第8話 センと子供達
「最初に改めて自己紹介をさせてもらおう。俺はセン。歳は……十八だ。少し事情があって色々と知らないことが多いんだ。すまないが、当たり前の事を聞くことも多いと思う。面倒かもしれないがよろしく頼む」
センは三人に向かって軽く頭を下げる。
(十八歳と言っていいのか正直分からないが……少なくとも肉体的には十八歳だし、流石に三十六歳には見えないだろうしな)
「私はラーニャです。どのくらいセンさんの質問に答えられるか分かりませんが、助けてくれた上にご飯までお世話してくれたセンさんの力になれるように頑張って答えます!」
三人の中で一番年上に見えるラーニャが口火を切ると、他の二人も背筋を伸ばして口を開く。
「僕はニコルです。さっきは助けてくれてありがとうございました」
「……トリス」
ニコルは男の子でトリスより少し上くらいの年齢に見える。レベルが非常に高く、驚くことに先程付けられていた小さな傷が既に治り減っているようだ。
トリスは幼く見えるが……一番センに対する怯えや緊張を感じない。食事をとっている時も一番リラックスして、量も食べていた。
「ラーニャにニコルにトリス。ありがとう、よろしく頼むよ。それで早速なんだけど、この街の名前から聞いてもいいかな?」
「え……?あ、はい。この街はストリクです」
「ストリク……」
ストリクという街の名前はあの冊子には書いていなかった。
最初の情報からいきなりセンは頭痛を覚える。
(いや、最初に送り込む街の名前くらい書いとけよ!あの女はいったいどんな頭の構造をしているんだ?どんな勢力の支配圏なのかとか、物騒な世の中だって言うならもっと安全に配慮しろよ)
「因みに国の名前は……?」
流石にそんなことも知らないのはおかしいとは思うのだが……聞かない訳にはいかない。
案の定俺の質問にラーニャが目を丸くしている。
(まぁ、街の名前を聞いた時点で、え?って言われているからな……)
「国はハルキアです」
「なるほど、ハルキアか」
ハルキアの名は冊子に書いてあった。
魔法国家ハルキア。
わざわざ魔法国家と名乗るくらいには魔法に自信のある国らしい。
特に軍事力はかなりのもので、この大陸で五本の指に入る。
(国土があまり広くなく、人口も決して多い方ではないようだが……魔法と言うものがどれだけ強力なのかが分かるというものだな。 魔法の才能や魔法開発の才能を貰った奴はこの国にいる可能性が高そうだ)
「これは興味本位の質問だから答えなくてもいいけど、君達は魔法を使えたりするのかな?」
「いえ……私達は魔法を使えません」
「なるほど……」
(魔法の仕組みから考えても、ある程度教育しないと魔法式をインストールすることも出来ないだろうしな。魔法国家とは言え、国民総魔法使いと言う訳には行かないか)
センは冊子の内容を思い出す様に口元に手を当てるが、魔法技術に優れた国という情報以特に役に立ちそうなものは無かった。
早々に冊子に期待することを諦めたセンは、ふと疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「そういえば、君たちは兄弟姉妹なのかな?」
「血は繋がっていませんが……似たようなものです」
ラーニャは軽い様子で答えるが、その回答は軽いものではなさそうだ。
(血は繋がっていないけど家族みたいな物……孤児院とかか?っていうか、よく考えたら子供をこんな時間に連れまわしているのはとんでもないことじゃないか?普通に捕まってもおかしくないよな?まぁ、日本なら時間関係なくアウトだが)
「今更だが……君達家に帰らなくても大丈夫か?話はまた今度でも構わないが……」
「私達に家はありません。家族もこの三人だけなので大丈夫です」
やはり何でもない事のように答えるが、ラーニャの顔を見てセンの表情が誰にも分からないくらい小さく引き攣る。
