第5話 更に重ねてくる絶望
薦は沈痛な面持ちのまま日本語で書かれたメモに目を落とす。
メモに簡潔に書いた風ではあるが、これを書いた人間の性格がなんとなく見えるような丁寧な文字で書かれたその内容は……。
『初めまして、私は
「最悪だ……」
薦はメモから目を離して天井を見上げる。
(身内であるはずの送り込まれた人間同士で殺人?全員が日本人かどうか分からないが……高々三日程度の付き合いで、殺しが起こるほど人間関係が悪化するとは思えないのだが……もしかして顔見知りが送り込まれているのか?)
あまりのメモの内容に一瞬気が遠くなった薦であったが、すぐに立て直す。
薦の切り替えの速さは彼の強みの一つだろう。
(いや、少なくとも俺の知り合いに葛原春香という名前はいない。あの女は確か死に近づく俺達に目を付けたとか言っていたか?知り合いが纏めて死ぬというのは……いや、事故あたりならありえるか)
顎に手を当てながらメモを持つ手に力が籠もる。
(やはり合流できなかったのは大問題だ。情報が足りなさすぎる!)
薦が強めに頭を掻きむしる。
「……落ち着こう、今ここで焦れても意味は無い」
(折角残してもらった情報だ、しっかり確認しなければ申し訳ない……裏取りが出来ない以上全てを鵜呑みには出来ないが)
猜疑心の強さを滲ませながらもメモの続きに目を向ける薦。
『私はこの世界に姉と二人で来ており、今後も二人で行動していきます。誰が殺人者なのか分からない以上、他の人達には気を付けて下さい。貴方からすれば情報が無い以上、私も姉も疑惑の対象だとは思います。ですが私からすると、少なくとも殺人が起きた時にはまだこの世界に居なかった貴方の方が、残りの二人よりも信じられると思うのでこの情報を残します。貴方が手紙を読んでいる時点で私達や世界がどうなっているか分かりませんが、願わくば……合流して協力出来たらと思います』
そこでメモは終わっている。
薦は二つのメモを丁寧に冊子に挟んだ後、深いため息をついた。
(流石に自分の才能や、この後どうするかと言った話は書いていなかったが……本当にロクでもない状況だ。この世界に送り込まれた俺達に、お互いを殺すメリットがあるとは思えない。俺以外の人間の目的は元の世界への帰還、そして死の運命を避ける事……そう考えていたが、違うのか?)
ソファーにもたれかかりながら天井を仰ぎ見る薦。
「あの女が、同じ話を全員にしたとは限らないか……」
ぽつりと呟いた薦の表情が、苦虫を嚙み潰したように変わる。
薦の言う通り、全ての状況は薦をここに連れてきた女によって作られたものだ。つまり、薦が他の人間と合流できない様にタイミングをずらされたのも、故意だった言う可能性もあると薦は考えた。
薦は再び冊子に目を落とす。
(この情報もどれだけ信じられるか……いや、それはこれから自分で確かめて行けばいい)
薦は新しく得た情報を基に再び思案に暮れる。
(まずは災厄と呼ばれる大規模な魔物の襲撃。そしてこの世界に送り込まれた人間による殺人か……魔物の襲来は別にいい。最初から言われていたことだからな。しかし力を合わせるべき人間が仲違いどころか、殺人……どう考えても目的に反している。あの女の思惑も気になる所だが……やはり情報不足が問題だ。とにかく情報を得るべきだが……その前に、召喚魔法の確認が必要だ)
そう考えた薦は、冊子の召喚魔法について書かれたページを開く。
(あまりこの冊子の内容を鵜吞みにするわけにはいかないが……召喚魔法については今この冊子しか頼れる相手が居ないのも確かだ。それに何より、召喚魔法に関しては俺が実際に試すことが出来る、筈。いくらなんでもそこに嘘を混ぜておけば俺にすぐバレるからな、ここに嘘はないと考えていいだろう)
召喚魔法のページを熟読しながらも、さらに別の事を考える薦。
冊子にはこの建物についても書かれており、この建物は送り込まれた六人とその六人に招かれた人間しか立ち入ることが出来ない様になっていると書かれている。メモを残した葛原春香が内部の犯行と考えるのも、外部からの侵入の痕跡云々の前にこの制限があるからの考えだろう。
「ひとまずはこんなところだな。さて、お楽しみの時間とするか」
読んでいた冊子を閉じた薦はソファーから立ち上がる。
(召喚魔法……これを使いこなせるようにならなければ、俺はこの世界で生きていく……いや、生き延びることは不可能だ)
薦は慎重に慎重を重ねてこの世界に臨んでいる。
そしてその生命線と考えている召喚魔法。しかしその魔法はこの世界では役に立たないとされている欠陥魔法。
しかし薦はそのようなことは何も気にせず、基本となる部分から丁寧に一つ一つ確認しながら召喚魔法の実践を始めた。
「少し没頭し過ぎていたみたいだな。」
集中していた魔法の練習を止めた薦は、壁の隙間から差し込んでくる光に目を向ける。この部屋に来た時差し込んで来ていた光は白かったが、今は赤く色づいて来ていた。
しかし、薦自身は全く気付いていないが、実は薦が目覚めてから三日程が既に経過している。
薦の集中力もさることながらその身に宿る最低限と言われた魔力でさえ、三日程度の飲まず食わずを問題としない程の生命維持が出来ているのだ。
それでも、普通に空腹感はあるし、喉も渇くのだが……それらを一切気にせず集中し続けた薦がおかしいと言える。
(まだ完璧と言うには程遠いが、最低限は使えるようになった。世界最高の才能というのもあながち嘘ではないのかもな。高々数時間の練習と実験で最低限のラインには到達出来たんだからな)
薦は辺りに散らばった紙を片付けて立ち上がる。
「さて、食糧……最低でも水をどうにかしないとな……」
凝り固まった体をほぐす様にしながら呟く薦。
だが……薦は軽々には外に出ることは出来ない。言うまでも無く、薦がここから出るのは非常に危険を伴う。
それは、薦がこの世界において圧倒的弱者ということも勿論理由の一つだが、薦の懸念……一番の問題は残されたメモに書いてあった内容だ。
(どういう理由かは分からないが、送り込まれた人間の中に仲間を殺す様なヤツがいる……俺が遅れてこの世界に来ることは他のヤツも知っている事で……もしそいつの狙いが全員を殺すことだった場合、遅れてこの場に来る俺を狙う可能性は高い。まぁ、いつここに来るか分からない相手を出待ちするほど暇ではないだろうが……この場が何らかの方法で見張られていてもおかしくはない)
もし見張る様な仕掛けが部屋の中にあったなら既に薦の存在は相手にバレているだろうが、薦がざっと見た感じではそのような仕掛けは見つけられなかったし、そもそも素人がざっと見た程度で見つけられるような仕掛けで監視するとは薦には思えなかった。
送り込まれた人間が殺されたという情報が無ければ、薦ももう少し気楽に外に出ていただろう。なにせ、外に出て水や食料を確保しなければ普通に死ぬ。
(予防線は引いておくとして……後は顔を隠しておくか。幸いかなりボロだがフード付きの外套とマフラーがある)
薦は手早く準備を整えて外へと出る扉に手を掛ける。
(ここから一歩外に出れば俺はいつ死んでもおかしくない)
「ふぅ……」
ただ部屋の外に出るだけとは思えない程の緊張感を滲ませながら……薦は意を決して扉を開き見知らぬ世界へと踏み出した。
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