二.チュートリアル「近距離型クラス」編

 遠くに、頭に雪を被った山々が見える。

 空は果てしなく高く、深く蒼い。

 目の前には、緩やかな傾斜を描く草原が広がっている。

 昔、何かの動画で見たどこかの高原の風景を思わせた。間違いなく日本のものではないだろう。

『は~い! 改めて「ダブルス!」の世界へようこそ~! 早速だけど、このゲームについて簡単に説明していくよ~』

 妖精が指をクルクル回すと、空中に映像が映し出された。――大自然に感動していたアツシ達は急に現実に引き戻された気がして、少しだけ冷めてしまった。

 妖精が説明してくれたのは、二人も予め知っていた「ダブルス!」の基本中の基本だった。


■「ダブルス!」の基本

・対戦は二対二のチームバトルであり、先に相手方キャラクターの「体力」をゼロにした方が勝利となる。

・試合時間は十五分である。時間切れの場合、残り体力の合計が多い方の勝利となる。

・キャラクターのクラス(職業)は、「重戦士」「軽戦士」「長弓使い」「短弓使い」「魔法使い」の五つであり、試合中の変更はできない。

・試合中の会話はチームメイト同士でしかできない。また、ある程度の距離があると会話できない。ただし魔法使いの「テレパシー」を使えば、離れた場所からでも会話できる。

・バトルフィールドはランダムに生成され、試合開始まで誰にも分からない。

・各チームの出現場所もランダムであり、まず相手チームの位置を探る必要がある。


 基本のシステムとルールは以上だった。もちろん、より細かいルールもあるはずだったが、チュートリアルでは省略されるらしい。

『次に、各クラスのチュートリアルを始めるよ! まずは「重戦士」からだ!』

 妖精が再び指をクルクルと回すと、アツシとエイジの体がキラキラと輝きだし、一瞬にして西洋風の全身鎧と大きな盾、片手剣を持った姿に変わった。

『「重戦士」は名前の通り重装備の戦士! 防御力は全クラスで一番! でも、足は二番目に遅いし、攻撃力は普通だよ! さあ、まずは「的」まで歩いて行って攻撃してみよう!』

 妖精が指さす方を見ると、今まさに地中からカカシのような人形が二体、生えてきたところだった。距離にして三十メートルほどの位置だ。近付いて、剣であれに攻撃しろということらしい。

「よっしエイジ、どっちが先にカカシを攻撃できるか競争だ! ――お先ぃ!」

「あっ!? ちょっとずるいぞアツシ!」

「へへ……って、からだ重っ!?」

 エイジを置いて走り出そうとしたアツシだったが、体全体が重く、足はゆっくりとしか動いてくれなかった。鎧も盾もずっしりとのしかかっていて、全力疾走してるはずなのに「早歩き」くらいが限界だった。

 ただ「立っている」状態の時には重さなど全く感じなかった。どうやら、「動作」自体に負荷がかかっているらしい。

「なるほど。クラスの能力に応じて運動性能に補正がかかってるんだね。動く時に、それが負荷として感じられるわけだ。……ふむ、お互いの移動速度に差はない、と。重要なのは判断の早さと正確さ、というわけか」

 面食らっているアツシとは違い、エイジは慌てた様子もなく、冷静にゲームの仕様を確認していた。

 バドミントンでペアを組んでいた時も、エイジはこうであった。冷静に相手の能力と試合の流れを分析して作戦を立てるのは、エイジの役目だったのだ。

 アツシが本能で突っ走るタイプなので、正反対の――バランスの取れたコンビだったのだ。

 そのまま、動作の重さに四苦八苦しながら、アツシはようやくカカシのもとに辿り着いた。足を止め、手にした剣を斜めに振り下ろし、カカシを見事に両断する。

 と同時に、カカシの頭の上に「500」という数字が出た。恐らくダメージ表示だろう。

 ――当たり前の話だが、アツシは今まで「剣」など振ったことはない。剣道で竹刀を振ったことさえない。

 にもかかわらず、アツシが見事にカカシに斬りつけられたのには、理由があった。

 「エル・ムンド」の機能の一つに、「モーション補助」というものがある。

 これは、プレイヤーが仮想空間の中で頭に思い描いた行動をシステム側がサポートして、アバターに「正しい動作」を行わせるというものだ。

 今回の場合、アツシの「剣でカカシを斬る」という思考を読み取って、システム側がアバターの動作に補正を加えていた。その結果、まるで経験者であるかのような見事な斬撃を、アツシのアバターは繰り出していた。

