1章 召喚魔法使い、世界に降り立つ
第4話 ふ・ざ・け・る・な
薄暗い部屋の中、眠っていた男性……青年がゆっくりと目を開いていく。
(頭が重いな……)
薦は一度開いた眼を閉じ、目を覆うように掌を乗せる。
(身体が凝り固まっているな……どうやらかなりの間眠っていたようだな)
目を覆っていた手を退け、薦はゆっくりと体を起こしていく。
部屋の中は薄暗く、目覚めたばかりの目では部屋の様子が分からなかったが、徐々に目が慣れてきて暗闇の中でも濃淡が把握出来るようになってきた。
周囲に視線を向けながら、体を起こした薦は体の状態を確かめる様に動かしていく。
(問題なく体は動く……特に怪我もない)
身体の状態を確かめた薦は、胡坐をかくと顎に手を当てながら目を瞑る。
(明かりが無いのは少し困るが……ここから動く前に現状を確認しておくか。俺の名前は上代薦、三十六歳。何の変哲もない、至って平凡な会社員。いつも通り定時に会社を出て車で帰宅途中、前に止まっていたトラックに積まれていた鉄骨が俺の車目掛けてなだれ込んで来て……死んでしまった、らしい)
そこまで考えて薦はため息をつき、額を拳で何度か叩く。
(死んだ瞬間の事は覚えていないが、次に気付いた時、目の前に居た頭のおかしい女に無理難題を突き付けられた。依頼ではなく強制……しかもその内容は荒唐無稽にも程がある。とりあえず営業スマイルを浮かべ、内心ため息をつきながら適当に話を合わせていたが……なんだかよく分からない光の玉を体に入れられた時、考えを改めた)
引き攣っていた口元を引き締め、薦は背筋を伸ばして腕を組む。
(あんな光景を見せられては、流石に韜晦出来る程俺の神経は図太くない。あのよく訳の分からない物を体に入れられた時、今まで考えもしなかったような知識が俺の中に生まれたのを理解できた)
薦は表情を顰めながらゆっくりと立ち上がる。
(夢というには俺の意識がはっきりし過ぎていたしな。だから俺は慎重に情報を集めることに専念した。相手を怒らせても、不信感を抱かせても一利もない。ならば従順にしながら相手を観察するのが最善手だ)
腕や肩、腰をゆっくりと回し、屈伸運動をしながら頭の中で整理を続ける薦。
(あの女については……まぁ、いい。話している最中に何度もこのクソ女と叫びそうになったが、軋轢を生んでも仕方がないし、全力でその言葉を飲み込んだ。とは言え、説明している最中に前言があっさり覆されることが多すぎて、信用なんか出来る筈もない。あの時の冊子もどこまで信用できるか分からないが……その辺は自分で調べながら情報をすり合わせていくしかないな)
身体のストレッチを終えた薦はゆっくりと部屋の中を歩き始める。
(それに、ここに一緒に送られたという人間も信用は出来ない。一応同じ目的の為に動くわけだが、他人を出し抜こうとするような人間がいないとも限らない。まぁ、報酬は元の世界への帰還と死の運命を回避することだから出し抜く必要は無いと思うが……その点で言えば、わざわざ他人を出し抜く理由があるのは俺だけか?)
自分の考えに皮肉気な笑みを浮かべる薦の姿は……お世辞にも性格が良さそうには見えない。
(まぁ、そんな面倒な事はしないが。そもそもこの世界の危機をそいつらに頑張って回避してもらわなければ、俺はこの世界と一緒に死ぬことになる。それは流石にごめんだ)
壁を触りながら部屋を一周するようにゆっくりと歩いていく薦だが、部屋の中への興味は一切感じられない。今最優先しているのは寝る前に得た情報の整理、そしてこれからの動きについてだけなのだろう。その証拠に薦の瞳は何も映していない様に暗く沈んでいる。
(俺自身に戦闘能力はない……あの女曰く、俺は永遠にレベル1だ。まぁ、俺が基準なのだからそれは仕方ないにしても、この世界には俺より強い奴しかいないんだ。当然魔物とやらと戦うのはそいつらの仕事だろう。俺に出来るのは後方支援……そして最優先は自分の命の確保だ。その為の才能も選んでいる。召喚魔法……これは戦うための魔法ではなく、生き延びるための魔法だ)
薦は自分の得た……とされている才能について考える。
この世界における召喚魔法とは、どこぞのゲームのように幻獣と契約して戦わせるとか、召喚した魔物を使役して戦わせるとか……そういった類の魔法ではない。
召喚するだけ、呼び出すだけの魔法だ。そして呼び出したものを送り返すことも出来る。
呼び出して送り返す、ただそれだけの魔法が召喚魔法だ。
もしこの世界に魔物を操ったり、呼び出した人物を隷属させたり、契約したりする魔法が存在すれば大変強力な魔法と言える。しかし、この世界に精神を支配したり、契約を遵守させるような魔法は現時点では存在していない。
(そりゃ、あの女も慌てて止めようとするだろうよ。使い物にならないとレッテルを貼られ、今では使う者がいないとされる魔法らしいからな。だが、俺はこの世界の魔法の仕組み、そして召喚魔法そのものについての情報を読んだ事で、この呼び出して送り返すだけの召喚魔法に活路を見た)
薦は冊子で読んだ情報を整理しつつ苦笑する。
(俺は戦闘に巻き込まれた時点でほぼ確実に勝つことは出来ない。相手の強さを計ることが出来るからなんだというのか)
レベル10の敵とレベル5の敵に挟まれました、どちらから突破しますか?
