⑤-2 Mechanical Prosthetics

 シャッターから体をくぐらせて、店内に入る。しゅるっと簡単に蛇のように入るから店主である飛鳥も抵抗できずにしぶしぶ蹴り下ろした足を下した。未だドライバーはそのままだが。

「おう、カミサマ。また指の調子か」

「私はそう。近々コンサートがあるから、微調整したいと思っていたんだ。中指がうまく立たなくてね。あと親指の関節がもうちょっと開けばいいのだけど、それと薬指の第一関節なんだけど……」

 矢継ぎ早に言ってのける白に「で、こいつは」と店主は苛つきながら、ドライバーで僕を指した。すぐに僕にその工具で殴り掛かってきそうな気配がする。

「僕は青。一応カミサマだ」

 カミサマ、と飛鳥は数秒固まる。どうやら信じてもらえていないらしい。僕がシャッターの外側から中に入っていないからかもしれない。僕だけ入るのも何なので、空に振り返り手を伸ばす。すぐに彼女は了解して手を添えて。やわらかな掌が僕の手に圧し掛かる。その手を引っ張り、僕がシャッターをくぐる。続いて空もかがみ、中へ。空の長い艶のある髪がひらりと舞っていた。

 そうして、徐に飛鳥へ向き直る。

 飛鳥は言葉を失い、呆然自失といったふうに傷ついた顔を空へ一心に注いでいた。強気な目が困ったように小さくなる。口もとは引き締められて、何かをかみ殺しているかのようだ。

 手のドライバーが力なく地面に落ちた。叩きつけられたドライバーの乾ききった音があたり一面につんざく。

「ごめんごめん」慌てて飛鳥はドライバーを手に取ろうとするも、手が震えている。

「飛鳥、もしかして空と知り合い?」

 白は義肢の指をおろして詰め寄った。

「いいや、知らない。あたしはなにも。その子のことなんて一片たりとも」

 そっけない態度から嘘だと簡単にわかる。空はおどおどした飛鳥に、どうしたらよいか分からず、目を泳がしているし、僕は自分の四肢を見せるタイミングを失っている。空と手をつなぎ続けているのに気づいて、手を離した。空と接していた時よりも、なぜか機械義肢が重く感じて体が重くなる。

 空気が固まってしまって空と僕でどうしたものかと目線を行き来している。空は飛鳥の態度にそわそわしだすし、何かを聞きたがりメモを取り出そうかと、でも今のタイミングで言ってしまっても、と悩んだ末にメモとペンをしまってしまった。

「で、」と、ようやく飛鳥がドライバーを拾い上げて空を視界にいれないように気をつかい、ようやく固まった場が溶解した。じろじろと僕のことを飛鳥は嘗め回すように見始める。

「あんたは本当にカミサマ? こんな若いやつ見たことねぇけど」

 僕は彼女のお気に召すままに、手袋をとっぱらい腕の袖をたくし上げた。おお、と小さく嘆息され、まだまだあるよ、と今度はその場で立膝をして、両足のズボンをたくし上げる。僕は隠さずに、上半身の服を脱ぎ、腕の付け根から指先までの機械義肢の全貌をあらわにする。表面はつるつると機械の光沢を見せ、なんの飾り気もない。複雑な機械と機械が合わさり、僕の四肢は動きだす。表面上は足の太ももの付け根から足先の両足、両腕が極めて見えやすいカミサマである証だ。

 はぁ、となぜか艶めいたため息を飛鳥は漏らした。

「すごい嚙み合わせだな。こんな機械義肢人間みたことないぞ」

 空を払いのけて、飛鳥は僕にぐいぐい寄ってくる。手の平からなぞり、腕の付け根まで指を伝わせ、僕の本当の肌の部分まで。指の腹で胸をくすぐる。ここは、本物部分だな、でもここの肌は違うだろ、と機械めいたところでないものまで言い当てて。

 耳を胸にくっつける。

 息をのむ。

 こげ茶色のぼさついた髪が僕の肌にぞわりと滲みよる。心臓の音をもっとよく聞こうと、ドライバーをその場に落として、腕ごと抱きしめられる。匂いたつ彼女のふんわりと酸っぱい汗の匂い。彼女にしっかり抱きとめられる。


