第68話 人魚からの依頼

 戦いは、終わった。

 最終的に不死身の治太夫を討ち取ったのは、恵美でもテルでも無く、舞衣……。


 これを聞いて、アマは目を剥いて驚いた。が、「流石さすがは我が主だ」と納得もした。

 アマは人界で舞衣に敗れて、舞衣の下僕宣言をしているのだ。あの時の勝負は、口にするのもナサケナイ争い事ではあったが、やはり、舞衣は只者では無いということだ。


 捕虜になっている河童たちの内、三太が解放されて使者として童島へ戻って行った。

 他の捕虜の運命は、これからの交渉次第だ。



 月影村の勝利…。とはいうものの、そして傷自体は完治済みとはいえ、神社守備隊を除いて血だらけのズタボロ状態だ。

 時間も、夜遅いというか朝に近いと言って良いような時刻…。慎也たちは、早く人界に帰って休みたかった。


 しかし、こういう時に限って、そうも行かなくなるモノである。怪しい雲が出てきて月が隠れてしまった……。

 異界の門は、万一のことを考えて、一旦閉じてある。再度開くには、月の光が必要。


 ポツポツと雨が降り出し、直ぐに本降りになってきた。

 血みどろになっていた参道が、綺麗に洗い流されてゆく。これは、神が降らせる清めの雨なのか……。

 ともかく、これでは帰れそうも無い。やむを得ず、村に留まる事となった。


 で、こういうことになると、久しぶりの再会である娘たちが、放っておいてはくれない。

 産まれた鬼の子、つまり孫たちも紹介したい。村での生活の話もしたい。今、人界はどうなっているのかも聞きたい……。

 そして、村を救ってくれた恩人であると同時に「神子様たちの御尊父・御尊母」ともなれば、鬼たちも最大級のオモテナシをせずには、気が済まない。

 朝が近いような時間であっても、晴れれば今晩にも慎也たちは帰ってしまうのだ。河童の襲撃を退けた祝勝会の名目で、そのまま大宴会に突入と相成った。

 これはもう、疲れたなどと言っても、一切、許してはもらえないのだった。



 昼近くまで続いた宴会も終わり、酔いと疲れでそのまま皆寝てしまい、夕方前……。

 まだ雨がシトシト振っている中、村に御客様があった。

 銀之丞と、人魚のリナ・ナナミだ。

 ナナセの葬儀を終え、泳いで来たのだ。


 恵美・あい・タケ以外は、人魚には初対面。あまりに舞衣ソックリな人魚二人に、皆、目を白黒させていた。

 特にナナミは、舞衣と並んでみると容姿も背丈も肌や髪の色も、何から何まで瓜二つ。全く見分けがつかないくらいだ。

 着ている物と、手足の水掻きの有無でしか区別がつかなく、血縁関係があるのでは…というか、一卵性の双子では?と疑いたくなる。

が、人魚とヒト、種族が違うし、年齢差も百二十歳くらいあるのだから、そんなことはあり得ない。本当に、偶然の産物である。


 ナナセの葬儀は河童たちも参列し、盛大に行われたという。そして、河童の負担を軽くしてやりたいというナナセの遺志を聞き入れ、可能な範囲でそれを実現するということになったようだ。


