第7話 召喚魔法



 センはゆっくりと目を開ける。

 その目の前には、見覚えのある汚いソファと壊れかけたテーブルが置いてある。


(問題なく最初の部屋に戻ってくることが出来たようだな。)


 センは両手に抱えていた荷物をテーブルの上に置くと、肩をほぐす様に回す。


(この世界の奴らなら、この程度の荷物を持った程度じゃ疲れないのだろうな。羨ましい限りだ)


 自重するように苦笑したセンは部屋の中を見渡し、外に出る前と変わっている所はないか確認した後、少し気合を入れる様に深呼吸をする。


(さて……これからが本番だ)


 センは頭の中に刻み込まれている召喚魔法の術式を呼び出す。

 この世界の魔法は、まず最初に魔法式と呼ばれるものを作り、それを自身の頭の中に焼き付ける、そして魔法を使いたいときにその術式を呼び出して魔法を使うのだ。

 焼き付けると言うと物騒な言い方ではあるが......センの感覚で言うのであれば魔法式をインストールするといった感じだ。

 そんな風にインストールした召喚魔法をセンは起動する。起動された召喚魔法は問題なく効果を発揮し、目の前にラーニャが現れた。

 驚いたように辺りを見渡すラーニャだが、センは特に説明をせずに残りの二人を呼び出すべく召喚魔法を続けて起動する。


(早く呼び出さないと、残っている二人が心配するだろうしな)


 センは立て続けに召喚魔法を使い、残りの子供を一人ずつ部屋の中に呼び出した。

 ラーニャと同じように驚いた様子を見せた二人だったが、ラーニャの姿を見つけると安心した様な様子を見せた。


「驚かせてすまないな。少し事情があってこういう風に来てもらった。」


(この方法ならこいつらはこの部屋の場所を知り得ないだろうし、仮にここを監視している奴がいたとしても子供たちの事には気づかないだろう)


 センは召喚魔法を使うことで、自分だけでなく子供たちも安全も確保する算段だ。

 因みにセンがこの部屋に戻って来たのも召喚魔法……いや、召喚魔法と対を成す送還魔法だ。

 呼び出して、戻すまでがワンセットとなっているのが召喚魔法だが、この二つの魔法の事があの冊子に書いてあったからこそ、センは役に立たないとされて使い手が全くいない召喚魔法の才能を選んだのだ。

 センはこの部屋を出る前に自分をこの部屋で召喚しておいた。そしてそのまま外に出かけ用事が済んだ後、自分を送還。それにより一瞬でセンはこの部屋に帰ってくることが出来たわけだ。


「とりあえず、荷物はそこのテーブルの上に置いておいてくれ。俺は少しやらなければならないことがあるんでな……すまないが、まだ明かりは点けないでくれ。」


「はい、分かりました。」


「すぐに終わるから、ソファにでも座っていてくれ。」


 センは壁から漏れて来ている外の明かりを目印に、壁の隙間を端材で埋めていく。

 当然完璧には隙間は埋められないが……何もしないよりはマシだろう。センとしては出来れば部屋の中の明かりが全く漏れない様にしたい所だが、流石に道具も無しにそれは無理だ。


(仲間……とも呼べない連中だが、その中で殺人が起こっている以上、明日からは別の拠点を使いたいところだが……くそ、少しは落ち着く時間が欲しかった)


 そんなことを考えているセンだが、本人が気付いていないだけで既に数日をこの部屋で過ごしており、更にこの部屋の天井には仄かに明るくなる仕掛けがされている。夜になると自動的に多少薄暗い程度の灯りが着くようになっていて、今更光が漏れないように隙間を埋めたところで逆に不自然なのだが、当然その事もセンは知らない。

 因みに、センが召喚魔法の練習や実験に数日没頭することが出来たのもその灯りのお陰だ。

 大した時間も掛けず目立つ穴は塞ぎ終わったので、センは三人の座るソファに近づく。ついでに落ちていたランプをセンは拾い、つけようとして……使い方が分からずにランプを弄り回す。


(この摘まみは……恐らく光量の調整だと思うが……点火はどうすれば?)


 センがランプを弄り回し悪戦苦闘しているのに気付いたのか、ソファに座っていたラーニャがセンに近づき声を掛ける。


「あの、センさん。えっと……良ければ点けましょうか?」


「あ、あぁ。すまないな。こういう道具は使ったことが無くて。」


 センがそう言ってランプを渡すと、少し驚いたような表情をした後嬉しそうにラーニャが笑う。

 ランプを受け取ったラーニャがランプの天辺に指を当てるとすぐに光が灯った。


「この部分に魔力を流せばランプを点けることが出来ます。」


「な、なるほど。魔力か。」


(魔力を使った道具を俺は使えるのだろうか?やり方を学べば使えるのか?……それにしても、こういった道具が普通なのか?)


