第9話 まずは手始めに
ガヤガヤと非常に騒がしい中、センはなるべく目立たない様にしながら壁に貼ってある紙を眺めている。
ここは傭兵ギルドと呼ばれる場所で、流れ者が金を稼ぐならここが一番いいと言う話を聞き、早速センは訪れていた。
センが眺めている紙は依頼票で、依頼内容と報酬額が書かれた簡素なものだ。
傭兵ギルドの名の通り、物騒な感じの依頼から、物運びやお使いのような内容まで色々なものがあるが……そもそもギルドに登録していないセンは受ける資格がない。
無表情で依頼票を眺めているセンだが、内心この場にいるだけで絡まれるのではないかと恐怖を覚えている。しかし流石に依頼の確認をラーニャ達に頼む方がトラブルに巻き込まれやすいだろうと思い、内心の恐怖を押し殺しながらも平然とした様子で依頼票をチェックしていた。
因みにラーニャ達は予定通りゴミ拾いに向かい別行動中だが、夕方頃に合流する予定だ。
(字が読めるってのも間違いないようだな。何が書いてあるかは理解出来る。しかし、こういう風に依頼を張り出しているってことは、結構識字率が高いのか?どう見ても野蛮人の集まりって感じなんだが……)
センは不自然にならない様に周りに視線を向ける。
その荒事承りますといった感じの様相もそうだが、何よりセンに恐怖を与えているのは各々のレベルだ。
(レベル7から10辺りが多いが……13とかもいるぞ……?普通に巡回している兵より平均的に強いってマズくないか?こいつらが犯罪に走った時、巡回している奴等で止められるのか?)
センにしてみればレベルが7だろうが13だろうが、然したる違いはない。どちらに絡まれても等しく死ぬだけなのだから。
しかし、治安を守るべき兵士よりも遥かに強い連中が、街中で徒党を組んで拠点を構えている様は、とてもではないが安心できる状況では無かった。
(国家権力よりも強い暴力を容認するとは恐ろしい世界だな。まぁ、必ずしもレベルが高いから強いってわけじゃないのだろうが……あくまで俺基準の話だしな)
ひとまず欲しかった情報を依頼票で得る事の出来たセンは、傭兵ギルドを後にする。
万が一目を着けられて絡まれたりしたらと思うとセンは気が気ではなかったが、なんとか金稼ぎの目途が立ってほっと胸を撫で下ろしていた。
勿論、センは傭兵としてギルドに登録するつもりは微塵もない。依頼票にセンでも安全に稼げる方法が書いていないかを探っていただけだ。
当然楽して稼げるような情報が依頼として出されている訳はない。それにこの世界の人間にとっては何と言う事もない作業が、センにとっては地獄すらも生ぬるいといった作業であることは多々ある。
傭兵ギルドに張り出されているような依頼の大半はそんな感じだろう。
しかし、センに出来てこの世界の人間には出来ない物もある。その最たるものが召喚魔法だ。
肉体労働向きではないセンは、召喚魔法を使って上手く稼ぐ方法を探していた。そしてそれは思いの外簡単に見つけることが出来た。
(だが、まずは交渉が必要だ。その為にも店に行かなければならないのだが……場所が分らん)
土地勘のないセンは迷う以前の問題だ。
仕方なく近くにあった屋台で串焼き肉を買って尋ねることにした。
「すまない。薬を買いたいんだが……この辺りで薬を専門に扱っているような店を知らないか?」
「お?なんだ、腹痛か?うちの肉食えば治るぞ?もう一本行っとくか?」
腹痛の人間に肉を進める屋台の店主に、態度を崩してセンは答える。
「腹がいてぇ時に肉なんか食わねぇよ。うちのが熱出しちまってな、解熱剤を調合して貰いたいんだが、この街に来たばかりで土地勘が無くってよ」
「そうだったか、すまねぇな。あー、薬だったらこの通りを暫く進んでいったら、右手側に腕のいいじーさんが店を構えてる。右手側を気にしながら歩けば多分すぐに分かると思うぜ?大体十分かそこいらで見える筈だ、店先に薬草が吊るしてあるからそれを目印にしな」