 葬儀の後、現村主すぐりから、次期村主として銀之丞が指名された。月影村に捕らわれている捕虜の交渉も一任されてきていた。


 月影村側は、治太夫から手ひどい損害を受けた。

 だが、ほぼ人的被害のみで、それも四人の治癒能力保持者によって既に完治済みだ。

 また、村長むらおさに難なくとらえてしまった憐れな捕虜たちは、理由も何も聞かされず、治太夫に連れてこられたという…。開放しても問題無いだろうということになった。


 更には、銀之丞から、以後河童と鬼、交易をしたりして良い関係を結びたいという提案。

 勿論、これに関しても断る理由は無い。同じ妖界の住人どうし、仲良くした方が有益なのだ。



 銀之丞との話が終わったところで、リナが口を開いた。

 改めて、河童が村に迷惑をかけたことへの、監督者としてのお詫び…。それから、重大な依頼事項があった。

 この依頼は、鬼に対してではなく、ヒト。つまり、慎也たちに対して。

 人魚は、一人死ぬと、生殖をする…。

 ナナセが死んだ。だから…。

 生殖に協力して欲しいというのだ。


 ちょうど、まもなく寿命を迎えんとする人魚が居るという。その人魚が亡くなった時点で二人分、お願いしたいとの話…。

 生殖は最も若い人魚が為す決まりで、連れてこられていたナナミがするということだ。


 この手の話になると、当然、皆の視線の集中砲火を浴びるのは慎也…。妻たちからばかりか、娘や鬼たちからも「当り前」と言った視線を受ける。


「ちょ、ちょっと、待ってよ。それは勘弁して欲しい!」


 慎也は大いに狼狽うろたえた。

 なにしろ相手は、百二十歳も年上だし、舞衣に何から何まで瓜二つ…。非常にややこしい事になりそうな気がする。


 が、種馬扱いの慎也の意見など、通るはずもない。

 恵美が、慎也の肩をポンポン叩きながら、諦めるようにと二つ頷いた。生暖かい笑顔で…。

 舞衣は、相手が自分ソックリということからか、少し微妙な顔ではある。だが、もはや今更の事…。反対はしない。

 他の妻たちや、娘たちも、慎也をジッと見てウンウンと頷いている。

 鬼たちからは、「憐れな…」との、同情の眼差し。(一部、羨ましいという目も有るが……)


「あ、あの、もしかすると誤解があるのかもしれませんが……」


 皆が慎也のみに押し付けようとしている様子をみて、リナが人魚の生殖について説明した。

 人魚は自分で子を産むのでは無い。男の精子を受けることで卵が成熟して排卵する。それを托卵して子を産んでもらうのだ。

 つまり、托卵を受け入れて出産してくれる女性も必要なのであり、こちらの方が、より重要だ。男の方は排卵の為のキッカケに過ぎない。


「そうだったね~。ナナセさんも卵を産んでたんだもんね~。

 ということは~、まず慎也さんとセックスして~、で、誰かのお腹に卵を産み付ける~ってことよね~」


「はい、そういうことです。妊娠期間は一ヶ月です。

 その間我慢して頂き、無事出産して頂けますと、大きなメリットもあります」


「え~? メリット~?」


「以後十年ほど、老いません。現時点の若さを保てます。

 寿命も、その分、伸びます」


 リナからのビックリ好条件提示に、皆、顔を見合わせ合うが…。


「ワラワは遠慮しておく。

 もう十分過ぎるほど生きた。今更寿命を延ばそうと思わぬ」


と、祥子。

 当然の発言だ。彼女は千歳を超える仙女だ。……妖怪と言うと怒るから御注意……


「私も、パス~。妖界に三年居たからね~。もう二年分延びてるもんね~」


 恵美が言うのと同時に、杏奈と環奈がサッと、舞衣の前へ進み出た。

 そして、舞衣の右手を杏奈、左手を環奈が、それぞれ両手でシッカと掴む。


「な、なに?!」


 驚く舞衣の顔を、双子の四つの目がジーッと見ていた。


「舞衣様! 是非、舞衣様が!」

「そうです!舞衣様の麗しいお姿が、十年そのままなのですよ!」


「じょ、冗談止めてよ。あなたたちこそ二人分なんだから、丁度良いわよ」


「嫌です! 私たちは、まだ成長途中です」

「そうです!ダメです! 私たちは、もう少し舞衣様のような大人の色気が欲しいんです!」


 舞衣に逆らわない双子が逆らった! 舞衣は大いに動揺して、近くにいる美雪を見る。


「じゃ、じゃあ美雪ちゃんは?」


「嫌ですよ。私だって、この童顔幼児体型がこのまま十年なんて…。それに、そもそも私、今、妊娠中です」


 そう、美雪は現在妊娠四ヶ月だ。だから、引き受けられるはずが無い。


「じゃあ、早紀ちゃん!」


「舞衣さん……。私の、このややこしい体に、そんな事を受け入れろと?」


「あ、い、いえ……」


 白い目で見返してくる早紀…。

 それを言われてしまうと、舞衣は返す言葉が無い。

 あと、残っているのは……。


「じゃ、じゃあ、沙織さん!」


「無理、無理! 私は淫魔。男性一筋で、女性のお相手は致しません!」


 沙織は大きく手を振って拒否し、横を向いた。托卵ということは、ナナミとどういうことをするか予想はつくのだ…。


「なによ!都合の良い時だけ淫魔だなんて!」


「ま~あ~、順当に行けば~、正妻の舞衣さんよね~」


 恵美がニヤッと笑う。


「ちょ、ちょっと待ってよ! だいたい、卵産みつけられるって、どうやって?」


 まあ分かっているが、一応の舞衣の確認…。


「はい、産卵管を膣口から刺し込んで、お腹の中に産みつけます。男性と交わるのと同じようなモノですので、難しいことはありません」


 リナの回答は、やはり、誰もが想像する通りだ。


「それ、この私ソックリの人とセックスみたいな事するってことでしょ?

