第64話 河童の襲撃1

 神社の篝火かがりびは、消された。

 しかし、今宵は満月。月明かりがあるので、真っ暗では無い。

 果たして、動きはあるのか……。


 深夜二時頃…。

 宝珠で監視していたアマから、敵が動き出したとの連絡が入った。

 太鼓は音で気付かれるので、村中に襲撃を知らせに伝令が走った。


 恵美が千里眼で敵の陣容をさぐる。河童たちは、島のあちこちから同時上陸して侵入して来る。

 バラバラの場所から来られると、人手の足りない鬼側としては上陸阻止できない。恐らく、それが向こうの狙いだろう。自分たちの奇襲攻撃がバレていた場合を警戒しての…。

 神社を目指して来るであろうから、そこで迎え撃つしかない。


 一方、チートな御大将の治太夫は、他の河童の上陸から少し遅れて、港の正面から一人で堂々と上陸してきた。

 銀之丞の話によると、治太夫はボンボン育ちで体力的に強いタイプでは無いということだった。

 しかし、人魚の能力を手に入れて、金縛りも効かないし、自己修復能力がある。斬っても、斬っても、即座に治ってしまうのだ。その上、鎌鼬かまいたちを操り、遠隔攻撃をして来る。

 更に、だ。古めかしいかぶとをかぶって来ていた…。

 唯一の弱点である頭から首にかけて、防御されてしまっている。弓矢で頭を狙う計画を立てていたが、これでは、難しくなった。

 ある程度覚悟はしていたことだが、やはり、治太夫に主要な戦力を集中させなければならない。

 他の河童は金縛りで何とかなるし、動きはアマが宝珠で補足できる。

 よって、神社守備は、アマ・村長むらおさ・大婆と、トヨ・タミ・さとの夫のツチで対応することになった。


 治太夫に当たる正面防御隊は、まず、テル率いる鬼の弓部隊…と言っても総勢八人…が、最初に攻撃を加える。

 総司令官は恵美。千里眼の能力で治太夫の動きを探って指示を出し、それを舞衣が通信員としてテレパシーで他のメンバーに送る。

 万が一の治癒担当として慎也、そして、恵美の助手のタケが司令官補佐。


 別動の遊撃隊として、祥子が得意の弓矢での攻撃。それを、透視の美雪と遠隔聴力の早紀がアシスト。

 沙織もこちらの補佐に着き、杏奈環奈は遊撃隊の治療担当。

 この部隊は、万一、神社の方が危うくなった場合にも備え、前衛と神社の中間地点に陣取る。


 皆、草叢に隠れて指示を待った。



 治太夫は警戒する様子も無く、月明かりの中、堂々と道を通って歩いてくる。

 本来なら見通しの良い所の方が狙いやすくて弓矢は威力を発揮するが、弓矢で治太夫を倒すのは困難だ。頭を狙おうとしても兜が邪魔。

 倒せるのは、やはり恵美かテルだろう。恵美とテルが治太夫に近づけるようにサポートするのが弓隊の役割となった。

 だから、あえて見通しの良い所では攻撃しない。治太夫が神社鳥居を潜り、参道に入ったところで攻撃開始だ。


 テルの弓隊は、参道の、神社から見て右側木陰にバラバラになって隠れた。恵美以下は反対側に身を潜めた。

 予定の位置を治太夫が通過し、恵美の攻撃開始指示を舞衣がテレパシーでテルに送る。

 テルが弓隊に、合図の口笛を吹いた…。






 神社の方でも戦闘が開始されていた。

 境内周りの森の四方八方から、三十二河童が素早く拝殿方向に侵入を試みる。

 ほとんどの人員が治太夫に対峙しているため、こちらの防御はごく少人数。神子かんこと子供たちは拝殿に避難し、アマと大婆が宝珠で周りを警戒していた。

 トヨとタミは拝殿入口に待機。であるから、実際の防御は村長むらおさと、さとの夫のツチ二人だけだ。


 ツチは屈強そうな鬼で、見るからに強そうだ。しかし、村長は高齢。体格も良い方ではない。

 対して、宝珠で見せてもらった河童たちは、かなり屈強そうなのが揃っていた。これらが集団で攻めて来るのだ。こちらの戦闘員が二人なら、相手は十六倍ということになってしまう。

