二.快進撃の先に待つモノ
強豪である横須賀第三中学校を見事に破ったアツシ達は、その後も快進撃を続けた。
二回戦では、お隣の藤沢市にある川名中学校を相手に快勝。試合は一方的なものになった。
そして三回戦――準々決勝では、地区大会上位常連の横浜市立みなとみらい中学校を相手に苦戦するも、なんとか勝利。ギリギリの勝負だった。
***
「すごいすごい! 二人ともすごいよ! 初参加で準決勝進出だよ!」
すべての試合を終え「エル・ムンド」から出ると、レイカが抱きつかんばかりの勢いで飛びついてきた。
二人でエイジがシートから車イスに移動するのを手伝ってから、改めて三人で輪になってハイタッチをする。
「なあエイジ。もしかしてオレ達って……強い?」
「こらこら、いきなりうぬぼれない。もちろん、ここまで来て弱いとは言わない。けど、ボク達は初出場だったから、事前に研究されないで済んだのが大きんじゃないかな。だってほら、ボクらは対戦しそうな相手の試合動画を、片っ端から観たじゃないか」
そうなのだ。アツシ達は地区予選開始のギリギリまで、同じブロックへ出場する学校の過去の試合動画をチェックし続けていたのだ。
数が多かったので大変だったが、そのお陰でずいぶんと試合運びが楽になった。相手の得意クラスだけでも分かっていれば、作戦を立てるのがとても楽になるのだ。
その点、アツシ達はまだ公式試合には出たことがない。大東中学との試合動画もあるが、ネットに公開しているわけではないので、研究されようがない。
「確かに。初出場ってのは、それだけで有利な部分もあるんだな」
「うん。逆に準決勝からは、今までの試合動画を相手もチェックしてくるだろうから、格段に厳しくなってくると思うよ」
「お、おう! 望むところだぜ!」
さすがはペアの「冷静」担当エイジだった。アツシのように浮かれてばかりではないらしい。
「っと、そうだ。ぼちぼち準決勝の対戦相手も分かってる頃だよな?」
「そうだね。他のブロックの試合もそろそろ終わってるはずだから、トーナメント表も更新されてるかもね」
地区予選のトーナメント表は、自分たちの参加ブロックまでしか公開されていない。他のブロックの出場校は、準決勝までの出場校が決まってからようやく見られるように仕組みだ。
早速とばかりに、アツシはコントロールパネルからトーナメント表を呼び出してみた。すると――。
「え~と、オレ達の準決勝の相手は……横浜市立金沢第二中学の斎藤・斎藤ペア、だって。ハハッ、同じ名前が並んでらぁ……ん? 斎藤……?」
『ええっ!?』
アツシが対戦校と選手名を読み上げると、エイジとレイカがハモリ気味に驚きの声を上げた。当然、選手が二人とも「斎藤」であることに驚いているのではない。
「斎藤ペア」と言えば、前回の全国優勝ペアに違いなかった――。
***
その日は試合の疲れもあり、そこで解散することになった。
準決勝及び決勝戦は一週間後、横浜市内の海を臨む体育館で行われる。
会場まではバスと電車を乗り継いで、一時間くらいの距離だ。遠出になるので、エイジの家族にもきちんと伝えておかなければならない。
対戦相手の研究だけではない。色々と準備をしなければならなかった。
『……』
小峠に別れを告げて、初夏の暑い日差しの中、県道までの道を三人で歩く。アツシもエイジも、レイカも無言だった。
初出場で三連勝……からの、全国優勝ペアとの対戦なのだ。落差が激しくて、どう気持ちをもっていけばいいのか分からなかった。
しかもアツシは、父親から「最初の大会で結果を残せ」と言われている。もしそれができなければ、バドミントン部へ戻れ、とも。
アツシの父はとても厳しい。一度言ったことは絶対に曲げない。「負けました。相手が去年の全国優勝チームだったから、仕方ないよね?」等という言いわけは通じない。
地区大会準決勝進出レベルでは、アツシの父の求める「結果」としては、少々弱いかもしれなかった。
そのまま、一言もしゃべらぬまま県道まで辿り着く。レイカと別れ、エイジと二人きりになっても、アツシは終始無言のままだった――。
***
その夜、アツシは夕飯を食べながら、父親に「神奈川東地区予選の準決勝まで進んだ」と報告した。
父は「そうか」とだけ答えた。
やはり「地区大会の準決勝」では、アツシの父の言う「結果」には届いていないようだった。
「日程と会場は?」
「一週間後。会場はほら、横浜のあの、海沿いの体育館あるじゃん。あそこだよ。電車で行く予定」
「ふむ、少しだけ遠いな。……アツシ、エイジくんに無理はさせていないだろうな? 彼の親御さんからも、リハビリ結果がかんばしくないと聞いている」
「うん。まだ電動車イスから降りられないんだ。でも、大丈夫! オレがきっちりサポートするし、ほら、レイカ先輩……聖さんとこのレイカさんも一緒だから。移動する時はオレ達がつきっきりで――」
「父さんが言っているのは、エイジくんの体調のことだけじゃない。メンタル……精神的な負担は大丈夫かと訊いているんだ。結構ムリをさせているんじゃないのか?」
「そんな……ことは……」
そんなことはない、と断言しようとして、アツシは思わず口ごもった。
エイジはバドミントン時代から、コンビの頭脳役だ。今回の大会でも、作戦のほとんどはエイジが考えている。
敵チームの戦力分析でも、アツシ以上に気をつかって、注意深くやっているはずだった。「精神的な負担」はかなり大きいはずだ。
「アツシ、父さんの仕事は知っているな?」
「ええと……障がい者スポーツの支援活動、だよね? トレーナーもやってるんだっけ?」
「そうだ。職業柄、エイジくんのように事故や病気で歩けなくなったり障がいを抱えたりした人たちは、たくさん見てきている。彼らが日常生活を取り戻す為に、どれだけ苦労しているのかもな。『リハビリ』と一口に言うが、そこにかかる労力と時間は並大抵のものじゃない。エイジくんは、その中でも大変な部類に入るはずだ――お前は、彼のリハビリ現場に立ち会ったことはあるか?」
「……ない。オレには見られたくないらしい」
――いつだったか、レイカと一緒にエイジのリハビリを手伝いたいと言ったことがある。けれども、エイジの答えは「ノー」だった。
「二人にはちょっと見せたくない姿なんだ」と苦笑いしながら答えた姿を、アツシはよく覚えている。
「とにかく、パートナーならばエイジくんの様子にもっと気を配ってあげなさい。父さんからは以上だ」
言葉通り、父の話はそこで終わった。
てっきり「結果を残せ」という約束について釘を刺されるのかと思っていたのに、まさかエイジの話になるとは予想外だった。
――それとも、まさかエイジの両親に何か言われたのだろうか? 「アツシがエイジに無理をさせている」だとか、そういうことを言われたのだとしたら……。
結局その夜は、準決勝や父親の言葉の意味についてグルグルと考えてばかりで、アツシはろくに眠れなかった。
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