 私、レズでもナルシストでも無いんだから……」


「舞衣さん…。諦めなさい。それに、舞衣さんの美貌が保たれるっていうのは、悪い話じゃない」


 慎也までもが、そんなことを言う。娘たちも頷いている…。

 全会一致となると、これは断れない……。


「う、うそ~! それに、二人分だから、もう一人必用なのよ。どうするの?」


「じゃあ、それは舞衣さんに指名してもらおう。指名された人には拒否権無しということで」


 慎也の言葉を受け、舞衣は、仏頂面で周りを見渡した。

 グルッと見渡し、少し考え、道連れ一人を決めて、ビッと指差した。

 指されたのは、環奈……。


「へ? な、なんで?」


「さっき、私に逆らったから!」


「え~!!それに、杏奈じゃなくて、何で私なんですか? 私、妹ですよ」


「だからじゃない。十年老けないのよ。お姉ちゃんが若いままじゃ、おかしいでしょ。

 それに、よ。私とソックリの、この人と…」


「あ……。 分かりました! 私、します!」


 環奈の表情がパッと明るくなり、逆に杏奈の表情が少し曇った。

 舞衣とソックリの人とイイコトが出来る…。

 それに、よくよく考えれば、舞衣と一緒に、舞衣と同じ体験が出来るのだ。

 これは環奈にとっては、不老よりも大きな役得かもしれない。


 もう一人の人魚が亡くなってから生殖をしたいとのこと。死亡待ちというのも変なモノだが、あと数日位の事らしい。その際に改めてリナの方から人界へ依頼に来るという。

 ただリナは、自らの行ったことある場所へしか異界の門を開けない。その為、慎也たちが帰る際に、一度、慎也たちの家へ連れて行って欲しいということであった。


 雨が上がり、陽光が指してくる…。

 まもなく夕方。天気は良くなりそうだ。月が出れば、帰ることが出来る。



 夜になって月の光で異界の門を開き、慎也たちは人界へ帰った。リナとナナミを伴って…。

 赤子を預けているため、到着場所は尾張賀茂神社だ。

 舞衣ソックリの人魚を見てビックリ仰天の梅と真奈美から赤子を引き取り、人魚二人も一緒に、車で帰宅。

 その後、リナたちは自分で異界の門を開いて妖界へと帰って行った。




 リナは、舞衣たちに、あえて出産のメリットの方しか口にしなかった。

 治癒能力まで持つこのヒトたちなら、大丈夫だろうと…。


 しかし、人魚の子の出産には多大な危険が伴うのだ。

 このことは、慎也と沙織は知らされていたはずだった。が、すっかり失念していた。というか、気にも留めていなかった。


 まあ、これは仕方ない。二年半前、勘治から古文書を渡された時は、河童の話がメインであった。

 ヒトの「処分」ということや、舞衣のアイドル引退事件とも関わっていたという衝撃もあり、動転していた。

 人魚の事などは、完全なオマケだったのだ。


 だがもしかすると、若さが保てるというのに沙織が托卵受け入れを断ったのは、無意識化でそのことが頭の片隅に残っていたからかもしれない。

 勘治の持ってきた古文書にはしっかり書かれていた。人魚の子は妊婦の腹を食い破って出て来ることもあると……。


 実際には、その確率は半々だ。通常の場合…。

 但し、今回、排卵の為の精液を提供するのは「龍の祝部」の慎也である。

 産まれてくる子は、どう考えても、元気いっぱいの子だ。

 となると……。


 当然のこととして、托卵された舞衣と環奈は、悲惨で最悪な体験をすることになってしまった。

 そして、何故か、これには杏奈も巻き込まれることになってしまう……。


 ……この出産話の詳細は、機会があれば、また何処かで……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る