「助かったよ。後、この肉旨いな。また今度買いに来させてもらうよ」
「おう!奥さんが治ったら是非食いに来てくれ!」
センは礼を言った後、教えて貰った方向へと歩いていく。
当然の様に嫁がいるような会話をしていたが、センはその場限りの相手にわざわざ訂正をする必要を感じていない。
とは言え、肉が美味しかったのというのはお世辞ではなく、またそのうち買いに行こうとは考えていた。
(帰りにあいつらの分を買って帰るのもありか)
昨日子供たちと過ごしたおかげか、それとも金策に目途がたったからか……この世界に来て初めてと言っていい程センはのんびりとした思考をしていた。
そんな事を考えながらも周囲への警戒を切らさずに歩いていると、屋台の店主に教えて貰った通り右手側に草を大量に吊るしている店を発見した。
(あれが恐らく薬草なんだろうが……ただの草にしか見えんな)
センは店先に吊るされた草を眺めながら店内へと足を踏み入れる。店の中は漢方のような粉っぽいというか苦みのある匂いが充満していてお世辞にも過ごしやすい環境とは言えなかったが、店の奥にあるカウンターで乳鉢を使い何かをごりごりと砕いている老人は、当然の事ながら匂いを気にした様子は無い。
老人は店の中に入って来たセンに気付き一瞥すると、作業を中断して顔を上げる。
「何が入用ですか?」
柔和な笑みを浮かべる老人の表情と安心感の様な物を感じさせる声音は、薬を買いに来たわけでは無いセンであっても何か心強さの様な物を感じた。
とは言え、ここに交渉に来たセンは気を引き締める。
「すみません、店主殿。今日は薬を求めに来たわけではありません」
「おや、商人殿であったかな?薬草の卸しか何かかな?」
「商人ではありませんが、商談に伺わせていただきました。こちらのお店では緑白石の買い取りは行っておりますか?」
「ふむ。一欠片や二欠片程度では買い取れませんが。ある程度纏まった量があれば買い取りは出来ますよ」
センは緑白石が何に使われるかは把握していない。ただ傭兵ギルドで採集依頼が薬師ギルドや薬屋、錬金術師ギルドと色々な所から出されていたのを見て需要の高さから選んだに過ぎない。そして、流石に商人でもないセンが、いきなりギルドや商会に話を持ち掛けても相手にされないだろうと思い、個人経営の店に小口の取引を持ち掛けに来たのだ。
「どのくらいの量から買い取れますか?それと上限はどのくらいでしょうか?」
「下限は百グラムで品質にもよりますが概ね金貨一枚。上限は無しと言いたい所ですが、流石に五キロが限界ですね」
「分かりました。今日中にいくらか……最低でも百グラム以上はお持ちさせていただきます。あ、すみません。緑白石とはそちらの棚に置いてあるもので相違無いですか?」
「えぇ、これが緑白石ですよ」
カウンターの後ろの棚に置かれた瓶に入っている指の先程の緑色の石を示す老店主。
恐らく普段から持ち込みの素材を買い取っているのだろう。トントン拍子に話は進み、センが店に入って五分と立たないうちに話は終わった。ここでもう少し話をしたかったセンではあるが、続きの話は素材を持ち込んでからにした方が良いだろうと思い、足早に店を辞する。
センはそのまま人気のない路地に入り、辺りに誰の姿も見えないことを確認すると自分を送還し拠点へと戻った。
「よしよし、百グラムで金貨一枚か上限まで行けば五十枚……まぁこの一回だけの取引にするつもりはないし、長く付き合う為にも勉強は必要だろうが……とりあえず皮算用にならない様に緑白石を集めるとするか」
独り言を止め、自らの頭に刻み込んでいる召喚魔法を起動する。
それから数分後、自らの目の前に積まれた緑白石の小山を見てセンはほくそ笑んだ。
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