 高齢の村長を半人前勘案すれば、二十一倍以上になってしまう……。


 人員配置を決める際、慎也は、もう少し神社に人数を裂くように主張した。

 恵美や、他の慎也の妻たちもそれに賛同した。なにしろ、大事な娘と孫たちがいるのだから…。

 だが、心配されている当の村長はカラカラと笑った。全く問題無いと…。

 これに、テルや、アマまで同調する…。

 そうなると、鬼の村での事、従うしかなかった。

 が、結果は、やはり、村長の言うとおりだった。

 全く問題は無かった…。

 ツチが強かったのではない。凄かったのは村長なのだ。


 入口に控えたトヨとタミが、アマから敵の状況を聞いて外へ端的に伝える。

 すると、拝殿階下に坐っていた村長がスッと立ち上がり、瞬間移動の様に河童の前に移動、あっと言う間に金縛りにして、叩きのめしてしまう。

 八方から完全に一気同時攻撃されると村長も苦しかったかもしれないが、敵の攻撃には少しの時間差があった。

 闇夜でのことだし、普段から攻撃訓練をしている兵では無いから仕方なかろう。


 結果、余裕しゃくしゃく、村長一人で三十二河童、全敵を撃退した。

 半人前などとは、トンデモナイ。

 実は、とても強そうには見えないこの老鬼が、村最強だったのだ。


 これは、まあ当然の事…。

 鬼の社会は実力主義だ。一番能力の高いモノが選ばれ、次の村長候補の若長わかおさとなる。

 村長が亡くなると、若長が即座に村長に就任するが、それ以外にも、村長が自ら引退ということがあるのだ。力の限界を感ずれば…。

 つまり、若長が実力ナンバーワンなのではない。ナンバーワンはあくまで村長。外見で判断してはいけない。


 で、その外見上強そうに見えるツチは、村長が倒した敵を縛り上げるという地味な仕事に専念していたのであった。






 さて、あっと言う間の決着を見た神社の方の戦闘とは別に、大将を相手にしていた主力隊は苦戦していた。


 テルの合図で一斉に矢が放たれた。

 七本の矢がズブズブっと一気に治太夫に突き刺さる。腕に三本、腹に四本だ。

 治太夫は痛そうに顔をしかめるものの、そのまま悠然と歩いてくる。矢を抜こうともしない。

 矢の刺さっている所から白いもやの様なモノが噴出し、ポロッと抜けて傷が治ってゆく。実は矢には毒が塗ってあったのだが、その毒も全く効いていないようだ。


 テルも加わり、次々矢が射掛けられる…。

 頭は兜で跳ね返り、刺さらない。胸を貫かれると「ウッ」といって一瞬歩みを止めたが、その矢を手で抜き取ると、直ぐ傷がふさがる。


 弓隊が手にしているのは、狭い所でも扱いやすい半弓だ。木陰に隠れながら射ているが、それでも矢を放つ時には、どうしても姿をさらすことになってしまう。

 その瞬間にバシッと音を立てて弓が弾ける。治太夫の鎌鼬で弦が切られたのだ。


 また、バシッ!

 また、バシッ!

 だんだん、飛んで行く矢の数が少なくなる…。


 美雪と早紀から様子を聞き、これはマズイと祥子が隠れていた場所から浮遊した。

 治太夫の正面方向だが、鬼の弓部隊よりもずっと遠い位置だ。しかし、祥子の腕前なら、全く問題ない。手にしている大きな剛弓を引きしぼり、第一矢を放つ。

 矢はビュッと鋭く飛んで、治太夫の胸、心臓の位置をズブッと貫いた。


 一瞬、ビクビクッと大きく体を痙攣させた治太夫を見て、恵美とテルが左右の草叢から同時に飛び出した。

 テルは自己加速の能力を持つ。猛烈に速い!

