四.王者との邂逅

 一週間はまたたく間に過ぎ、遂に準決勝と決勝戦が行われる日がやってきた。

 アツシ達は早朝からバスに乗り込み、まずは鎌倉駅へ向かった。そこから二駅先の大船駅で電車を乗り換えて、揺られること約三十分。横浜市のみなとみらい地区へと辿り着いていた。

「わぁ~すご~い! 海! 高層ビル! 観覧車! ロープウェイ! みなとみらいって、欲張りな場所だね!」

 桜木町駅から出た途端、目に飛び込んできた風景に、レイカが珍しくはしゃいでいた。

 みなとみらい地区は、海沿いに高層ビルとショッピング施設が建ち並ぶ、横浜の中でも新しく開発された場所だ。駅前からはロープウェイが伸び、やや遠くには大観覧車の姿もある。一大観光地でもあった。

 アツシ達の地元の鎌倉には、景観を保つ理由から高いビルがほとんど存在しない。法律で建物の高さが制限されているのだ。そのせいもあって、みなとみらいの光景にはいつも驚かされていた。

 今日の試合会場は、そのみなとみらいに数年前に建てられた「横浜みなとみらい室内競技場」だった。その名の通り、室内競技向けの大型体育館で、体操や卓球、柔道やボクシング、テニスなどの大会によく使われている。

 ――もちろん、バドミントンの大会にも。アツシ達も、ここのコートには何度か立ったことがあった。そんな事情もあって、アツシは思わず、やや遠くに見える競技場を複雑な気持ちで眺めてしまった。

「まさかバドミントンの大会以外でこの会場に来ることになるとはね」

 やはり思うところがあるのか、エイジもまぶしそうに競技場を眺めている。

「だな。逆に言えば、バドミントン以外の競技でも来ることができたってトコじゃねぇか?」

「……だね。さあ、行こうアツシ。ボク達のペアがバドミントン以外でも強いってことを、見せつけてやろう」

「おう!」

 ゲンコツ同士を突き合わせ、アツシとエイジは会場への道を進み始めた。

   ***

「うお、広いな……」

 小峠に受付を済ませてもらい会場へ入ると、アツシ達はその広さに圧倒された。

 今日の会場はメインアリーナだ。バドミントンならコート18面分ほど。客席は最大一万人程度を収容可能な、広い会場だった。

 もちろん、野球のドームなどよりは小さいが、室内競技場としてはかなり広い。

 会場の中央には「エル・ムンド」が四組設置されていて、その真上には四面ディスプレイが吊るされている。観客はこのディスプレイで、試合の状況をリアルタイムに観戦することができるのだそうだ。

「アツシ、緊張してる?」

「ちょっとな。そういうエイジは?」

「メチャクチャ緊張しているさ。でも、それ以上に興奮もしてる。なんだかワクワクして来たよ」

「……オレもだ。久しぶりだな、試合前のこの感覚。こう、体の芯が熱くなってくるようなさ」

 観客席には、既にたくさんの人々が座っていた。「ダブルス!」はeスポーツの中でも新しい注目の競技だ。関係者以外の観客も多そうだった。

 と――。

「アツシ、あれ。あっちの人たち」

 エイジがアツシのヒジをつつき、自分達がいるのと反対側の方を指さした。そこにいたのは、彼らと同年代くらいの二人組の男女だった。

 女子の方はセーラー服姿で、背が高く遠目に見ても美人だった。男の方は学ラン姿で……背丈はアツシ達と同じくらいで、頭はボサボサの長髪だった。なんとも対照的な二人組だが、同時に不思議な迫力も感じた。

「あの二人がどうかしたか?」

「バカ、あれが斎藤ペアだよ。姉の斎藤リンと、弟のキョウスケだ。雑誌にも載ってたことあるから、間違いない」

「へぇ、あれが……」

 なるほど、そう言われてみれば確かにアツシにも見覚えがあった。不思議な迫力にも合点がいった。

 ――しかし。

(斎藤リンの方、あれ本当に中学二年生か?)

 会場には沢山の人々がいる。もちろん、大人たちの姿も多い。けれども斎藤リンは、そこいらの大人の男性と同じくらいに背が高かった。しかも、見れば見る程大人っぽい美人だ。モデルと言っても通じそうだった。

「おっ、随分と熱視線送ってるね。アツシくんは、ああいうのがお好み?」

「いやいや、オレの好みはレ……」

 ついつい「オレの好みはレイカ先輩みたいな感じ」と言ってしまいそうになって、アツシは慌てて口をつぐんだ。尋ねてきていたのは、当のレイカだった。

 危うく、大事な試合を前にまさかの告白をしてしまうところだったと、アツシは胸をなでおろした。

 だが――。

「好みはレ……レ……レディースみたいな感じ? アツシくん、ヤンキーが好きだったの?」

「……先輩、分かっててからかってませんか?」

 告白するしない以前に、アツシの気持ちはレイカにバレバレであるような節もあった。

 なお、「レディース」というのは女子のヤンキー(つまり不良)の昔風の呼び名である。アツシ達も漫画の中くらいでしか見たことがなかったが。

「おいアツシ。先輩とイチャイチャしてる場合じゃないよ」

「べ、べべべっ! 別にイチャイチャなんてしてませんけどぉ?」

「いや、そういうのはいいから。ほら、先方があいさつに来たみたいだよ」

 エイジがアゴで指す方を見ると、なんと斎藤ペアがアツシ達の方に歩いてきていた。間違いなく、彼らが目当てだ。

「やあ。鎌倉市立梶原中学の……須磨選手と渋沢選手、で合ってるかな?」

 話しかけてきたのは、姉の斎藤リンだった。間近で見ると、本当に背が高い。けれども全身がスラっとしていて「でかい」というイメージではない。そして、やはり物凄い美人だった。

「はい。ボクが渋沢で、こっちが須磨です。よくボク達のことが分かりましたね? まだ、雑誌やネットにも写真は載ってないはずですけど」

「ああ、それは簡単。アタシらの学校にね、小林と佐野ってバドミントンの選手がいるんだけど、そいつらから聞いた。知ってるだろ?」

「……ああ、よく知ってる。この前も会ったよ。オレ達も、アンタらのことは二人から聞いてる」

「らしいね。あいつらがね、わざわざうちの部まで来て、あんたらのことを話してくれたのさ。で、その時に写真も見せてくれたってわけ。……あんたら、バドミントンじゃかなり強かったらしいじゃないか。いいねぇ、そういう奴らってのは、eスポーツでも大体強いんだ。燃えてきたよ」

 ニヤリと、やけに色っぽい肉食獣のような笑顔を見せる斎藤リン。その笑顔に、アツシの背中にゾクっという寒気のような感覚が走った。

「じゃあ、また後で。今日は熱い試合をしようぜ。――おいキョウスケ、行くよ!」

「あ、あう……」

 斎藤リンはそのまま、颯爽と去っていった。対照的に、弟の方は一言もまともに喋らずじまいだった。双子のはずだが、どこか歳の離れた姉弟のような雰囲気がある。

「斎藤さん、すごい迫力だったね。なんだか背中がゾクゾクしたよ。強い人に共通する迫力があるっていうか」

「ああ……それは俺も感じたよ。燃えてきたな!」

 準決勝開始の時刻は、すぐそこまで迫っていた。

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