河童騒動の後始末
第69話 河童の助吉、その後…
――人界の、河童の隠れ里――
我は、河童の助吉。
あれからずっと、我と二匹の妾との生活は続いていた。
二匹の妾というのは、渕に放り込まれてきた橋本と黒崎というヒトのメスだ。
普段はすることが無いので、我は二匹に、竹細工を教えてやった。
竹は、外の渕の周辺にたくさん生えている。切ってきて乾燥させ、割って細い
二匹はなかなか器用で、直ぐ上達した。
我は当初、女河童たちが来る前に二匹を喰うつもりでいた。
取り上げられてしまうくらいなら、我が喰ってやった方が良いだろうと…。
しかし、一緒に暮らしていて、喰うのが可哀想になってきた。
助けてやりたい…。
だが、それは、ここの掟を破ることになる。不要なモノとして投げ込まれてきたヒトは、喰うか連れ帰るかしなければならない。
我が外に出してやるのは、やはりマズイ。
でも…。こ奴らが、自ら逃げたのであれば……。
ここから逃げるには、水中の通路を百メートル程度無呼吸で泳ぎ切らなければならない。
我ら河童には造作もないことだが、普通のヒトには、難しいことだ。
だから、もしもバレたとしても、「よもや逃げるとは思わなかった」と言い訳が出来る……。
我は二匹に泳ぎを教えることにした。
隠れ里内の、外に繋がる水路前は広い池になっている。この池の底近くに、外界の渕に繋がる水路があるのだ。
この池で、我が教える通りに、二匹は真剣に泳ぎを練習した。
我の精を受けて来たこともあってか、ヒトとしては速く泳げるようになり、魚も自分で捕まえられるようになった。
女河童たちが来る一年前には、黒崎は百メートルを何とか無呼吸で泳げるようになった。ただ、ギリギリでは、途中で溺れ死ぬおそれもある。もう少しだ。
橋本は、あと少し足りない。これでは、確実溺れる。期限内に、間に合えば良いが、どうであろうか…。
我は、この里に居る間、人の世の情報収集に努めた。
そして、二年毎の報告で、御曹司に情報提供した。
御曹司は、最初の報告時の「書付」が大層お気に召したようで、我の情報を楽しみにしていてくれていた。毎度、熱心に聞いてくれる。
我の任期が終了する前には御曹司が次期
期待が持てそうだ。
女河童たちが来る日が近づいてきた。毎回のことだが、異界の門が開く前日には、向こうから通信が入ることになっている。
通信というのは、水晶の玉だ。これが赤く光り出すのだ。
赤く光っている玉を布でよーく擦ると、光が緑に変わる。これが「了解」の返答だ。向こう側にも玉があって同じ状態になるようで、それを確認して、翌日異界の門が開かれることになる。
だから、通信が入った日には、橋本と黒崎を逃がさなければならない。
……が。
予定の日を過ぎても通信が入らない。
橋本はギリギリ百メートルを泳げるようになったところでしかなく、時間的余裕が出来るのは有難いが、我は焦った。
待てど暮らせど、玉は赤く光らない。
予定より二十日過ぎても、まだ通信が入らないのだ。
何かトラブルがあったのか…。
しかし、こちらから、向こうへ通信する手段は無い……。
一カ月遅れで、やっと玉が光り出した。やれやれ一安心だ。
しかし、これで二匹とは別れなければならない。
八年もの間、一緒に暮らしてきた愛らしい奴らだ。無性に寂しいが、仕方ない…。
我は玉を緑色に変えさせ、返信する。
そして、橋本と黒崎に告げた。
「明日、ここへ女河童たちが来る。
奴らが来れば、其方らは喰われてしまうか、河童の里へ連行されるかのどちらかだ。
本来は其方らを逃がすことは許されない。だが、其方らは、我に良く尽くしてくれた。だから、逃げ方を教えてやる。
其方らが自力で逃げ出す分には、我が知らぬ間に起ったということにしてやる」
橋本と黒崎は、涙を流しながら、我の言葉を真剣に聞いている。
我は続ける。
「この池の向こう端の水中に、外へ繋がる通路がある。
但し、百メートル程の長さの水路だ。
この間、息継ぎは出来ない。よって、其方らに泳ぎを教えたのだ。
位置を確認してから、十分に息を吸って一気に泳ぎ抜けよ。
抜けられれば、其方らは自由の身だ。
但し、この里のことは決して他言してはならぬ。
ここが人に見つかれば、河童とヒトとの戦争になりかねぬ。