 が、治太夫もバカでは無い。弓攻撃の合図の口笛で、そこに居るのが指揮官だろうと警戒していた。

 迫るテルの手足を同時切断すべく、鎌鼬を発動した。


「ウアアアーッ!!」


 テルは両手両脚から血を吹き、崩れ落ちた。

 治太夫も、テルの驚愕の速さに対応しきれなかったのか、四肢切断は出来なかった。が、それでも、かなりの傷だ。もう、まともに動けないだろう。


 テルが傷を負わされたのに一瞬遅れて、祥子の第二矢が治太夫の首正面をズブッと貫通する。


「グフッ!」


 衝撃で治太夫がビクッと体を震わせた次の瞬間、反対側から飛び出して来ていた恵美の刀が、治太夫の下横腹に突き刺さった。


「グアアアア~!!」


 大きく体を仰け反らせた治太夫……。


 恵美の刀はズブズブッと深く腹に入り込み、斜め下から治太夫の心臓を完全に貫いた。

 更にグリグリッと内部を深く大きくえぐり返して、恵美は刀をズッと引き抜いた。

 傷口から、真っ赤な鮮血が噴き出る!

 普通ならば、これは完全な致命傷だ。とどめを刺し終えた段階と言って良い。

 が…。


 治太夫は、やはり倒れない。

 口から血を垂らし、睨みつけながら、鎌鼬を恵美に向けて放った。

 恵美の着物がザクザクッと裂ける。

 裂けた着物の下に見えるのは、鎖帷子くさりかたびら…。

 一度手ひどくやられているのだ。当然対策済みだ。恵美は刀を構え直した。今度は首を突こうとしたが…。


「ひいっ!!」


 恵美は両足首を完全切断され、仰向けに倒れ込んだ。

 悪いことに丁度、そこには太い木の根が…。受け身を取り損ない、恵美は後頭部をしたたか木の根に打ち付け、そのまま気絶した。


 ――――

 恵美は、鎌鼬に対抗すべく、鎖帷子を着こみ、手にも金属入りの籠手こてをしていた。

 しかし、これらは、かなりの重量がある。つけ過ぎると重くて動きが鈍くなるのだ。だから、最小限の物しかつけていなかった。

 特に脚は、走るのが遅くなるのを恐れて、防御していなかった。

 そこを治太夫に狙われてしまったのだった……。

 ――――


 気を失って倒れている恵美の両足首断面からは、ドクドクと赤い血が流れ出ている。

 放っておけば、失血死してしまう。助けるべく、慎也が草叢から飛び出した。

 反対側の木陰からも、七人の鬼たちが刀を抜いて一斉に飛び出した。

 治太夫は首と胸に刺さった矢を抜きながら、最初に飛び出した慎也の両脚に向けて鎌鼬を放つ。

 ズバッと一瞬で左右の脚が脛で分断され、崩れ落ちる慎也。猛烈な痛みで、倒れ込んで動けなくなる。

 鬼たちも、次々鎌鼬で斬り裂かれ、月夜に血しぶきが舞い散る。

 一斉に攻撃を仕掛けたからか、身体硬化の異能を持っているのか、鬼たちで手足を切断されたりしているものはいない。しかし、それぞれかなりの傷で、これ以上反撃出来そうにない。


 この様子を見て、慌てて再度矢をつがえる祥子。その祥子の大弓がバシッとはじけた。鎌鼬で、弦を狙われたのだ。

 「のあっ」と驚いて弓を手から離した祥子の体が、何もない空間に生じた刃でザクザクッと切り刻まれる。

 こちらも、遠距離の為に切断されるまでには至らない。

 だが、それでも複数の大きな傷を同時に受けたのだ。血まみれになりながら体勢を崩し、祥子は落下した。

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