直に認めるのは……特にセンに認めるのは非常に癪だったレイフェットは微妙に強がる。

 そんなレイフェットの様子を見て、センは皮肉気に口角を釣り上げた。


「……まぁ、その程度の興味であれば教える必要はなさそうだな。じゃぁ、話を戻すが……」


「いや、待て。戻す前に折角だから続きを話せよ」


「……そうだな。それを話す前に聞きたいことがあるのだが、いいか?」


 センの問いかけにレイフェットは黙って頷く。


「この街はハルキアとラーリッシュに挟まれているよな?どちらかに山を切り開き街道を整備して交流したりはしないのか?」


「……あぁ、そのことか。最近は両国とも大人しいが、昔はダンジョンを有するこの街を支配しようと、圧力をかけてくることが多かったんだ。だが、この街は血の気の多い奴が集まる街だし……立地的に大規模な軍隊を送り込むには適していないからな。代々の領主もその圧力を突っぱねていたわけだ」


「その頃の名残ってことか?」


「ハルキアの方は俺の代ではちょっかいをかけて来ていないが、ラーリッシュの方とは領主になりたての頃色々とあったな。十五年以上前の事だが……積極的に交流したいとは思えねぇな……」


「……俺は完全に部外者だから勝手な事を言うが……山を切り開くのは難しくとも、細々と交流をするのは悪くないと思うがな。確かにこの街はダンジョンのお陰で成り立っているが、外貨を手軽に手に入れられるようになればより発展していくだろう?」


「あぁ、その通りだ」


 ライオネル商会との取引でこの街には外貨が増える。しかし、一商会に全てをゆだねるのは健全とは言い難い。だからこそ、正規のルートで人と物と金の流れを作るべきだと、センはレイフェットに提案している。

 無論、レイフェットもそれを考えてこなかったわけでは無いだろう。しかし、シアレンの街は立地に守られ、ダンジョンと言う特異点に良くも悪くも頼って来た。

 発展をせずとも維持できてしまう。

 世界最大のダンジョンという売り文句は探索者を寄せ付け、街を維持できなくなるほど人口が減ることは無かった。

 探索者と言う、未知に挑む者達の街でありながら、この街は停滞しているとセンは指摘しているのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る