当然、結果はどちらも死だ。
自分の十倍強い敵と五倍強い敵に挟まれているから五倍の方から突破するぜ!とは普通ならないだろう。
いや、突破するならまだマシな五倍の方からだろうが……一人で敵に挟まれた時点でゲームオーバーだ。
薦が一人で行動すれば、待っているのはほぼ確実な死しかない。
(それを回避するためにも召喚魔法については試しに使ってみて、練習と実験をしなくてはな。あの冊子で得た情報という事には不安があるが……俺の予想が間違っていた場合、早急に対策を立て直す必要がある)
大きなため息をついた薦は、一つだけある部屋の扉へと向き直る。
(一先ず、俺の仲間になるであろう奴等と合流するか……俺一人ではチンピラに絡まれただけで行きつく先は死だ。世界を救ってほしいと送り込まれた人間がカツアゲされて死亡とか、指を指されて笑われるレベルだしな。それに魔法開発の才能を得た人物とは、何がなんでも仲良くする必要がある)
あまり音を立てない様に扉の前へと移動した薦は、そっと扉を開く。
扉の先はまた部屋があり、薦が目覚めた部屋よりも広くいくつかの家具が置かれている。
薄汚れたソファの前には、これまた壊れそうなテーブルが置かれている。また、カーテンのついていない窓からは日の光が差し込んで来ており、夜では無かったことが分かる。
薦は久しぶりに見た日の光に目を細めていたが、同時にこの部屋にあるべきものが無いことに気付いている。
……この部屋にも誰もいなかったのだ。
女性の話では、ここには薦を除いて後五人の人間が送り込まれているはずだ。しかし、この部屋には誰かがいるような雰囲気は残っておらず、薦は他にも部屋があるのかと思い部屋の中を見渡したものの、先程までいた部屋への入り口以外には外に面した扉しか無い様だ。
(どういうことだ……?)
内心嫌な物を感じつつ、薦が部屋を調べようとしたところ、テーブルの上に見覚えのある冊子が置かれているのに気付いた。
(あの女の所にあった冊子か?)
女性の所で薦が読んだ冊子よりも分厚いそれを手に取り、ゆっくりと開く。
しかし、そんな薦の嫌な予感とは裏腹に内容に関しては見覚えのあるもので、どうやら三冊あった冊子を一つに纏めたものの様であった。
軽く目を通してみると若干情報が増えているようで、薦が若干の笑みを浮かべる。
そのまま暫くの間、薦は冊子をパラパラとめくる。
すると、メモ紙のようなものが二枚、冊子の間から落ちてきた。
「なんだ?」
思わず声を上げた薦がメモ紙を拾い上げ目を通す。
一枚は日本語、もう一枚はこの世界の言語で書かれたメモだった。
薦は理解出来るのかを試す意味も含め、この世界の言語で書かれたメモを先に読んでみる。
『上代薦さん。貴方にまた謝らなければならないことが起こりました。才能の定着がスムーズにいかず、他の方々とスタートを同じくすることが出来ませんでした。原因としては、追加で渡した力量を計る能力の適合が上手くいかなかったことになります。』
「ふ・ざ・け・る・な・よ!?」
(何なんだ、あの女は!?俺に艱難辛苦を与えてどうする!?世界を救って欲しいんじゃなかったのか?お前が俺を追い詰めてどうするんだよ!?)
怒りでメモを握りつぶしてしまいそうになりながらも、まだ続きの文章があったので震える手を抑えながら薦はメモを読み進める。
『他の方々に遅れる事一年。それだけの時間が掛かってしまいました。』
その一文を読んだ瞬間、薦の身体が一瞬崩れ落ちそうになる。
(え?馬鹿なの?いつ起こるか分からない魔物の襲撃を防ぐのに、時間はいくらあっても足りないって状況で一年?その間に魔物の襲撃が起こった可能性もあったんだろ?)
このまま立った状態で読み進めるのは不可能だと判断した薦は、全力で足に力を籠めて少し移動すると、薄汚れたソファにゆっくりと腰を下ろし再びメモに目を落とす。
『幸いにして……と言っていいか分かりませんが、災厄の発生する時期について少し分かったことがあります。貴方が目覚めてから三年以内に十パーセント、五年以内に三十パーセント、十年以内に八十パーセント、二十年以内に九十九パーセントの確率で発生します。参考にしていただければと思います』
「……大型地震の発生予測かよ」
(しかも二十年以内を百パーセントと言い切らない辺りに保険を感じる。ほんとクソだな……)
『それと、最後になりますが、今貴方がいる場所は全員が目を覚ました場所です。そこを他の皆さんが去る際に書き残していったものがあったので、貴方の冊子に挟んでおきました。確認しておいてください』
メモを読み終えた薦がもう一つのメモ紙に視線を落とす。
(少しは役に立つ情報……そうでなくてもいいからポジティブな内容が書いてあればいいのだが……)
薦は藁にも縋る想いで日本語で書かれたメモ紙を読み始める。
その紙には女の子らしいというか、可愛らしい字で薦に宛てたメッセージが書かれていた。
しかし文字の可愛らしさとは裏腹に、その内容は薦の頭をさらに痛くする内容だった。
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