四.実戦形式トレーニング
「わっわっ! こっちくんな! こいつ!」
「アツシ、落ち着いて! そいつの動き自体は単調――うわぁっ!?」
「エ、エイジィィィ!!」
――実戦形式トレーニング一回目。アツシ達は苦戦を強いられていた。
AIが出してきたのは、アツシとエイジが選んだのと同じ「重戦士」と「軽戦士」のチームだった。
マップは初回ということもあってか、隠れる場所のない「競技場」のグラウンドのただ中だ。
開始直後、まずは敵の「軽戦士」がアツシの方へと一直線に突っ込んできた。
アツシは「軽く倒してやろう」と、のんきに待ち構えていたのだが――敵がショートソードを振りかぶった瞬間に、体がビクッとなって縮こまってしまった。
それほど速い斬撃ではなかった。落ち着いていれば、避けたり自分の剣で受け止めたりできたはずだった。にもかかわらず、アツシの体は上手く動いてくれなかった。――恐怖故に。
「ダブルス!」では、アバターの肌や髪、衣服や鎧の質感などは現実と見紛うほどリアルに描写されている。
それに対して、剣や矢、「魔法使い」の攻撃時に発生する「火の玉」等は、「いかにもCGっぽい」質感で描かれていた。
これは、「ダブルス!」があくまでもゲームであることに由来する。
様々な実験から、フルダイブ空間でリアルな刃物や炎に慣れてしまうと、いざ現実空間へ戻った際にも、そういったものへの「慣れ」が生じ、警戒感が薄れてしまう傾向が確認されていた。
「ゲームで遊べば遊ぶほど、刃物などの危険物を脅威に感じなくなってしまう」などと言ったことが倫理的に許されるはずもなく、わざと「偽物感」を演出することで、それを防いでいるのだ。
だが、たとえ武器としてのリアリティが薄れているとはいえ、目の前で何か尖った物を振り回されれば、真っ当な人間ならば恐怖や脅威を感じるのは必然だ。
アツシが恐怖を感じたのは、ごくごくまともな感性の証だった。
――縮こまっているアツシのアバター、その鎧の肩に敵「軽戦士」の斬撃が直撃する。
途端、「バシュッ!」という、いかにもゲーム的な効果音と共に、斬られた部分に弱めの静電気のような衝撃が走った。
と同時に、アツシの視界の左上に浮かぶ体力表示が「体力1800/2000」に更新される。つまり、「200」のダメージを受けてしまっていた。
このゲームの体力は、「重戦士」が「3000」、「軽戦士」が「2000」、「短弓使い」が「1500」、それ以外が「1000」だ。それを削りきられればそのプレイヤーは失格となる。
「くっそぉ! やりやがったな!」
恐怖半分・怒り半分の興奮状態で、アツシがメチャクチャに両手の剣を振り回す。だが、敵「軽戦士」は既にアツシから距離を取っており、反撃は空振りに終わった。
NPC相手にもかかわらず、完全に遊ばれている状態だ。
エイジの様子をチラリと見ると、そちらも苦戦中だった。敵「重戦士」が真正面から体当たりしてきて、エイジはそれを受け止めそこねて大きく体勢を崩していた。そこへ敵の更なる追撃が襲い掛かり、更なるダメージを受けてしまった。
――そして、長い長い数分間が過ぎ。
『そこまで! 試合終了!』
終了を告げる妖精の声が競技場に響き渡る。アツシ達の完全敗北だった。
アツシは、敵「軽戦士」の攻撃しては退くを繰り返す、いわゆる「ヒット・アンド・アウェイ」戦法にすっかりペースを乱され、コツコツと体力を削られ敗北。
同じく苦戦していたエイジは「重戦士」の豊富な体力故に持ちこたえていたが、アツシがやられた途端、敵が二人がかりの攻撃を始め――なす術もなく敗北。
文字通りの完敗だった。
『おつかれさま~! 初めての戦い、どうでしたか?』
「どうもこうも、難し過ぎんだろ!」
「同感。もっと練習相手に相応しい相手はいないのかい?」
相手がAIだということも忘れて、アツシとエイジは思わず人間相手のような文句を垂れてしまった。それくらいに納得がいかなかったのだ。
けれども、そんな二人に対し妖精AIが返してきたのは、とても意外な言葉だった。
