③-1 Kamisama System in <white_91>

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 <kamisama system in <white_91>>


 ソファにのしかかる自身の重みで目が覚めた。機械四肢達が軋みあい、体を動かすことを妨げる。右足、左足、右手、左手と動かすことにより、昨夜空の家に泊まったことを思い出す。目の前は白い天井が広がり、四隅に視線が行き当たる。僕は体を起こし、隅にぶつかった視線は壁伝いに部屋内に目線を下げさせた。部屋中央部には食卓があり、椅子の上に骨壺が置かれていた。すると鼻先にハムエッグの香りがくすぐり、チンッとトーストが跳ねる音が鼓膜を揺らす。香りを引き連れて、空がダイニングに現れた。骨壺の前に彼女は朝食が盛り付けられたプレートを置いた。

「おはよう」

 と、僕は言って空の耳が聞こえないことを思い出し、口を閉じた。

 空は僕のことを察して、白い紙にさらりと字を書いて僕にわたした。次に骨壺の前に座り、頬杖をついて眺める。手元に残った紙に、『おはようございます。朝ごはんいりますか』と丸まった字で書かれていた。

 僕はソファ下に転がったペンを拾い上げて、

『青でいい。ぼくの朝食よりもきみのは?』

 示すと空はふりふりと頭を振った。腹部に手を当ててさする。お腹がすていないというジェスチャーだと理解した。骨壺の置かれた椅子を引いて僕は彼女の前についた。僕は骨壺の前に置かれるプレートを指さして、僕へと指さす。

「た・べ・て・い・い?」

 冗談のつもり。

 彼女は苦々しい笑みをもたげて口角を下げる。

『食べるなってことだろう。知ってる』

『カミサマはいじわるですね』と、彼女は紙に書き連ねた。『カミサマってみんなそうなんですか?』

 青でいい、と彼女の紙をたぐり寄せて丸まった字の下に筆圧濃いめに言葉を押し付けた。空は、視線をじっと見つめて鼻先でくすりと笑った。彼女の笑い声に内心そそられ、僕は嬉しくなり手元の紙に言葉を多く連ねてしまう。

『カミサマがみんながみんなそうじゃない。むしろ名前で呼ばれたくないやつが多いが、僕は名前で呼んでほしい』

『では、青で。見たところ同い年くらいのカミサマだから敬語も省くね』

『助かる』

 さらさらとペン先が紙の上で踊り、静かに言葉が行きかう。システムの陽光が窓から差し込み、書かれた文字がきらめき始める。

『今日はどうするの? カミサマにも仕事があるでしょ?』

『基本はシステムからの指令があるが、それはハコを知ってから。今日は案内してほしいんだ』

『このハコのカミサマではなく、私に?』

『空に』

 と、空は立ち上がり、キッチンからプレートを持ってきて、骨壺とプレートを横によけて、僕の前に朝食を置いた。立ち上るハムエッグのおいしそうな湯気に僕の腹の虫が活発に動く。しかしそんな虫の音すら彼女は知らずに続けた。

『じゃあ、朝食後に』

 彼女は頬杖をついて僕を上目遣いに見上げた。黒のベールがないことを、その時初めて気が付いた。彼女は僕の反応を察すると『隠すものがなくなったから』と書いて、目じりの赤らみを頬杖をついた小指でなぞった。

「あなたは私を殺してくれないんでしょ」

 そう言いたそうな言葉に無視をして。


 玄関の扉を開けると、僕の革鞄が置かれていた。白が置いたものだろう。彼がハコの住人の住所を知らないはずはない。気を利かせてくれて持ってきてくれたに違いない。鞄を家の中に持ち込みつつ、背後の空を振り返る。喪服姿はそのままに、ベールは取り外されて黒百合のコサージュだけは頭にのしかかっていた。まだ彼女の中の黒い闇がかかっている。