(思っていたよりもよほど重たいぞ。浮浪児ってやつか?戦争も普通に起こるらしいし、こういう子供も少ないのかもしれないな)
若干暗い気持ちになりかけたセンであったが気持ちを切り替える。
「そうか……君達が気にしないのであれば今日はここに泊まるといい。」
「いいんですか?」
「あぁ、ここには特に盗む物もないし……精々壁と屋根があるって程度だが、外よりはマシだろう。」
「ありがとうございます!」
センの提案を聞いてラーニャが笑顔で応える。笑顔になったのは他の二人も同様で、センの心に、こんなボロ屋でもそんなに嬉しいものなのかと三人の生活の苦しさを伝えてくる。
「外に出る時は悪いが俺に一声かけてくれるか?」
「わかりました」
センの頼みをラーニャは二つ返事で承諾する。
外に出る時は送還するつもりなのでセンはそう言ったのだが、どことなく犯罪臭が否めない。
「……話が逸れてしまったな。質問に戻らせてもらうが構わないかな?」
「はい、大丈夫です」
それからセンはラーニャ達に色々な質問をしていき、冊子に書いてあることと相違が無いか確認していく。
だが、やはり子供ということもありあまり難しい話は聞くことが出来なかった。
(出来れば金になりそうな話をしたかったのだが……流石に十歳前後の子供相手じゃな……)
因みにこの子達はどぶ攫いやゴミ拾いをして生計を立てているらしい。三人とも栄養状態も健康状態もあまり良好とは言い難いが、それでも魔力のお陰なのか弱っているといった感じは全くない。
暫く話をしていると、ラーニャ以外の二人が眠そうにしていたのでセンはソファで寝るように勧める。
(寝具の類は無かったし……床に寝るよりはまだマシだろう。一般的な事は聞けたし今日の所はもういいか)
「ラーニャ、君ももう寝るといい。俺は奥の部屋で寝るが、何かあったら声を掛けてくれ。買ってきた食料は好きにしてくれていい。二人が起きたら適当に食べておいてくれ」
「あ、ありがとうございます」
センはラーニャに軽く頷いた後、奥の部屋へと向かう。
最初に目が覚めた時にいた部屋には、残念ながら寝具どころかソファすらないので床で寝るしかない。
寝る前に召喚魔法の練習をしておこうと思っていたセンは、ランプが無いにも拘らず部屋の中が薄暗いといった程度の明るさであったことに気付く。
(ん……?なんかこの明るさ妙に覚えがあるな?デジャヴか?思っていたたより疲れているのかもな)
疲れていると判断したセンは召喚魔法の練習はやめておき、床に横になる。あまり衛生的な床とは言い難いが、既にこの部屋で目覚めているのだから一緒だと言い聞かせ目を瞑る。
(しかし、子供相手って言うのはどうしたらいいのかよく分からないな。まぁ、三人とも結構しっかりしていたからまだ何とかなったが……年齢的には小学生くらいだろ?とりあえずやり取りがちゃんとできて頂けでも満足するか。明日も引き続き情報収集と金稼ぎの方法を見つけないとな……)
自覚はないが数日ぶりの睡眠に、床の汚さや明日以降どう動くか等の思考はあっさりと飲み込まれていった。
体を揺さぶられているのを感じてセンがゆっくりと目を開けると、ラーニャが横に座り込み体を揺すっていた。
「おはようございます、センさん」
「あぁ、おはよう。ラーニャ。もう皆起きているのかな?」
「はい。あの……すみません!センさんがこちらで床に寝ているのに私達はソファを使って……」
ラーニャが眉をハの字にしながら申し訳なさそうに謝ってくるのをセンは手を翳して止める。
「気にしなくていい。俺がソファを使えと言ったんだからな。まぁ、泊っていけと言っておきながら、まともな寝具も貸してやれないのは大人としてどうかと思うがな」
センがそう言って笑うとラーニャもはにかむように笑みを浮かべる。
「さて、飯にするか。ラーニャ達はもう食べたか?」