我らもだが、ヒトの方も、多大な被害を受けることになろう。
互いの為に、秘密にしなければならないのだ」
「わ、分かりました。ぜったい、内緒にします」
「あ、あの、だけど…。
私たち、こんなんで、これからどうやって暮らしてゆけば……」
黒崎の嘆きも無理はない。奴らは我の精を八年受け続け、体の色は人のモノではなくなっている。
緑色…。水掻きは無く、尖った歯でも無いが、パッと見た目、我ら河童と同じだ。
ちなみにヒトは、河童の頭に皿があって、背に甲羅があると思い込んでいるようだ。
甲羅は戦闘用の甲冑で、普段は付けない。そして、頭に皿など無い。たまたま見られた河童が、
黒崎の嘆き…。橋本も自らの手足を改めて確認し、同様に悲し気な目をしている。
我は以前、御曹司から聞いたことを思い出した。
「その体では、もうヒトと一緒に暮らせないということだな。
大丈夫だ。戻す方法を聞いたことがある」
「ほ、ホントですか!?」
「お願いします! 教えてください」
我に取りすがって、目を潤ませる可愛い二匹に、我は、その方法を教示してやった。
人魚様に
「に、人魚…。そんなの、見たこともありません…」
「聖巫女って、それも、居るんですか?」
人魚様の方は無理だろう。この二匹に可能だとすれば、ヒトの聖巫女の方だ。
聖巫女は、特殊な力を持つ存在とされる。それには、心当たりがある。
我は、入手していたヒトの世の雑誌というやつを二匹に与えた。
二匹は、それを見て、「舞衣だ、舞衣だ」と騒いでいた。
伊勢という聖地で奇跡を起こした女と書かれている。写真を見ると、容姿が人魚様にそっくりなのだ。聖巫女とは、この女で間違いなかろう。知っている者であるのなら、都合良いではないか。
「で、でも、舞衣の排出物って…。ナニ?」
「ヒトが出すものと言えば、糞しかないだろう」
「そ、そんな! そんな汚いモノ……」
「糞その物を喰おうとすれば、汚くも思えるかもしれぬが、ハラワタの中身と思えば、そうでもないぞ。ハラワタは、ほろ苦くて美味いモノだ。
河童が尻子玉を抜くというのを聞いたことが無いか?
実際に尻子玉なんて物は無いのだが、我らは、ヒトの尻からハラワタを抜いて喰うのだ。
それを、尻子玉を抜くと言う」
「ハ、ハラワタって……」
二匹は絶句した。が、元に戻るには、それしかないだろう。
我は『尻子玉の抜き方』も伝授してやることにした。
「難しく考えるな。尻に手を突っ込んで、中で手を広げ、爪でグリッと肛門内部のハラワタを切り破くのだ。ハラワタは軟らかいからな。其方らの手も、我と同じように固くなってきておるから容易く出来る。
そうしておいて更に手を奥へ少し入れ、切った先を
掴むところを間違えるなよ。必ず切り破いた先を掴め。それを引っ張れば、途中で
可哀想だなどと思ってゆっくりやると、かえって苦痛を与えることになって暴れ出す。
これは失敗の元だ。力を込めて、一気に引きずり出せ!
そうすれば、不思議なもので、抵抗するどころか、自分からワタを出しやすい姿勢を取ってくれて、尻の穴もパックリ開くのだ。尻を突き上げて、脚も程よく開き、まさに、『出してください』という体勢を取ってくれるのだから面白い。
こうなると、簡単に全てのワタを抜き出せる。血もそれ程は流れ出ないから、出し終わった体は綺麗なままだ。
後は、出したハラワタを分け合って喰えばよい」
「そ、そんなこと…」
「内臓を抜き出したら、舞衣が死んじゃうよ……」
「それは、当り前だ。ハラワタを抜かれたらヒトは死ぬ。
だが、一匹の犠牲で、其方らが元に戻れるのだぞ。
…まあ、別に殺さなくても、糞だけ喰うのに抵抗無ければ、ハラワタごと喰う必要も無い。糞を出させて喰うだけのこと。その辺りは、其方らで考えろ」
「は、はい……」
「さあ、では、行け。外は夕暮れの時間だ。今の内の方が、人目につかなくてよいぞ。
くれぐれも、この里のことは他言するなよ!」
「分かりました。お世話になりました」
「有難うございました。御恩は一生忘れません」
二匹は泳いでゆき、その後、何度か潜って、通路を確認した後、我に向かって再度頭を下げ、水底へ消えていった。
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