 ──からん

 そこで、メモ用紙とペンが叩き落された。

 空が不服そうに頬を膨らませているのが、傍目で見て取れた。踏み出すのを我慢しているのか握りこぶしをつくり、仁王立ちしている。他人を射殺しそうな眼光で僕たち二人を貫く。そして、踏み出すのをとどまっていた足が、一歩動き出す。

 ずん、と巨人が歩むような音に感じられた。

「カミハマ、こまっっ、て、る」

 つっかえつっかえのなんとか振り絞った言葉に、冷や汗が噴き出す。それは、数日ぶりに見た空の怒り。煮えたぎった彼女は何もかも度外視して声をうならせる。

「飛鳥、おい、飛鳥」と僕は声を荒げて、早く抜け出さねばならないから身をよじる。「診るのは後にして、いったんどいてくれ!」だけど、飛鳥は空の声も僕の声も届かない。空はずんずんこっちに来ているし、僕はなぜか空に対して申し訳なくなっている。白へ助け舟を期待したが、白はケラケラ笑い長い前髪を揺らすばかりで。

「心臓は、まだ機械じゃないんだね」と飛鳥は、ゆっくりと心音を聞き、唇を食む。「それでも、こんなにどうして機械なんだろうか」

 空がこちらにたどり着き、飛鳥に触れようとしたとき、

 がばっ、と飛鳥が僕を押しのけてドライバーを手に部屋の中を歩き回った。空がいることなんて気にせず、ぶつぶつと「こんな大半が機械でも動くとはさすがシステムの機械義肢だ」とか「あたしがまだ知らないことがたくさんある」と、言ってのけ「素晴らしいじゃないか」潤った瞳が僕に注がれる。

「カミサマはまだまだ理解できないことばかりだ」

 純粋な知的好奇心が、一心不乱に僕を深堀りする。彼女はぐっと腕を引き締めて、腕の筋肉を隆起させた。深く息を吸い込み、こげ茶色のぼさついた髪をはたいた。

「すばらしい。あんたらは、システムの恩恵に感謝しなければならないね」

 青、青、と白が裏で手をちょいちょいと振った。飛鳥はこうなったら止められないから、と、またケラケラ笑い前髪を手で梳いて払いのける。飛鳥は「システムはどういった風にこれを移植し、脳の電気信号をつないでいるのだろうか。こんな機械だらけでも脳がパンクしないのはなぜか」と細かいことを言っていた。

「そんなことよりも、空に謝ったほうがいい」

 白は指をくいくいと動作確認しながら、空を見やった。空は意気消沈しているが、僕が目線を配ると、ぷいっとそっぽを向く。気を使わせてしまったことに申し訳なくなり、頭を下げる。それでも空はふるふると頭をふるものだから、両手を合わせて、「ご・め・ん」と告げた。空はふんっと言いつつ、僕に近づき上目遣いをし、そっと僕の機械の腕をつかんだ。吐息を漏らし安心したように「私の、」と空が唇を動かした。

「私のカミサマ」

 空が力強く僕の手を握る。寂しさを身につけている彼女に、胸が痛くなる。彼女の手の感触も機械越しでは伝わらない。僕は機械越しに彼女を安心させるために握り返してあげるけれど、伝わっているかどうかわからない。それでも伝わっていればいいな、と彼女を見て思っていた。


 飛鳥の店内は油臭い。だが、物が雑多にあるような場所ではなく、飛鳥の作業台が片隅に置いてあるだけで、物というものは片付けられているように見える。こぢんまりとした作業台の上には義肢の螺子や工具、小さなものを見るための顕微鏡のような大きい虫眼鏡、橙のライトがそこには過り、正面には理路整然と部品ごとに分類されて棚が壁に沿っていくつも積みあがっている。壁は木材で彩られてもいやしない無機質な白のままなので、よけいうら寂しい部屋の中に見える。手に届く場所に全て備えられており、工具は壁に引っ掛けられていた。それを握って、とり白の指を一本一本くいっくいっと関節の隙間の微細な調整を行っている。白はその机の上に腕を置く。肘にはクッションがあてがわれており、飛鳥と歓談していた。

「今回のコンサートの調子が上場なんだよ。鍵盤もそうなんだけど、音が弾む!」

 うっせぇ、と飛鳥がようやく白の饒舌を叱咤する。

「あんまりしゃべると、あたしの手が狂ってその指もろとも動かなくなるぜ。喉縛って死んでろ。お前がピアノ命なのはわかってんだから」

 僕と空は、飛鳥が置くから持ってきた、これまたなんの飾り気のない椅子に座って彼らを眺めていた。空なんか、音すら聞こえていないから、つまらないに違いない。が、今彼らのうるささを思ったら聞こえずによかったのかもしれない。思ったより白の機械の指をまじまじと見ていた。

