三.チュートリアル「遠距離型クラス」編

 続くクラスは「短弓使い」だった。名前の通り、小型の弓を使って戦う。いわゆる「遠距離型クラス」だ。

 M字の形をした「短弓」の射程は、最大で百メートル近くとかなり長い。しかも連射が可能であり、熟練者ならば二秒に一発ほどのペースで連射することができる。

 弓から放たれる「矢」は実体ではなく、弓を引いた時に「光の矢」状のものが生成される仕組みだ。矢筒に沢山の矢を入れて持ち歩く必要はないし、「矢」の本数制限もない。

 距離を取って「重戦士」や「軽戦士」連射で圧倒することも、十分に可能なのだ。

 もちろん、良いことばかりではなく、きちんと弱点もある。

 まず、防御力は「軽戦士」よりも更に低い。防具は胸と足の部分にしかなく、肩や腕は剥き出しで、兜も被っていない。

 足の速さは「やや速い」。「軽戦士」より少し遅く「重戦士」よりは速い。一度「軽戦士」に接近されてしまうと、距離を取るのは難しい。

 攻撃力も戦士系に比べるとやや控えめだ。短弓の攻撃力は低く、「重戦士」や「軽戦士」の鎧の硬い部分に当たると、大したダメージを与えられない。上手く「すき間」に当てる必要がある。

 弱点は他にもある。「命中率」の問題だ。

 短弓にも「モーション補助」機能があるので、矢を真っ直ぐ飛ばすだけなら問題はない。だが、標的との距離があればあるほど発射から命中までのタイムラグは大きくなる。

 止まっている的になら初心者でも当てられるのだが、相手が動いているとなると、これが格段に難しくなる。

 そこで「ダブルス!」では、弓系クラスのみに「モーション補助」以外にも「自動照準」という補助機能が設定されていた。

 相手との距離や高低差、移動スピード、風向きなどをシステム側で計算して、照準をある程度補正してくれるのだ。

 ただし、あくまでも「ある程度」であり、絶対の信頼を置けるものではない。これは、完璧な補正をしてしまうと弓系クラスが圧倒的に強くなってしまう為だ。そうならないよう、ある程度の「あそび」が設定されているのだ。

 この「自動照準」も設定で強度を変えることができる。

 現実の世界でアーチェリーや弓道の経験があるプレイヤーの中には、「自動照準」をオフにして完全なる自力で恐るべき命中率を誇る剛の者もいる。

 が、そういったプレイヤーは一握りの才能ある者達だけだという。

 その他にも、弓系の武器はマップ上でランダムに設定される「強風」や「豪雨」等の影響も受けやすい。臨機応変な判断力が試されるのだ。

 弓系クラスは、中級から上級者向けと言えた。

「くはぁ~! 全然当たらねぇ!」

 ――そして案の定、初心者たるアツシは「短弓使い」のチュートリアルに苦戦していた。

 五十メートルほど離れたところから的のカカシを狙ってみたが、十発射って一発も当たらなかった。

「練習すればもっと当たるようになるとは思うけど、『短弓使い』は直接敵を倒すというより、味方を援護する向きみたいだね。ほら、例えばこうやって敵の動きを封じるとか」

 そう言いながら、エイジがカニ歩きしつつカカシに向かって矢を連射した。無数の矢、がカカシの足元に横並びに突き刺さる。もしこれが動く標的だったなら、相手の動きをある程度制限することができただろう。

 臨機応変が試され、かつ味方を援護するのに向く――エイジ向けのクラスと言えた。

   ***

 次に「長弓使い」のチュートリアルが始まった。こちらは読んで字のごとく、自分の背丈ほどもある長弓を操る「遠距離型クラス」だ。

 長弓の最大射程は短弓の約四倍ほどで、なんと四百メートルにも達する。威力も高く、「重戦士」の鎧をも貫き大ダメージを与えることが可能だ。

 短弓よりも連射が利かない代わりに「自動照準」の性能が高く、さらに驚いたことに、長弓の矢は敵をある程度「追尾」する。最初の狙いさえ正確なら、矢を放った後に少し動かれたくらいでは外れることがない。