「行こう」

 僕は彼女の手を取ろうとして恥ずかしくなりやめて、歩き出した。

 かっぽ。

 こん。

 彼女と僕は、一歩踏みだすと僕は彼女と横目で視線を合わせた。

 僕の革靴を履く彼女、裸足で義足が剥き出しの僕。

『まずは靴屋さんに案内してもらえるかな』と僕は紙に書き見せ、

『そうだね』と空は手元の紙を僕へと持ち上げた。

 ハコの方角は東西南北で表される。旧時代の上下左右の地理名称が未だに残っているのだ。海のあるハコは南に海が凪がれるように設定され、その背後に線路が敷かれている。反対に北側はハコ内の食料プランターがあり、手前に市場などのハコの中心街が立ち並んでいる。プランター近くはどのハコも人で賑わう繁華街になっていることが多い。システムが新鮮な食糧を生み出してくれる場所がハコの中で一か所にまとめあげられているからだろう。僕の鞄や靴の皮も人口樹皮であるように、それらはシステムが生み出してくれる。ただし生産としての機能はシステムは備えているが、加工は行うことができない。細かい事柄は人に任せられている。だからこそ、システムが管理するカミサマが必要になる。それがカミサマシステムにつながることなど言わなくとも、理解できるだろう。

 海のあるハコは正式名称として、<white_91>と名付けられている。だから白というカミサマが据えられる。カミサマの名はハコが由来であることが多々ある。カミサマはそこに派遣され管理する。何年もシステムの遣いとして運営し、老いて死んでいく。そして次のカミサマが派遣される。白は何番目の白か、尋ねるだけ無駄なことであるし、僕はそこまで深掘りしない。以前深く尋ねたときには自身のハコの縄張り意識が強く、「どうしてそんなことを知りたがるのか」と嫌悪を向けられたこともあった上、仕事にも支障をきたしたこともある。今のこのハコのカミサマである白は、僕に幾分か好意的であるので感謝しなければらならない。

 北側のプランター越しにある市街地に空とともに行きつくことも、そのことに白が何も言わないことも本来は珍しいことだったりする。その上、僕の荷物を届けるのなんて、もってのほかだ。

 赤いタイルの道が連なった住宅街から抜けて、白い積み木の家の上空に色とりどりの傘が浮かぶ市街地にやってきた。日差しはシステムが制御し、地上に降り注ぐ紫外線といった有毒なものは全てカットされているはずだが。アーケード代わりだろうか。いくつもの傘が家と家の空を埋めて、システムの日差しに彩を添えて陽光を差し込ませる。色を追っていくと、白い積み木の壁に店名の板プレートが飾られるようになってくる。そして徐々に壁に板看板が飾られる上に地面に立て看板を置くようになる。看板を眺めていくと、傘のアーケードが途絶え、白い積み木の家は寸断され、開けた広場にやってきた。黒の四角いタイル張りの広場に、傘を差したテントが並べられ始めている。まだ照明が照らされたてであるので、これからテントが組みあげられるのだろう。

 空は、黒いタイルをかっぽ、かっぽと歩きにくそうに横切り、傘のアーケードも差されていない路地裏に入り込む。一気に暗がりに踏み込み、システムの陽光すら届いていない。内に一つ、灯篭のついた黒ずんだ家の前に立つ。

 靴が、売っているようには見えない。

 空は否応なしに中に入る。

 僕も続き、

「いらっしゃい」

 顔に髪がかかるほどの前髪、黒い服で全身を染め上げられた見知った顔がそこにいた。

 白、に出迎えられた。

 隠そうともせずに白は自身の機械の指をちらちらと見せて手を振る。

「昨日ぶり」と僕はあっけにとられて。

 空は知らんぷりをし靴を眺める。

 生暖かい店内には、男性ものの革靴や女性もののヒールまで置いてあった。人工布から人工樹皮まで。色も淡い緑黄色から、派手なショッキングピンクまで置いてある。部屋の片隅にはピアノが靴に飲み込まれながらも、異質な雰囲気を保ち佇んでいた。