 黒々とした丸い瞳が白の指に注がれているのを見、

「なあ、飛鳥」と僕はようやく本題に切り出すことができる。

「僕のような、若いカミサマを見たのは初めてだと言ったな」

 これは僕の憶測だが、飛鳥はもしかしたら紫を見ている。

「お前のような全身がほぼ機械義肢なやつも初めて見た」

「それは僕もそうだ」

 私には黙っとけと言っといて自分はしゃべってるじゃ、と白が口を挟み、くいっと今度は飛鳥が太もものを先がU字になっている工具でつねった。ぐぁ、と変な声がでるが、手を押さえられているのでのけぞれない。黒い棒のような足が外向きになったままぷるぷると震えている。小さな工具な上に機械をいじるので固くよっぽど痛かったらしい。

 飛鳥は白の指の関節をなぞりながら、

「あたしが出会ってきたカミサマは二人だ。ここにいるハコのカミサマと、このハコからシステムと契約をして出ていったカミサマ」

「心臓、だったのか」

「ああ、心臓だった」

 空に聞こえてないか再び見た。

「心臓が機械のカミサマだった」

 飛鳥が断定し、

 僕は立ち上がる。

 紫は見た目からしてカミサマに見えない。

 心臓が、機械だから。

 この家の設計は奥の部屋が一つ。工房は四隅まで見えるから、奥の部屋の気配まではわからない。日常生活を行っている部屋はまた別にあるのは必然として、彼女の空への態度が気になった。匂いたつ紫の疑念は抑えられない。このときばかりは空が何も聞こえなくてよかったとばかりに思う。

「そのカミサマに会ったのはいつだ」

「最近だと、一か月くらい前かな」

 この店で匿っているのなら、正直には答えないだろう。だがこれが嘘だとしても一か月だと既にシステムから外れ、行方不明になっている頃合いだ。紫はシステムの目をかいくぐって飛鳥に訪れている。

「ひどく急いでいたよ。まるで何かに追われているみたいに。もしかしてだけど、あんたがあのカミサマを追ってたりしたりして」

 鼻で笑いながら、飛鳥は工具を置いた。思いふけるようにようやく飛鳥は空を真正面から見た。まるで愛おしい娘のように。彼女は息を止めて、空にすっかり見とれていた。そして、こげ茶色の髪をがしがしかいて気恥ずかし気に、「終わった」と白に吐き捨てる。

 今の一瞬はなんだったのか、空は僕に問いかけるように見下げた。

「気にすんな。全部冗談だ。あんたも今聞いたこと忘れろよ。カミサマに深くかかわると碌なことがない」と飛鳥は空に言葉を放ったが、空は頭を傾げてしまう。

「飛鳥、この子耳が聞こえないんだよ」

 僕は空に耳を指す。飛鳥は知らない、と言うことを伝えるため頭を振った。空も理解して、ちょいちょい、とまた僕と出会ったときのように耳を指して、頭を振った。飛鳥は物珍しそうに、それでいてそっけなく目を白い床に落とす。

 そっか、と飛鳥は悲し気に笑った。

 ふんわりと、飛鳥の笑みで紫のことを思い出す。そういえば、紫はいつだってハコの住人に対しては危害を加えないことを念頭に置いていた。誰かを傷つけることを恐れているようでもあった。今にして思えば、誰に対しても空という幻影が重なっていたのだと思うが。指令が降りたときはとりわけ繊細になっていた。今、紫がいるとしたら、標的以外に対しては控えるだろう。とりわけ僕が動くことも。

 僕はえらく感傷的になってしまっていた。再度、脳に格納された記憶が痛みをはらみ、くらくらと僕に覆いかぶさる。紫ではなく僕に飛鳥を問い詰めてやるなと踏みとどまらせる。これは、誰だろうか。

 カミサマになってからの記憶ではないのは確かだった。

 悲し気に笑う人だった。

 また幻肢痛のように四肢が軋む。上手く動かせない。瞬く機械のひらめきに早くこの脳内の地獄から抜け出してしまいたくなる。頭をもたげて、額に手をあてる。こめかみをもむが、幻肢痛は針が皮膚をつらぬくような痛みとなって続いている。特に機械の接続部分が激しく、息が苦しくなる。

