三.パートナー
――翌日。
アツシとエイジは、朝から金沢第二中の研究を続けていた。
試合の動画を見れば見るほど隙がなく、二人の口から何度目かのため息が漏れた頃、アツシの腹が鳴った。時計を見れば、いつの間にやら昼飯時になっていた。
エイジとレイカは弁当を持参。小峠も弁当で、こちらは職員室で食べるという。一方のアツシは、ノー弁当だった。学期中なら母親か父親のどちらかが作ってくれるのだが、夏休みの部活中は「自分で何とかしろ」と言われていた。
仕方がないので、アツシはランニングがてら、県道沿いのラーメン屋まで行くことにした。往復二キロの道のりだ。決して軽い運動ではないが、最近体を動かしていなかったら丁度いいと思ったのだ。最初からそのつもりだったので、アツシは制服ではなくジャージ姿で部活に来ていた。
――学校を出て、夏の暑い日差しの中を走る。以前なら、アツシの横にはエイジがいた。でも、今はいない。
エイジと一緒に「ダブルス!」に打ち込んで、また最強ペアを目指す日々が続いている。けれども、一緒にやれることは確実に減った。エイジはランニングもできないし、休みの日はリハビリに通っているので、どこかへ一緒に遊びに行く、ということもめっきり無くなった。
やはり、以前通りとはいかないのだ。
『パートナーならばエイジくんの様子にもっと気を配ってあげなさい』
昨夜の父親の言葉を思い出す。
エイジが「ダブルス!」を始めてくれたのは、アツシのワガママを聞いてくれたからだった。『またエイジとペアで「全国」を目指したい』というワガママを。
「フルダイブ環境なら、エイジもまた二本の足で飛んだり跳ねたりできる」というアツシの想いも、ある意味でワガママだ。リハビリが上手くいかず車イスを手放せないエイジにとって、残酷なことをしている可能性もある。
(オレ、結局はエイジに甘えてるだけなのかな?)
一人きりで走りながら、アツシは答えの出ない自問自答を繰り返していた。
***
「くっそう! まさかラーメン屋が臨時休業だとは……」
目当てのラーメン屋は閉まっていた。無情にも閉ざされたままのシャッターには「社員旅行のため、本日臨時休業します」という張り紙が貼ってあったのだ。
梶原の周囲には、そこそこの数の飲食店がある。だが、どれも目当てのラーメン屋よりは遠いし、男子中学生一人で入るのはためらわれる喫茶店やファミリー向けのそば屋などが多く、アツシには少々ハードルが高かった。
仕方がないので、アツシはコンビニに立ち寄り、適当にパンを買って学校へとんぼ返りした。いつもの店員の「あっした~」というやる気のない声が背中越しに聞こえた。
時間はまだ早い。エイジとレイカも、まだ弁当を食べているかもしれないな――そう思いながら部室へと戻ってみると、二人の姿はなかった。
「はて? 二人ともどこへ行ったのだろうか」と思っていると、廊下を曲がった先にある手洗い場の方から、水音と話し声が聞こえてきた。
おそらく、エイジとレイカだ。昼食を食べ終わったので、弁当箱を洗っているのだろう。
「残念、二人と楽しくランチとはいかなかったか」等と、アツシが苦笑いをしていると――。
「エイジくん、本当にアツシくんには伝えなくていいの?」
そんな、レイカの声が聞こえてきた。心なしか深刻そうな声色だ。
「ええ、必要ないですよ。アツシのことだから、余計な心配するでしょうし。大事な試合前ですしね」
こちらは間違いなくエイジの声だ。
(……オレに伝える必要がない? 一体何の話だ?)
どうやら、レイカとエイジは、何かアツシに秘密にしていることを話しているらしい。「聞いてはいけない」と思いつつも、アツシは金縛りにあったようにその場から動けず、聞き耳を立ててしまった。
「でも、東京のおっきな病院に何日も入院して手術するんでしょう? やっぱり、ちゃんと伝えておいた方がいいよ」
(――手術? 入院? エイジが……?)
二人の話から推測するに、どうやらエイジは東京の病院に何日も入院して手術する必要があるということらしい。しかも、それをアツシには伝える必要がない、とも言っている。
(なんだ、それ。なんだそれなんだそれ! なんだよ、それ!)