「とりあえず、助かった。ありがとう。」


 そう言ってセンは子供たちの座るソファの向かい側に腰を下ろし、買ってきた食料を漁りいくつかを取り出す。

 三人は物欲しそうな目でそれを見ていたが、センがそれらを三人の前に並べていくと呆けたような表情に変わりセンの事を見つめた。


「ん?どうした?食べていいぞ?」


 センがそう言うと驚いた表情になる三人。


(いや、流石に俺一人でこんな量は食わないぞ?ってそう言えば三人の分もあるって言ってなかったか……)


「遠慮するな。別に金を請求したりはしないからな。これから色々聞きたいことがあるし情報料とでも思ってくれ。一応消化に良さそうな物は選んだが、よく噛んで食べるようにな」


 センが告げると、恐る恐ると言う感じで三人は食事に手を伸ばし、ゆっくりと一口食べる。

 しかし一度食料を口に入れた彼らは、その後物凄い勢いで買い込んだ食料を平らげて行った。




「すみません!センさん!」


 地面に頭を着けんばかりに頭を下げるラーニャと、それに倣って同じく頭を下げる二人の子供。


「いや、元々皆で食べるつもりで買ってきたんだ。気にしなくていい。それよりそろそろ腹も落ち着いたようだし、話をしないか?」


 センは頭を下げて若干震えている三人を、これ以上怯えさせない様に出来るだけ優しく声を掛ける。

 三人は物凄く恐縮しているが……そもそも、センは食料を買ったお金をゲット出来たのは三人のお陰だと考えている。


(まぁ、正確には三人を襲っていたおっさんのお陰だが……あぁいう犯罪者に対して感謝をするつもりも与える慈悲も無い)


 センの理論では……犯罪者に使われるお金が可哀想だったので、ちらりと見えた財布と思われる袋を召喚してあげた、という感じだ。更にその財布の中にあった銀貨を一度自分の手の中に召喚してから男に渡して子供たちを解放させ、少し時間が経ってから男に渡した銀貨を送還した。

 送還魔法はかなり便利なもので、絶対位置への送還と相対位置への送還という二種類の送り返し方が出来る。

 絶対位置への送還は、召喚する前にいた座標へ送り返すことだ。そして相対位置への送還は元の状態へ送り返すことが出来る。

 仮に電車に乗っている人物を召喚したとする。

 その人物を絶対位置へ送還した場合、召喚した瞬間にいた座標……即ち既に電車の走り去った空中へと送り返される。

 対して相対位置に送還した場合、動いている電車の中、召喚された時にいた車両へ送り返されることになる。とは言え、電車の中に送り返した場合……運動エネルギー零の状態で送り返すことになるので……車内は大惨事になってしまうのだが。

 今回の場合、男相手に使ったのは財布の召喚。そして財布の中身を自分の手の中に召喚してから男に渡した後に、銀貨だけを相対位置への送還……つまりセンの手の中へ送り返したという事だ。

 因みに召喚や送還を行った場所に他の物があって召喚物が存在できない場合、呼び出したり送り返したりしたものはその場から弾き飛ばされるように出てくる。融合してしまったり、壁の中にいる、というようなことにはならないのだ。


(今の所攻撃に使う事は出来ないが……まぁ、俺はこの召喚魔法を生き延びる為に得たわけで、戦うために得たわけじゃないからな。戦闘や厄介事に巻き込まれない様に立ち回るのが一番大事だ)


 ラーニャ達を助ける為とは言え、自ら厄介事に首を突っ込んだ男とは思えない思考だが、一応予防策として部屋を出る前に自分を召喚していたのだ。こうしておけば何かあった際に送還でこの部屋まで逃げることが出来る。

 召喚魔法を使う際、まだ少し時間が掛かるのだが送還は一瞬で出来る。送還したいと思った時には送還が完了している程の早さなので緊急離脱には最適だろう。


「は、はい!がんばります!」


 センの言葉を聞いてようやく顔を上げたラーニャ達が、ソファへと座るのを見てセンも向かいに腰掛ける。


(さて、これから質問タイムだが……どのくらいの事が聞けるもんかね)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る