 記憶から遠ざからねばならないことなど百も承知だ。

 唾を飲み込んで飛鳥を見上げた。奥の部屋へ続く道が僕を急かす。あの向こうに紫がいるかもしれない。動き出せない。

「飛鳥……」と僕は呼んで、紫のことを言い淀み「次は僕の義肢も見てくれ。痛みと痺れがひどいんだ」結局はぐらかしてしまった。


 まずは右腕から。

 僕は部屋の中央に用意された作業台に寝そべって、まるで実験体のように空と飛鳥に覗きこまれている。白は自分の指が終わったやいなや帰ってしまった。ここにいるのは飛鳥と空だけだから、部屋がやけに静かに感じる。僕が寝そべった近くにメモを置き、飛鳥は空と筆談しながら歓談していた。さきほどの態度とうってかわって、飛鳥は空に対して好意的であった。

 空も空でカミサマを知りたいから、こまめに何かを聞いているようだった。たまに、そうそうと飛鳥は頷き僕の手の関節を確認しながら、簡単に空の頭をなでていた。

 指令書から、僕と空は同じ年だ。飛鳥は、僕よりも五歳は年上の姉のような態度や見た目をしている。背も高く、胸は平均よりも大きく、腰回りはしぼられ、服からあらわになる腕は筋肉質である。大きな見た目から、彼女は僕たちよりも年上であることは推測できた。

 彼女の手が僕の機械の肌である場所をなでる。感覚はない。

 空も同時に僕の肌をなぞる。なぜか気恥ずかしい。

 飛鳥は細かい作業の時眼鏡をかける。それもいくつものレンズが重なったものを、だ。空は珍しそうに一緒に覗き込む。腕の関節近くに顔をよせて、肌と機械の連結部分を見ている。飛鳥は空に聞こえないのに、「関節は嚙み合わせが繊細だから細心の注意をもってみるんだ。腕の筋肉部分である伸縮性のゴムと脳波を受け取るケーブルがある。ここはシステムしか司ることができない部分だからもし廃れているとしたらシステムへ掛け合わなければならない。だが、機械の嚙み合わせはこちらで調整可能だ。機械疲労を見つけたら部品を取り換えたらいい。ゆるむ場所はこうやって、引き締める」と説明し続ける。

 その横で空の吐息がかかり、甘い花のにおいを傍で咲かせるから気が気でなかった。システムの偉大性を飛鳥は語り、空は僕の四肢を見続ける。機械義肢が軋む。反対側の左の人差し指から痺れがかけて、左手全体に痛みがじんわりと滲む。次第に腕をかけ上がって脳内に痛覚の信号が行きわたる。思わずうめきを上げて、

「飛鳥、今左腕に痛みが走っている」

 どれどれと飛鳥は左腕に移る。

 空はその間も僕の右腕に目線を落とす。そろそろと目を上げて、腕、肩、顔に向けてなぞり、僕の目とかち合った。

 黒い大きな水晶玉。

 その瞳は好奇心の温もりがある輝きに満ちていた。

 火照り始めた頬に今度は左足が伸びあがる。機械内のシグナルが行きかい、動かない。次に右足が訳も分からず縮む。足が立てられ、空の背後に。空はそちらに手を置いて、僕を心配そうにより顔を近づける。唇がすぐそばに。

「だ・い・じょ・う・ぶ?」

 はっきりと聞こえる彼女の声音。胸がはちきれんばかりに痛みだす。そして、記憶を呼び覚ますところまでやってくる前に。

「異常などない」

 飛鳥が眼鏡を額にあげて、僕の顔を見るものだから、空と僕はなにもなかったように互いの顔を離した。

「そんなことはない、もっとよく調べてくれ」

「今、左腕に痺れ・痛みがあるんだろう? 金属疲労も、システムに掛け合うくらいの信号をつなぐケーブルも、どれも異常が見られない。両足も見るが、おそらく同じだろ」

「おかしいだろ。前までこんなことなかったんだ」

「あたしは、この状態を知ってる」

 飛鳥はため息をついて、空に説明するためにメモ用紙に言葉を書き連ねながら僕に話続ける。

「白がそうだったんだ」


 <blue mission>

 <end>

 <next text>

 <white memory>

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