第66話 河童の襲撃3

 治太夫は、自分の周囲を警戒していた。

 どうやら瞬間移動できる奴が居るらしい。先ほどのヒトのオスも消えている…。

 多分、今そこでのた打ち回っているヒトのメスを見殺しにはしないだろう。必ず助けに来るはずだ。

 月明かりしか無い、暗い中…。どこから現れるか分からないので、周り中に気を配らなければならない。


 しかし、それ以上に…。

 治太夫は、猛烈に、猛烈に、腹をかせていた。


 …祥子の矢で、胸と首を貫かれた。

 恵美にも腹を刺され、心臓までえぐられた。危ういところで脳を貫かれそうにもなっている。

 傷はすぐに治ってしまうが、体を修復させるには莫大なエネルギーが必要で、急激に腹が空くのだ。


 今すぐそこに、美味そうな獲物が血まみれで、のたうち回っている…。

 若くて、引き締まった体をしたヒトのメス。脂の乗りは多過ぎず、少な過ぎず、ハラワタを喰うには最高級の超特上品だ。

 手の先が無くなり、足も損傷して藻掻いているから、逃げてゆくことも反撃してくることも無い。他からの襲撃に気を配らなくて良いのなら、直ぐにでも尻の穴に手を突っ込んでハラワタを引きずり出し、啜り喰いたい。

 生きたままの、若いヒトのメスのハラワタ…。死ぬと急速に味は低下してしまう。

 既にかなりの出血をしているから、間もなく死んでしまうだろう。勿体無いこと、この上ない。

 折角の超特級品だ。是非とも、美味いうちに味わいたい…。


 治太夫はキョロキョロ周りを見渡しながら、横歩きで恵美に近寄った。

 仰向け血みどろで藻掻いている恵美の袴紐を右手で掴み、自身の体を正対させず、片手だけでうつぶせにひっくり返した。

 恵美はもう、抵抗する力が無い。着けている鎖帷子が重くて思う様に動けない。尻を突き上げさせるような格好にされ、袴紐が解かれ、ずり下ろされる。

 肛門も陰部も丸見えの卑猥な恰好をさせられた。


 治太夫は、相変わらず、周りへの注意は怠らない。恵美に体を正対させず、腰を落とし、敵が現れれば対処できるように左手を構えキョロキョロ周りを見る。

 そして、右手の五本の指を揃え、ベロベロ舐めて唾液をつけた。


 横目で見る、月明かりに照らされた恵美の菊の花のような綺麗で可愛らしい尻の穴…。

 あの中には軟らかで温かな、特上物のハラワタが詰まっている。

 後は、この右手をズブッと突っ込めば……。

 腹の中の軟らかな腸をビリッと破いて掴み、一気にブリッと引きずり出せば……。

 さすれば、血の滴る最高に美味い臓物が喰える……。


 喰いたい!


 今すぐ喰いたい!!


 治太夫は、気が触れそうな程の激烈な空腹に耐えかね、右横の恵美に顔を向けた。

 卑猥な格好をさせられたまま、逃げようにも、すでに力が入らなくなっている恵美の肛門に狙いを定め、右手を鋭く突き出した!


 ズブッ!


「ぐふううう!」


 恥ずかしい排泄穴を侵されて、恵美が弱々しい苦痛の声を上げた。


 その瞬間だった!

 舞衣が突然、治太夫の前方間近に出現したのは。


 まさか、そんな所に現れるとは…。

 それに、ちょうど、顔を横に向けて、恵美の腹の中に手を挿し入れたところ……。


 慌てて治太夫は手を抜き出し、正面に向き直った。

 が、一旦、狭い肛門に突っ込んでしまった手を抜くのだ。僅かな事とはいえ手間取り、鎌鼬を出すのが遅れた。

 当然、準備万端で転送されて来た舞衣の方が、速い。舞衣は両手に握り締めていたモノを、治太夫の顔面に力一杯、投げつけた。


 それは武器でも何でもない。単なる砂…。


 しかし、至近距離で、いきなり投げつけられた。しかも、治太夫が鎌鼬を出そうとして目を見開いて正面に向き直った瞬間のことだった!


「ウギャー! 目が! 目が~!」


 治太夫は目をギュッと瞑って、両手で瞼の上を押さえた。

 眼球と瞼の間に入った砂がゴロゴロして、目が開けられない。

 いくら治癒能力があっても、中に入ってしまった砂が涙で洗い流されないことには、これは無理だ。

 さらに、目の痛みで激しく頭を振った為に、被っていたかぶとがゴロッと転げ落ちた。恵美の攻撃で、兜を止めていた顎紐が切れてしまっているのだ。自身の傷は治っても、切れた紐は当然そのまま……。


 舞衣はすぐさま、足元に転がっている恵美の刀を拾った。

 そして振りかぶり、バッティングするかのように、力いっぱい、横へ振るう。


「え~いっ!!」


 ザク!!


 治太夫の、両手首と首が飛んだ。


 頭を失った首の断面から、ビュッビュッと血が噴き出す。舞衣には見覚えのある光景…。仙界で、祝部候補が龍に喰われた時だ。

 あの時は呆然とそれを眺めるだけで、体が硬直して身動きも取れなかった。

 が、今は違う。


「慎也さん!来て! 恵美さんが死んじゃう!」


 舞衣は、大声で叫んだ。

 来てと言われても、慎也は脚の骨が完全に繋がっていなく、動けない。


「タケさん!お願い」


 声を掛けられたタケは頷いて、慎也を恵美の脇へ転送した。


 恵美は河童に強制された卑猥な恰好をしたまま、ぐったりしている。

 さっき腕を突っ込まれた肛門の方は、大きな損傷は無いようだ。しかし、手首の断面からの出血が酷い。もう猶予が無い状態だ。


 ではあるが……。

 慎也も、もう、殆ど力が残っていないのだ。


(このままでは…。恵美が死んでしまう……)


 慎也は、最後の力を振り絞った。

 恵美を仰向けに寝かせ、転がっている手首を拾って繋ぐ。

 骨が飛び出ている足首も…。


 ……慎也の力は、とうに限界を超えていた。

 限界を超えた治癒能力の行使は、自らの命を削る行為。自分の生命維持に必要な生気を消費してしまう……


 そのまま慎也は、ドサッと恵美に覆いかぶさるように倒れ込んだ。


「慎也さん!?」


 舞衣は倒れた慎也に目を剥いて、すぐさま駆け寄ろうとする。

 だが、それは許されなかった。

 許さなかったのは、遠く正面の方からの、沙織の叫ぶような声だ。


「舞衣さん! 河童が!河童が、生き返っちゃう!」


 舞衣はハッとして、首を無くして倒れ込んでいた治太夫の体を見た。


 白い靄がかかり、手首は既に繋がっている。

 切れた生首が転がってゆき、胴体と繋がってゆく。


「この~、バ・ケ・モ・ノ~!!」


 舞衣は、持っていた刀を上段に大きく振りかぶった。

 そして、思いっきり、まっすぐ治太夫の顔面に叩き込んだ!


 正に、スイカ割り状態……。

 首と繋がりかけていた治太夫の頭は、縦真っ二つに、かち割られた。

 勢いあまって刀は地面にめり込み、土中の石に当たってポッキリと折れてしまった。

 舞衣は折れた刀を投げ捨て、割れた治太夫の頭をゴリッとこじ開いて、中に手を突っ込んだ。


「これで~、どうだ~!!」


 両手で、脳をグチャグチャに握りつぶし、つかみ出してベチャッと投げ捨てる。


 白い靄は……。

 出てこない!


 ついに、不死身の治太夫を討ち取った!

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