 ただし、「長弓使い」は「短弓使い」よりも弱点が多い。

 まず、足の速さ。「長弓使い」はこのゲームの中で最も足が遅い。他のクラスに接近されれば、まず逃げられない。

 そして武器の長弓自体が、とても扱いにくい。「自動照準」や「追尾」の機能が手伝ってくれるとはいえ、何百メートルも先の標的に狙いを定めること自体がとても難しい。

 実際の弓道や射撃のように、長距離狙撃のセンスが問われるのだ。

 逆に言えば、熟練した者が扱えばとても強いクラスとも言えた。

 ――と。

「狙って~狙って~……発射ぁ!」

 アツシが弓を限界まで引き絞り、矢を放った。矢は大きく放物線を描いて飛んでいき――見事、遠く離れた場所にあったカカシの胴体に突き刺さった。

 カカシの頭の上に「1000」というダメージ表示が浮かぶ。こちらは遠く離れていても、はっきりと見えるようになっているらしかった。

「わっ、よく当てたねアツシ。そう言えば君は、連打よりもじっくり狙いすました一打の方が得意だったね」

「へへ~ん! どんなもんだい! エイジの方はどうだ?」

「そうだね。練習すれば当たるだろうけど、ボクは短弓の方が性に合ってる……かな?」

「ふ~ん。こういう落ち着いて狙う系は、むしろエイジの方が得意かと思ったけど」

「買いかぶりさ。狙い打つセンスは、昔からアツシにはかなわないよ」

「そういうもんかねぇ?」

 エイジはお世辞を言う質ではない。今の言葉も、彼の中にある確かな認識なのだろう。

 アツシ本人は、じっくりと狙いすますようなものは苦手だと感じていた。けれども、他ならぬ相棒に褒められてしまっては、認識を改めなければならなかった。

 アツシは案外、褒められると弱い質なのだ。

「軽戦士の方が性に合ってる気もするけど、長弓使いも選択肢に入れておくわ」

 呟きながら、アバターの頬をポリポリとかくアツシ。

 作り物であるはずのその頬は、本人の感情を反映してか、ほんのり赤く染まっていた。

   ***

 最後に「魔法使い」クラスのチュートリアルが始まった。

 「ダブルス!」の中では最も上級者向けであり、使い方によって最弱にも最強にもなり得る、やや特殊なクラスだ。

 防御力は最弱、移動速度は「重戦士」と同程度。体を覆うローブには防御力はほぼなく、他のクラスの攻撃を受ければあっという間にやられてしまう。

 しかし、「魔法使い」には他のクラスには無い強みがある。「使い魔」「テレパシー」「魔法攻撃」の三つがそれだ。


 「使い魔」は、自分にしか見えない鳥の「使い魔」を飛ばして、マップ上のどこに敵チームがいるのかを知ることができる能力だ。自分はどこかに身を隠して、使い魔に空から敵を探させるので、一方的に相手の位置を知ることができる。

 「テレパシー」はどんなに距離が離れていても、チームメイトと会話できる能力だ。「ダブルス!」では、二十メートル以上離れるとチームメイト同士の会話が届かなくなる。お互いに別行動をして離れると、チームメイトの状況が分からなくなるのだ。

 だが、「テレパシー」があれば、別行動をしていてもチームメイトと作戦を相談できる。上手く使えば、大きなアドバンテージを得ることができる。

 最後の「魔法攻撃」は、長弓を上回る長距離から「火の玉」の魔法を放って、半径十メートルほどの範囲を一気に攻撃する強力な能力だ。威力はこのゲームで最大であり、「重戦士」の盾で防いだ場合でも、大きなダメージを受けてしまう。

 上手く命中させれば、一発で試合をひっくり返すことも可能だ。

 ――ただし、「魔法攻撃」は放つまでに十数秒も時間がかかる。また、「魔法使い」はその間、全く動けなくなる。しかも、魔法の発動中は「魔法使い」の体から強い光が発せられるので、場合によっては敵に位置がバレバレになるのだ。

 一度魔法を外してしまえば、「軽戦士」や「短弓使い」にはたやすく追い詰められてしまうだろう。特に、射程の近い「長弓使い」にはすぐさま反撃される危険がある。

 唯一「重戦士」に対してだけは、ある程度場所が離れていれば一方的に有利に戦える。長所と短所がはっきりしているクラスと言えた。

「う~ん、これは確かに難しそうだ、な」

「うん。カカシ相手なら楽勝だけど、相手がさっきの自分たちと同じ速度で動き回るとなると……要研究だね」

 二人とも、「魔法使い」にはピンと来ぬままチュートリアルを終えた。

   ***

『各クラスのチュートリアルは以上だよ! 次は、実戦形式でトレーニングをしてみよう! 最初に使うクラスを選んでね』

 妖精が姿を現すと、アツシとエイジのアバターが元の姿に戻った。

 ファンタジーの世界からいきなり現実に引き戻されたようで、二人は思わず顔を見合わせて苦笑した。

「――さて、これで一通りのクラスの特徴が分かったけど……エイジはどれにする?」

「そうだね。どのクラスもある程度は使えるようになっておきたいけど、ボクは『重戦士』かな」

「そっか。じゃあオレも、近接タイプの『軽戦士』にするぜ!」

『りょーかい! じゃあ、トレーニング場に二人を転送するね~』

 妖精がクルクルと指を回すと、二人の視界が再び闇に包まれた――。

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