「私のハコはどうだい?」

「まだ見てないんだ」

 僕は足元の義足を店内の橙の電灯に照らした。白は空の足がかっぽと鳴るのを聞き、彼女の足元にも目をやる。そうしてようやく頷き、「ゆっくり見ていってよ」と促した。

 金勘定は僕がもつよ、と耳打ちし店内をあてどなく見回す彼女の足音を耳にする。僕たちは聞こえている音が彼女は一切聞こえていないなんて不思議に思えた。

 すると、空は僕たちが二人して聞き入っているのを不審に思い、表を上げる。

「ど・う・し・た・の?」と空のかすかな声。

「なんでもないよ」

 僕たち二人は空に向けて頭を振った。

 そうした行為に何か思うところがあったのか、空は紙を取り出す。さらさらと書き連ねると、

『わたしにカミサマたちは興味があるの? それとも、カミサマだから興味あるの?』

『カミサマ以前に、僕たちはきみの耳が珍しくて見てるんだ』

 彼女は僕の即答する紙の会話に信じられないものでも見たというように、僕たちを見つめる。彼女はよろけて、足元に置いてある靴箱に腰があたりぐらついた。落ちそうになりながらもバランスを保持する。

『普通は、何かなければシステムと『契約』して得ようとするから』

 カミサマはシステムと契約して、欠損を補う。代わりにカミサマになろうと、願い事が得られるのならば。カミサマはそういった者たちの集まりであり、ハコでは当たり前の概念であった。空のように自身の欠損を保持し続ける人は少ない。

『青は逆になんでそんな多くの部位が機械なの? 珍しいんじゃない?』

 空は反抗的に質問する。

 これは一本とられたな、と白は機械の肌部分である肩をこつこつと指でたたいた。僕は胸の一部分も手で押さえる。どちらも肌すらなくし機械になり果てている。確かに紫に言われたことがある。その機械の体は異常だと。欠損部分が多すぎるのだ。

 白が片腕を僕の首にひっかけて引っ張る。

「青は、確かに私たちの中でも異端だな」

 昨日会ったばかりの上司にこれほどまでなれなれしく接するやつは見たことがない。

 僕は驚いて硬直してしまった。

「私は指だけ『契約』した」

 白が青光る機械の指を差し出した。

 これは僕たちカミサマの契約の証だ。証は、僕と同様手袋で隠すことが多い。ハコの住民にカミサマだと知られるメリットとデメリットを考え、隠すカミサマもいる。その方が動きやすい者、ハコの状況を鑑みて見せない者、そもそも内臓で契約したものが見えないものだっている。紫は証が見えないカミサマだった。

「青のようにこれだけ多く契約をしたカミサマは私も見たことがない」

「僕も、同じだ。僕以上に証が多いカミサマは見たことがない」

「機械の指だけでもメンテナンスがめんどくさいのに、これだけあったらなおさら手間がかかりそうだ」

「お前の指だって、細かすぎてめんどくさそうだけどな」

「ま、青がいるように彼女のような珍しい人もハコの中にはいるんだってことだな」

 口の減らないカミサマ。このハコのカミサマは、いつもこうなんだろうか。あまり気安いと、僕の上司としての立場を忘れてしまう。

 案の定、空は僕と白が早口で会話をしだしてから、興味を失ってしまって靴を選んでいる。横顔の輪郭が綺麗なカーブを描き、言葉を失う。空が靴を置き、足に合うか試す。黒のパンプス、黒のブーツ、黒のハイヒール……白い足によく似合う。

 そのたびに記憶の淀みをすくいあげられ、根底にある記憶の欠片がのぞく。これはカミサマの記憶ではない。僕がカミサマになる以前の記憶だ。ぼんやりと影のようなものが部屋の中を行き来している。飛んだり跳ねたり、僕にすがりつく。「これがほしい!」と聞こえてきそうだ。目の表面が湿っていく。なぜか胸がしめつけられた。

「お金はいいよ、もらっていって」

 白の言葉で記憶の旅から戻り、気が付けば店先に出ていた。僕の足には空が履いていた靴が戻ってきている。義足が覆い隠され、見た目は普通の男の子に返り咲く。近くの白い積み木の家にはまっている窓ガラスに僕と白が映っている。見た目はハコにどこでもいる少年と少女だ。

 機械がない方が、カミサマではない方が、彼女の隣に似つかわしいいと感じる。今は機械が見えず、カミサマに見えないから、ほっと落ち着く。だが、安心している僕がいることに何とも言えない気分の悪さを抱いた。

「あ・ん・な・い・す・る」

 僕の気も知らないで空は手を引く。手のひらの柔らかさは機械越しには感じられない。どれだけこれが僕を暗澹たる気持ちに陥らせているか、きっと彼女は知らない。

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