『あれれれ~? お二人のアバター操作能力に合わせて、少し強めの敵を用意したんですが、お気にめしませんでしたかぁ?』
「少し強めの……敵?」
『はい! お二人はチュートリアルの時点でアバターをほぼ完璧に操ってましたので、それに合わせたレベルの敵を用意させてもらいましたよ?』
「ええと、妖精さん。それってボクらが初心者にしてはレベルが高いってことかい?」
『アバターの操作だけ見れば、既に初心者レベルは超えていますよ! ただ、「ダブルス!」というゲームの腕前は……最低レベルですね。これからがんばってください!』
「ニコッ」と笑いながら、褒めているのか貶しているのかよく分からないことを言う妖精AI。
「え~と、つまりどういうこと?」
「簡単だよアツシ。アバターの操作能力は、現実で言えば身体能力だ。つまり、ボクらは身体能力は優秀だけれども、『ダブルス!』という『競技』についてはまだまだ下手っぴだってことさ」
「あ、なるほど! じゃあ、これからたくさん練習して上手くなればいいんだな!」
「そういうことだね」
――二人の脳裏には、同じような思い出が巡っていた。
幼い時分、まだバドミントンを始めたばかりの頃。アツシもエイジも、幼少の頃から運動神経抜群の子供だったが、クラブに入りたての頃の実力は惨憺たるものだった。
自分よりも年下だがバドミントンの経験は長い女子に、完敗した思い出。
初めての公式試合で、緊張でガチガチになってまともにラリーすることもできず負けた苦い記憶。
そして、ペアとなった二人が様々なトレーニングや経験を積んで、やがて県下でも有名なペアへと成長していった事実。
初めは誰でも初心者なのだ。そんな当たり前のこと思い出し、アツシとエイジは少し恥ずかしそうに笑い合った。
***
『二人とも~。そろそろ一時間経つから、一度フルダイブ状態を解除するわよ~』
二回目のトレーニングを始めようと思ったところで、天からレイカの声が響いてきた。フルダイブ中は、外部からの音声はこのような「天の声」として聞こえる仕組みになっているのだ。
「あ、もうそんなに経つのか。すみません先輩、お願いします」
「エル・ムンド」によるフルダイブ時、人間の脳は「夢を見ている時」に近い状態になっている。長時間のフルダイブも健康上の問題はないと言われてはいるが、未成年は大事を取って、一時間に一回の休憩を挟むことが義務付けられていた。
『外部から、フルダイブ状態の解除が実行されました。「エル・ムンド」からログアウトしますので、そのままお待ちください。ログアウトまで、5,4,3,2,1――』
機械音声がログアウトまでのカウントダウンを始め……やがて、二人の意識が一瞬だけ闇に落ち、すぐに「ヘッドギア」によって閉ざされた視界と、シートに座っている感触が戻ってきた。
どうやら無事にログアウトできたようだった。
アツシがヘッドギアを外して左のシートの方を見ると、エイジもちょうどヘッドギアを外したところだった。
「ははっ、やっぱり足は動かないんだね。ちょっとゲームの中が名残惜しい」
エイジが苦笑いしながら、何でもないことのように言う。アツシはそれに、何も言葉が返せなかった。
そうこうしている間に、レイカがエイジ側のドアの前で待機して、エイジが出てくるのを待ち始めた。車イスへの移動を手伝ってやろうというのだ。
エイジは「エル・ムンド」へ乗り込む際は自力で移動していたが、何分初めてのフルダイブ経験だ。何か体の動作に支障が出ていないとも限らない。レイカはそこを気遣ったのだ。
(オレのバカ! ホントなら、そういうのはオレの役目だろ!)
――「エル・ムンド」のフルダイブ技術と「ダブルス!」の世界のリアルさに興奮して、大事なことを忘れてしまっていた。
アツシは内心で自分を叱咤しながらシートから飛び降り、エイジが車イスに移動するのを手伝い始めた。
エイジの体は、思っていたよりもずっと重かった。
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