 この「モーション補助」は、設定でその強度を調節することができる。強度は「最大」から「オフ」まで細かく調節でき、「最大」に近付けば近づくほど動作補正が強くなり、「オフ」に近付ければプレイヤー本人の意図した動きに近付いていく。

 「最大」設定ならば、プレイヤー自身がどんなに運動オンチでも――あるいは四肢が不自由で、自分の身体を動かしたことのない人間であっても――アバターに予めプログラムされた最適な動作をさせることができる。

 だが、これには欠点もある。

 「最大」設定で補正されたモーションは、常に「予めプログラムされた同じ動作」なってしまう。つまり、誰がやっても同じ動きになってしまうのだ。「剣の軌道を少しだけずらす」だとか「緩急をつける」だとか、そういった細かい調整ができず、結果として「相手から予測されやすい動作」になってしまう。

 「ダブルス!」では、上級者になればなるほど「モーション補助」の強度を下げ、熟練者ともなれば完全にオフにすることもあるらしい。

 だが、今のアツシ達にはまだまだ遠い話である――。

 ――アツシに遅れること数秒。

 今度はエイジが、ガション! ガション! と音を立てながらカカシの前まで辿り着いた。が、エイジはそのまま足を止めず、体当たりしそうな勢いでカカシに剣を突き刺した。

 カカシは「600」という、アツシの時より多いダメージ表示を出しながら、光の粒になって消えていく。

「ふむ。現実と同じで、勢いと体重をかけて攻撃すれば、ダメージが増すみたいだね」

「へぇ、よくできてるな。じゃあ、がむしゃらに攻撃するよりも、きちんと狙った方がいいわけか」

「そうだね。例えば、重戦士が攻撃を受けた時、盾で受ければほとんどノーダメージ、鎧に当たると半減くらいらしい。でも、鎧の継ぎ目とかを攻撃されると、もっとダメージを受けるらしいね」

「なるほど。でっかい盾と硬い鎧があるからって、油断しちゃダメってことか」

 うんうんと頷き合いながら、二人は「重戦士」のチュートリアルをこなしていった。

   ***

 続くチュートリアルは「軽戦士」だった。

 「軽戦士」はその名の通り、「重戦士」よりも身軽な近接戦闘クラスだ。

 鎧は必要最低限、胸と肩、小手とすね部分のみ。兜は「重戦士」が頭をすっぽりと覆う物だったのに対し、「軽戦士」は帽子のように頭の上半分だけを覆うタイプだ。

 武器は両手に短めの剣「ショートソード」を装備していて、盾はない。全体的に防御力が低めになっている。

 その代わり、移動と攻撃の速度はとても速い。このゲームで最速のクラスだ。「重戦士」と違って、自分の足と同じか、それ以上の速さで走ることができるし、攻撃の手数も圧倒的に多い。

 ジャンプ力もあり、障害物などを飛び越えることも可能だった。

「うっほぉ! すっごい身軽! オレ、『重戦士』よりこっちの方が性に合ってるかも!」

「『軽戦士』は一番バランスがとれたクラスらしいからね。使いやすさではナンバーワンだって話だよ。ただ、一撃の攻撃力は『重戦士』には劣るから、その分を手数でカバーしないといけない」

「なるほどなぁ。バドミントンで言うと『これといった武器はないけど全般的に強いオールラウンダー』ってところか。よし、次だ次!」

 「近接型クラス」の操作にも十分に慣れてきたところで、アツシ達は「遠距離型クラス」のチュートリアルへと移行した。

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