第67話 河童の襲撃4

 ついに、不死身の治太夫を討ち取った!


 舞衣は、血と脳味噌でベタベタになってしまった手を、死体と化した治太夫胴体の腰蓑で拭い、大急ぎで慎也に駆け寄った。

 恵美に覆いかぶさっているのを仰向けにして、自分の膝の上に乗せる。


 息が弱々しい…。

 脈も弱い…。


 慎也は、恵美の治療に全ての生気を使い果たしてしまった。

 命の火が、このままスーッと消えて行ってしまいそうな状態……。


 舞衣は慎也の口に、ガバッと唇を合わせた。

 舌をこじ入れる。

 彼女には、祥子のような、気を補充する力は無い…はず…。

 だが……。


 慎也を助けたい一心。

 これは、愛の力か…。


 「必要性」と、「強い願い」。


 強く、強く、願うことで、舞衣の新たな異能が湧出した。

 舞衣の口から慎也へ、生気が流れ込んだのだ。


「う、うう……」


 慎也が呻き声をあげて、ゆっくり目を開けた。


「大丈夫?」


 慎也の目に入ったのは、今にも泣きだしそうな舞衣の顔…。


「うん…。ま、舞衣さんが気を? いつの間にそんな力を……」


「分かんない。必死だったから!」


 舞衣は慎也を起こし、再び、強く唇を合わせて抱き締めた。

 慎也も舞衣の背中に手を回し、二人は口づけしたまま、しっかと抱き合った。


 沙織が大きな葉を両手で大事そうに持ちながら、駆けつけてくる。


「恵美!しっかりなさい!」


 恵美は、まだ意識が無い状態だ。

 手足は応急処置として慎也が繋いだが、完全に治ってはいない。内部の骨は、切れたまま。それに大量出血していて、心拍が弱々しく危険な状態だ。


「恵美!これを飲みなさい!薬よ」


 沙織は、大きな葉に受けたドロッとした粘液を飲ませようとする。早紀の聖液だ。


 …透視能力で、恵美も慎也もやられたことを見た美雪。それを早紀に伝えた。

 祥子も気を失ったまま杏奈と環奈の治療を受けている途中だ。鬼たちもやられている。杏奈と環奈だけでは治癒しきれない。薬が必要だ。

 早紀は羞恥を捨てて、木陰で頑張って自分で聖液を放出したのだった。


 しかし、沙織が飲ませようとしても、恵美は目も口も開けない。


「恵美!」


 沙織は、葉に溜まっているドロッとした粘液を、自分の口に流し込んだ。

 そして、口移しで恵美に含ませ、強制的に飲ませた。

 ゴクッと、恵美の喉を通ってゆく……。


 少しして……。


「う、うう……。 ま、マズい…」


 恵美は、ゆっくり目を開けた。


「す、すごい……。手足の痛みが軽くなった…。力が湧いて来る…。何飲ませたのよ」


 話が出来るということは、もう大丈夫…。しかし、沙織は返答に困った。

 恵美には、まだ早紀の聖液のことを話していない。

 ややこしくなるので、ここは胡麻化しておくことにする。


「これは、早紀さん特性の薬よ。詳しいことは、また後でね」


 沙織の微妙な笑顔に恵美は首を傾げるが、とりあえず今はそんなことを追求している状況ではない。一応、手足は繋がっているが、骨が断裂したままで動かせないのだ。

 美雪が、沙織と同じ木の葉を持って走ってきた。


「慎也さん!はい、飲んでください」


 早紀も木陰で必死に頑張っているらしい。恵美のが一回目、慎也に届けられたのが二回目のモノということだろう。

 舞衣が受け取り、慎也に飲ませる。


「うわ、生臭…。やっぱ、おいしいモノじゃないよね……。

 う、で、でも、すごい。力がみなぎって来る。これなら、骨も治せるよ!」


 慎也は這いずるようにして、隣の恵美の手と足を完治させた。ついでに、初回の攻撃で打ち付けて瘤になっていた恵美の後頭部も…。

 更にその後、自分の脚も治す。


 杏奈と環奈が二人一組で駆けずり回って、負傷しているテルたち鬼を治癒させてゆく。

 祥子もヨタヨタと出てきた。着物はズタズタになって、血で真っ赤に染まっている。が、傷はふさがっているようだ。


「ワラワが双子に助けてもらう日がこようとはのう。

 全く持って不甲斐ない限りじゃ」


 祥子は体中を切り刻まれ、墜落したショックで気を失っていたのだ。それを、杏奈と環奈が治癒させたということらしい。

 祥子も鬼たちの治療に加わった。




 慎也に手足を完治させてもらい、後頭部の痛みも無くなって、完全復活のはずの恵美。

 すぐ傍で自分を支えてくれている沙織の耳元に、小声でささやいた。

 …祥子を呼んでくれるようにと。

 それも、何故か、恥ずかしそうに……。


 首を傾げ乍らも、沙織は祥子を呼ぶ。

 鬼の治療に当たっていた祥子は、直ぐに浮遊して恵美の元に来た。

 恵美は祥子の耳元に、やはり小声でお願いする。


「ごめん、祥子さん。あ、あの……。

 手足は、今、慎也さんに治してもらったんだけどさ…。お…、お尻の穴が痛くて立てないの…。河童に手を突っ込まれたから……。治してもらえる?」


 見た目、損傷は無くても、腕をズブッと突っ込まれたのだ。ダメージ無いはずがない。

 そして、恵美としては、直ぐ近くに居る「愛しの旦那様」には、絶対依頼したくないことだった。


「なに? 恵美さん、どうしたの?」


 慎也がヒソヒソ話を気にして、その、コソコソしている当人の恵美に問う。


「い、いや……。慎也さんは、いいの~!!」


 慎也からプイッと顔を背ける恵美に、舞衣は声を出さず笑った。

 そして、慎也の両頬に左右から手を添え、クイッと恵美から視線を外させて、自分の方を向かせた。


「あなたは、こっち!」


 再々度、舞衣から唇を重ねる…。

 舌を入れ、濃厚な音を立てての熱烈キッス。そのままで右手を慎也の頬から外し、「今の内よ」と右手の仕草だけで恵美に合図した。


 恵美は、両手を合わせて舞衣を拝んだ。

 何も言わなくても察してくれる、有難い正妻様…。いや、もしかすると、例の異能で心を読まれたのか……。

 まあ、どちらでも良い。とにかく直ぐに四つん這いになって、尻をまくったナサケナイ恰好で、祥子の治療を受けたのだった……。

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