第10話 集中は程々に



 この世界の魔法は魔法式と呼ばれるものを自分に宿る魔力を使い焼き付け、それを起動することによって発動することが出来る。

 使いたい魔法によって異なる魔法式を焼きつけなければならず、その容量は人によって違う。さらに、人にはそれぞれ得手不得手があるように、使う魔法の種類によっても焼き付けることが出来る数や魔法式を起動させるのにかかる時間が変わる。

 そして魔法を使うのにただ魔法式を起動すればいいと言う訳ではなく、例えば火の玉を飛ばす魔法であれば、どのくらいの大きさ、どのくらいの速度、どの向きにといった条件等を設定することでようやく魔法は発動されるのだ。

 召喚魔法がこの世界で廃れてしまった原因の一つは、召喚魔法の魔法式があまりにも膨大であることが一つ。この世界に現存するどんな大規模な魔法よりも巨大な魔法式は、他の魔法を焼き付ける為の領域を使いつくさんばかりである。

 更に巨大な魔法式はただでさえ発動までに時間がかかるというのに、設定しなければいけない条件が多岐に渡り、とてもではないが実用に耐えられるものではなかった。

 そんな使い物にならないとされた魔法の才能を得たセンは、召喚魔法に最適化された自身の能力に加え、魔法式の改善に着手している。それはまだ数日程度の物で、センからしても完成にはまだ程遠いと思える出来ではあるが、最低限センが望む性能と魔法式の動作にまで引き上げることが出来た。

 そしてセンは召喚魔法を使う際に一つ工夫をしており、そのおかげで本来時間のかかる召喚魔法の発動を飛躍的に素早く発動させることに成功している。

 魔法式の改良やセンの行っている工夫については後々明かしていくが……今は自分の発動した魔法の結果を見てニヤニヤしているセンに視点を戻そう。


「秤がないから正確には分からんが……どう見積もっても百グラムは軽く超えているな」


 センは、傭兵ギルドの依頼票に書いてあった採取依頼の目的地から緑白石を召喚していた。


(魔法の発動速度に正確性も十分だな。これなら想定以上の動きが出来そうだ)


 想定以上の成果にセンはにやけ顔を止められない。


(何か袋の様な物は……あぁ、昨日食材を入れてきた袋に入れればいいか。しかし、あの店を出てからまだ十分くらいしか経っていないんじゃないか?流石に戻るには早すぎるし……召喚魔法の調整を少しして、ある程度時間を潰してから行くとするか)


 一度集中すると寝食を忘れて没頭してしまうにも拘らず、数時間で止められるだろうかという心配をセンはしていない。魔力によって以前よりも高まった集中力に本人が気付くのは一体いつの事だろうか。




「ん?今何時だ?」


 顔を上げたセンはいつもの癖で時計を探すものの、この部屋に時計は存在しないことを思い出し、顔を顰める。しかしすぐに思い直し、部屋の外の明るさに目を向けたセンは、夕日が差し込んで来ている事に気付き驚く。


(もうそんな時間か?昨日集中していた時間よりもかなり短く感じていたが……気のせいか?もしくは、この世界に来て体内時計が狂ったかもしれんな)


 残念ながら的外れなことを考えているセンだが、急ぎ片付けを始め、緑白石を入れた袋を掴むと緊急離脱用の召喚魔法を発動してから部屋の外に出る。


「まぁ、あの店まではそう遠くないはずだが……店に行って、商談をしてからあの三人と合流するとなると少し遅くなりそうだな」


 うっかりと集中し過ぎて、時間の経過に気付かなかった自分にため息をついた後、急ぎこの後の予定を立てる。


(店は何時までやっているか分からないし、取引初日に口約束であっても約束を違えるようなことはしたくない。しかし、日の傾き具合から恐らく商談が終わるころには日は沈んでしまっているはずだ。流石にそんな時間まで子供を放置するわけにはいかんよな……)


 ダブルブッキングと言う訳ではないが、どちらも時間的にあいまいな約束をしていたせいでちょっとしたピンチに陥っていたセンだったが、いくつか路地を曲がったところでラーニャ達三人が所在なさげにしている所に遭遇した。


「お、三人とも、丁度良かった。」


「センさん!もう用事は済んだのですか?」


「いや、すまない。少し別の事をしていてこれからなんだ。それで、どうする?君達にもう用事がないなら昨日の部屋に先に帰っててくれてもいいんだが」


 センがそう提案するとラーニャは少し思案するように首を傾げる。


「でもそうなると、センさんはまた一度あの部屋に戻らないといけないですよね?」


「まぁ、そうなるな」


「でしたら、この辺でセンさんが帰ってくるのを待つか……もし迷惑じゃなかったら、何かお手伝いさせてもらえませんか?」


「なるほど……」


 ラーニャの提案にセンは少し思案する。


(ラーニャ達には悪いが、ちょっと衛生的とは言いづらい恰好だからな……薬を調合している所に連れて行くには気が引ける。だが、今後の事を考えると……よし)


 すぐに結論付けたセンがラーニャに笑いかけながら口を開く。


「そうだな。これから少し商談をしないといけないからその間は待ってもらうことになるが、その後で色々と買い物をしたいんだ。店の場所も分からないし、そっちを手伝ってもらいたいんだがいいかな?後、荷物も持ってくれると助かる」


「分かりました!お店の中には私達は入られないですけど……案内と荷物持ちはがんばります!」


「よろしく頼む」


 センはそう言ってラーニャの頭をぽんぽんと撫でる。

 ラーニャは一瞬目を真ん丸にして驚いた後、口元を緩ませながら俯いてしまった。

 その傍に居たトリスが物欲しそうな眼をしているのに気付いたセンは、トリスとニコルもよろしく頼むと言いながら同じように頭を軽く撫でた。


「よし、じゃぁ早い所仕事を終わらせて買い物に行くとするか。三人ともお腹空いただろ?美味い屋台を見つけてな、後で食べに行こう。」


 センが軽く口にしたその言葉を聞いた時、ラーニャの動きが停止してしまった。

 その様子に気付いたセンがラーニャの顔を覗き込む。


「どうした?大丈夫か?」


「……あ、はい!大丈夫です!すみません!」


「あ、あぁ。いや、謝る様な事じゃないが……とりあえず行くとするか。あまり遅くなると拙いしな。」


 我を取り戻したラーニャの勢いに、若干押される形で頷いたセンは、昼に行った薬屋に向かって歩き出す。

 その後ろを三人の子供が着いて行く。

 一人はどことなく嬉しそうな雰囲気を醸し出しながら。

 一人は前を歩く背中をしっかりと見つめながら。

 一人はどこか呆けたような表情で、前を歩くその姿だけを目に入れながら。

 前を歩くセンはその視線に気づかない。彼が今考えているのは薬屋に着いてからの交渉と、後ろを突いてくる子供たちに暫く手を貸してもらおうかどうかという事だ。


(流石に面倒を見るつもりはないが……人手も必要だし、雑用辺りを手伝ってもらうのも悪くないか。それにニコルはレベルが高いし、その辺りの検証も出来れば今後の為になる。暫くは付き合ってもらって、その間くらいは面倒を……いや、給金を渡せばいいか?しかし、ラーニャはともかく、ニコルとトリスは幼いからな……給金と言っても……そもそも子供を働かせていいのか?)


 そんなことを考えながらも、人とぶつからない様に注意しながら歩くセンは、やはり背後から向けられる三つの視線に気付く事は無かった。


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