第62話 恵美の一時帰還


「恵美殿。今晩は一旦人界に帰られてはどうでしょうか? 美月ちゃんも心配でしょう。

 大婆様と私で監視していますので、とりあえず、こちらは大丈夫です」


 気を取り直したアマが、恵美に向かって提案した。


「そうね~。長期戦になりそうな雰囲気だからね~。そうさせてもらおっかな~。

 じゃあ、異界の門はあのままにしておくから~、動きがあったら、すぐ知らせてね~」


「了解です」


 鏡の効力が復活したので異界の門は一旦閉じても良いが、月が隠れると開けなくなる。そうなると、非常時に間に合わない。だから、取り敢えず門は開けたままにするということだ。

 軽く頭を下げて返事したアマに恵美はうなずいて、真っ先に門を潜った。

 慎也以下も続いた。




 恵美は人界に帰ってきた。

 着いた場所は尾張賀茂神社…。彼女の実家だ。


 約三年ぶり。懐かしい風景を見渡すと、ちょうど、ザクロの実る季節。神社境内には、あちこちにザクロの実がぶら下がっている。

 このザクロに、あんな秘密があったとは、思ってもみなかった…。


 その恵美に、一人の「少女」が駆け寄ってきた。

 美雪だ。


 美雪は、一旦、恵美の少し前で止まった。そして、ツカツカツカと三歩進み出て、右手を大きく振り上げた。


「あ~、待った!美雪ちゃん」


 恵美に続いて異界から帰ってきた慎也。

 慌てて走り寄り、振り上げられている美雪の手をギュッとつかんだ。


「嫌だ! 一発叩かせてください!

 そりゃあ、内縁関係で正式な妻じゃないかもしれません。

 でも、私、許せない! 私も同じ立場になったんだから!」


「え? 美雪ちゃん。今、何て言った~?」


「だから、私も同じになったんです!」


「つまり~、七号さん?」


「そうです!」


「お、おめでと~!」


 恵美は慎也が掴んでいる美雪の腕を奪い取り、ブンブン振った。


「あ、有難うございま……。じゃなくて!!

 なんで不倫なんかしたんですか!」


「アハハ! 不倫なんかしないわよ~。あの子は、慎也さんの子~!」


「へ?」


「もう~! 美雪ちゃんも、舞衣さんと一緒で手が早いんだから~!

 あやうく、ま~た引っ叩かれるとこでした~」


「え? 舞衣さん? また?」


「そ~う! もう、一発やられました~」


 異界の門から出て来た舞衣が、後ろで申し訳なさそうにする。


「美雪ちゃん。違うの。あの子、不倫の子じゃなくて、正真正銘、恵美さんと慎也さんの子だったの!三年がかりで産んだんだって…」


「え、えええええ~!! さ、三年掛かりで?!」


「全くもう、いやんなっちゃう~。な~んで私が、鬼と不倫しなきゃいけないのよ~!」


「ご、ごめんなさい!!」


 美雪は深々と頭を下げた。

 恵美は、近くで嬉しそうにしている早紀に目を移す。


「で~、早紀ちゃんも、一緒に八号さんになれたの~?」


「はい!」


 早紀は笑顔で大きく頷いた。


「う~ん、よかった、よかった~。ここなら、あ~んなの、平気だからね~」


「え? あんなの?」


 早紀が、キョトンとして首を傾げると…。


「うん、こんなのね~」


 恵美は、スッと早紀の股間を指差した。

 早紀は目を剥いて、思わず、両手でサッと股間を隠す。いや、別に、何も出してはいなかったが……。


 恵美は早紀の体の秘密を知っていたのだ。


「この千里眼の恵美さんに見えないモノは無いんで~す。

 慎也さんなら、こんな体のことなんか気にしないだろうから~、くよくよ悩んでるより、ここの妾になっちゃった方が、手っ取り早いでしょ~。

 だから~、美雪ちゃんと一緒に~って、勧めておいたのよ~」


 慎也が顔をしかめ、頭を掻いた。


「だったら、こっちにも先に教えておいてよ!」


「ダメよ~。それじゃあ、面白くないでしょうに~」


「面白いって…。あのね……」


 慎也は脱力した。まさに、恵美だ…。

 ガックリしている慎也を放置し、彼女はサッサと社務所内へ入って行ってしまう。全くもって、猫のように素早く気まぐれ…。


「美月~、美月はどこ~?」


 中から、我が子を探す恵美の声が聞こえてきた。

 ……が、またパシーンと鋭い音。

 そして、


「痛いわね!いきなり何するのよ~!」


と恵美の声…。


 恐らく、相手は真奈美だ。

 誤解を招く言動ばかりしているからこうなる。これも、自業自得だ。

 外の面々は、皆、互いに見合って苦笑した。





「ところで、月影村が物々しかったけど、何があったの?」


 社務所内…。

 事情を知った真奈美に平謝りされ、さらに可愛い我が子を抱いて機嫌を戻した恵美に、舞衣が村で疑問に思っていたことを口にした。


 恵美は張った乳房を美月の口に含ませながら、河童の事、人魚の事、尻子玉を抜かれたあいの事と、河童の襲撃に備えていることを話した。


「あ、あいがそんなひどい目に遭っていたなんて…。可哀想に」


 舞衣が青い顔で口を押える。そして、何故自分があいに引っ叩かれたか、よく理解した。

 そんな状況になったのを助けてくれた大恩人を、大事に思わないはずが無いのだ。


「河童に人魚か……」


「やっぱり、来ちゃいましたね……」


 慎也と沙織が渋い顔で頷き合った。

 この二人には、河童と人魚の存在は、勘治から知らされていたことだった。二年半ほど前の話だ。

 嫌な予感はしていたが、それが現実になってしまった。


「で、その敵に、勝てる見込みはあるのかの?」


 祥子が恵美に問う。


「それなのよね~。早く決着付けたいけど~、敵の御大将もチート過ぎるしね~。

 危険だから、こんなこと頼んじゃって良いのか分かんないんだけど、みんなの力、借りられないかな~なんて思ったりして……」


「そんなの勿論だよ。娘たちの幸せにも関わるんだから!」


 慎也が率先して言う。

 ただ、そうは言うが、ハッキリ言って慎也は直接の戦力にはならない。後方支援の衛生兵。治療担当にしか役に立てないのだ。

 だが、誰も異は唱えなかった。皆、同じ気持ち。向こうに娘が居ない美雪も早紀も…。

 どんなことでも、力になれるのなら手を貸したいという思いは変わらない。


「ねえ、そういうことなら、あの異界の門を開けたままにしておくってのも、どうかと思うんだけど…」


 舞衣の心配は、もっともである。

 万一、河童が人界に侵入するようなことがあれば、大問題だ。

 皆、この意見にも頷いた。


 異界の門は月光が無いと開けないし、閉められない。一旦閉めて、日中や、雲で月が隠れている時間に攻められたりすれば、助けに行くことも出来なくなる。

 月が出ている今のうちに向こうへ行き、閉めておいた方が安全だ。


 慎也たちは子供四人を真奈美に預け、即刻、月影村に戻ることにした。

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