頭にカっと血が上る。気付けばアツシは二人の前に飛び出し、叫んでいた。
「エイジ! 今の話……どういうことだ!?」
「アツシ!? 今の話、聞いて――」
「なあ、手術ってなんだよ? 東京の病院に入院って……。お前、そんなに体調が悪かったのか? それなのにオレ、無理させてたのか? ――オレ、やっぱりお前に甘えてたのか?」
「アツシ……」
気付けば、アツシはみっともなく泣きべそをかいていた。
自分が情けなかった。エイジは自分のワガママにずっと付き合ってくれていた。何日も入院して手術が必要な体なのに、嫌な顔一つせずに「ダブルス!」で一緒に戦ってくれた。
エイジはやはりすごい奴だった。それにひきかえ、自分はエイジに少しでも、頼ってもらえているだろうか? 自分が一方的に頼ってるだけなんじゃないだろうか。アツシの頭の中は、そんな気持ちでいっぱいになっていた。
――そう思うと、自然に涙があふれてきてしまったのだ。
「オレ、頼りないかもしれないけど、もっとしっかりするから! お前に頼ってもらえるように、がんばるから! ……何ができるかなんて分からないけど……だけど、がんばるから! だからエイジ、情けないかもしれないけど、頼りないかもしれないけど、もっとオレを頼ってくれ! オレをお前の『パートナー』でいさせてくれ!」
――きっと、これもアツシのワガママなのだろう。
エイジは必要が無いからアツシに頼らなかっただけだ。それを「頼れ」なんて、傲慢すぎる。それはアツシも分かっていた。
けれども、同じワガママなら、せめてエイジの役に立ちたかったのだ。
「アツシ……その」
「うん、なんだ! なんでも言ってくれ!」
「ええと、とても言いにくいことなんだけど」
「いいよ! じゃんじゃん言ってくれよ!」
「あのね、アツシ。ボクが手術入院するのは、別に体調が悪いからじゃないんだ。だから、そんなに心配してくれなくても、その、大丈夫なんだけど……」
「おう、分かった! 心配しなくていいんだな! ……って、え? ええっ!?」
見れば、エイジは「困ったなぁ」といった表情で苦笑いしながら、レイカと気まずそうに顔を見合わせていた――。
***
どうやらアツシは、とても恥ずかしいカン違いをしていたようだった。
エイジが東京の大きな病院に長期入院して、手術するのは本当らしい。けれども、それは体調が悪いからではないのだという。成長期が始まって背が伸びてきたので、足に入れている金属のパーツをもっと成長に合わせたものに変えて、リハビリのジャマにならないようにする為らしい。
大手術には違いないが、むしろこれからもリハビリに励む為の「前向きな」手術なのだとか。
「アツシは入院だ手術だって伝えると、きっと大げさに捉えちゃうと思ってたから、大会が終わってから伝えようと思ってたんだけど……ごめん。むしろ混乱させちゃったね」
「いや、ごめん……こっちこそ……というか、本当にごめん」
エイジが申し訳なさそうな顔をすればするほど、アツシの恥ずかしさは何倍にもなってその顔を真っ赤にさせた。既に、ゆでだこみたいに真っ赤だった。
つまりは、エイジの気づかいをカン違いしたアツシのひとり相撲だったわけだ。
「アツシくんってさぁ……」
そんなアツシを眺めながら、レイカは何故かニヤニヤとした表情で。
「エイジくんのこと、好きすぎだよね?」
とても恥ずかしいことを、何とも嬉しそうに言った。
その言葉に、アツシがますます真っ赤になったのは、言うまでもないことかもしれない。
***
午後は気持ちを切り替える意味も込めて、オンライン対戦に集中した。
その際に、斎藤ペアがやっていた「魔法使い」と「長弓使い」の組み合わせで相手の動きをコントロールしながら圧倒する、例の作戦も真似してみたが……とてもではないが、無理だった。
アバターの操作レベルだけみれば、アツシ達も斎藤ペアに負けていない。むしろ勝っているくらいだ。
だが、斎藤ペアの強さはそんなところにはない。あくまでも冷静な戦術眼と判断力、そして一糸乱れぬコンビネーションにあるのだ。
もちろん、コンビネーションならアツシ達も負けていない。六年間バドミントンでペアを組んできたアツシ達の「あうんの呼吸」は伊達ではない。
アツシ達のアバター操作能力とコンビネーションが勝つのか、斎藤ペアの戦術とコンビネーションが勝つのか。
全ての答えは、準決勝のその日に出るはずだった。
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