「あ、いえ……えっと、その……」
そう言って恥ずかしげに俯くラーニャ。
どうやら好きに食べていいとは言っておいたが、遠慮して食べていない様だ。
「じゃぁ、食事にするか。」
そう言いながら立ち上がろうとして、センは背中の痛みに顔を顰める。
(くそ……床に寝たせいで体がめちゃくちゃいたいな)
痛みを堪えて起き上がり、体をほぐす様に動かしながら二人で隣の部屋へと移動する。
(体の痛みがもう引いて来たぞ……?若い体って凄いな)
センが当時は感じなかった若い体の便利さに舌を巻いていると、ニコルとトリスの二人が近づいて来た。
「おはようございます、センさん」
「おはよう」
「二人ともおはよう。すぐに食事にするつもりだけど、食べられるか?」
「大丈夫」
センの問いにトリスが答え、ニコルは頷いている。
センはテーブルの上に置きっぱなしになっている食材の入った袋をあさり、朝食になりそうなものを広げていく
ラーニャとニコルは遠慮するようにしていたが、トリスは早速果物を頬張っている。
(やはりこいつが一番心臓強いな)
トリスの遠慮のない様子を見ても食事に手を付けようとしない二人に、センが遠慮するなと言うとようやく二人も食事に手を伸ばし始めた。
(昨日も食べているわけだし、遠慮なんかしなくてもいいのだがな……)
朝食という事もあり、左程時間もかからず全員食事を終える。
センとしてはコーヒーが欲しい所だったが、水で我慢することにした。
(昨日のおっさんのお陰で数日は食事に困らなさそうだが……早めに収入を得られるようにならないと拙い。今日はその辺りの情報を重点的に集めるとするか……)
センが手早く朝食の後片付けをして立ち上がると、三人が何か言いたげに俺の顔を見ていた。
「どうかしたか?」
「あの……えっと、ありがとうございました!センさんのお陰で沢山の食事と安全な場所で休むことが出来ました。このご恩は決して忘れません」
「ありがとうございました、センさん」
「ありがとう」
「あ、あぁ。別にそんなに気にしなくてもいいが……」
(……安全な場所か)
その一言に昨夜も覚えた微妙な感情がセンの胸に広がる。
「あー、三人はこれからどうするんだ?」
「私達はいつも通り、ゴミを拾ってお金になるものや食べられる物を探します」
「……そうか」
(鉄くずを拾ったりするらしいが……その日の食事代にすらなるかどうか……)
センの懸念通り、三人が一日中作業に明け暮れてもパンを一つ買えるかどうか程度の小銭しか手に入れることは出来ない。
その為こういった子供たちはグループを作って軽犯罪に走ることが多く、最終的には碌な目に合わない。その行く末は犯罪組織の手先になるか、牢獄に入れられ奴隷に落とされるか、或いは……健全なまま生きて成人を迎えることが出来る者は、余程の幸運に恵まれたものだけだろう。
「あー、お前達さえ良ければ、今夜もここで寝るか?」
センは自分が口にした言葉に驚く。
(……正気か? 他人の面倒を見る余裕なんて今の俺にはないぞ?)
そんなセンの思考とは裏腹に、何故か口が勝手に喋っている。
「え……?でも、これ以上ご迷惑は……」
「でもなぁ、さっき朝飯食っただろ?今日も色々と話を聞かせてもらわないと、割に合わないだろ?」
(いや、何子供相手に悪ぶっているんだよ……)
「そ……それはそうですけど……」
戸惑いながらも少しだけ笑顔になりながらラーニャが言う。
「まぁ、無理にとは言わないが……」
三人は顔を見合わせる。
(こいつ等と同じような境遇の奴なんて外に出れば山のようにいる筈だ。そんな中でこいつらの面倒を見る必要なんてどこにもないが……かと言って適当に放り出すのも寝目覚めが悪い……まぁ、人間そう言うもんだよな?)
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