第2話 逃亡するテロリスト
倉庫内からの射撃だ。銃弾がランチアのタイヤを撃ち抜き空気が抜けていく。
シャッターを突き破り中から装甲車が飛び出して来た。白く塗装された六輪の装甲車は、ランチアを押しのけてから向きを変えて急加速した。弥生はバズーカを構え、装甲車の
「構わん。撃て」
「了解」
弥生が引き金を引こうとしたその時、装甲車は左折し建物の陰に入った。如月と弥生はパンクしたランチアに乗り、緊急レバーを引く。樹脂と圧縮空気を充填し、萎んでいたタイヤが空気で満たされた。
「動かせるか?」
「問題ありません」
二人が乗ったランチアもタイヤを軋ませ、装甲車を追った。
あれは囮だ。
俺はそう直感した。
あんな目立つ車両で逃げきれるものではないし、戦車やヘリに狙われたなら簡単に破壊されるからだ。
倉庫の中からガサガサと音がした。
俺はアサルトライフルを構えて倉庫の中へと入っていく。
「出てこい。あの装甲車は囮だろ?」
返事はない。しかし、薄暗い倉庫の中で突然ヘッドライトが点灯した。フォークリフトがゆっくりと俺に向かって来た。
パパパパッ!
俺は引き金を引き威嚇射撃をした。しかし、フォークリフトには誰も乗っていなかった。
「あ? マジかよ」
急に速度を上げたフォークリフトが突っ込んでくる。俺はアサルトライフルを射撃しながら後退し、手りゅう弾を運転席めがけて放り投げた。
破裂音が響き、幾多の破片が飛び散った。
表で伏せていた俺に向かってフォークリフトが突っ込んできる。俺は咄嗟に路地へと走り込む。そのフォークリフトは無人のくせに俺を追いかけて来た。
狭い路地。ギリギリの幅だ。
俺は走りながらジャンプし、点検用の梯子にしがみついた。そして焦って這い上がる。フォークリフトが通り過ぎてから地上に降り、後部の動力部を撃ち抜いた。
「この野郎、やっと止まりやがった」
俺は弾倉を交換しながら表に出る。倉庫の中から小型のトラックが飛び出し走り去った。装甲車とは逆方向だ。
「こちら睦月。現場から小型トラックが逃走したので追う。そっちは?」
「今、装甲車を追い詰めています」
「止めろ。撃っていい」
「了解」
用意周到なテロリストだ。このトラックも囮かもしれないが見逃すわけにはいかない。俺はスパーダに跨り逃走した小型トラックを追った。
トラックにはすぐに追い付いた。並走して運転席を覗く。
乗っていたヤツは二人共宇宙服を着こんでいた。
これには違和感があった。
火星の大気に酸素は十分含まれているが二酸化炭素は多い。地球人が呼吸するためには二酸化炭素を除去する呼吸器が必要なのだが、それはガスマスクのような簡易的なもので足りる。宇宙服は必要ない。
その時、装甲車を追っていた如月から通信が入った。
「あー、班長。仕留めちゃいましたけど。誰か乗ってたら逝ってますよ」
「大丈夫だ。あの装甲車は囮だ」
「了解。班長の方はどうですか? 支援が必要ですか?」
「不要だ。こっちも囮だ」
「了解」
俺は並走したままトラックのタイヤを撃ちパンクさせた。自動運転の車両はパンクした際に自動で停車する。
都市警察の車両が集まって来た。制服警官と敬礼をかわす。
「睦月さん。一体何が起こってるんですか?」
「テロリストがアケローンに紛れ込んでいるらしい。その他の事はわからん」
「でしょうね」
警察車両から降りた警官がトラックの調査をしている。運転席と助手席に座っていた宇宙服は空っぽで、中に人はいなかった。また、荷台の保冷ユニットも空だった。
「物的証拠は何もありませんね」
「囮だ。本命は他にいる」
俺の言葉に警官も頷いている。テロリストが逃亡しようとしているのは間違いなさそうだが。
再び無線機が鳴る。呼び出しているのは受付の慧子ちゃんだった。
「睦月だ」
「雪灯りで発砲事件が発生しました。また、現場で戦闘用アンドロイドも暴れています。急行してください」
「わかった。治安維持隊本部は?」
「東門の警備に向かっています」
「東門?」
「東門に向かっているトレーラーにテロリストが乗っているとの情報提供がありました。本部はそちらに注力するとの事。沿岸警備隊は雪灯り付近の戦闘用アンドロイドを押さえろとの命令です」
「わかった」
今度は戦闘用アンドロイドか。
これだけ暴れさせて本命はトンズラする算段なら成功する可能性は高いと思う。しかし、ここまでコストをかける理由は何なのか。何か大きな裏がありそうなのだが、俺にはさっぱりわからなかった。
「俺たちは西門の警備だ。すぐに移動する」
都市警察隊も動き始めた。情報提供があったトレーラーも囮だった場合は、西門が本命になる。
俺はスパーダに跨り雪灯りへと向かった。
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