第61話 異界の門

 恵美たちは、河童襲撃に備えていたのだが、その時がいつになるのかが分からない。

 昼間は、主に恵美が千里眼能力で監視。夜の監視は、大婆とアマが宝珠にて交代でする。だから恵美は、基本的に夜はフリーだ。篝火かがりびに照らされる神社境内で、これからの戦いに緊張しながらも綺麗な満月を眺めていた。


 月を見ると思い出すのは、三年掛かりで産んだ愛しい我が子、美月の事。

 一人だけで人界へ送ってしまってから、約一ヶ月…。心配で無いはずが無い。

 この事件に早くケリを付け、人界へ戻りたい。リナの手を借りれば、戻ることは可能なのだから…。

 そんなことを考えていた恵美の直ぐ前に、開けなくなって困っていた異界の門が出現したのだ。

 突如として!


 妖界側からは何もしていない。つまり、人界側からアプローチ。

 真っ先に白い光の門から出て来たのは、慎也だ。恵美に駆け寄り、両手で彼女の右手を握った。


「恵美さん!良かった。神鏡の秘密、分かったんだ。助けに来たよ」


 まさか、人界からの助けが来るなどとは思っても居なかった恵美だ。それも、こんな取り込み中に……。

 ただただ、もう驚くしかない。


「あ、あらあらあら~。 えーと……。

 もしかして、物凄~く無理させちゃったかな~?

 ごめんなさいね~。こっちでも、帰る方法が見つかって~、厄介ごとの蹴りが着いたら帰るつもりだったのよ~」


「な、何だよ、それ……。どんだけ俺が苦労した事か…」


「ご、ごめんなさい~。許して~」


 恵美はその垂れ気味のまなじりをさらに下げながら、ペロッと舌を出した。


 舞衣・祥子・沙織・杏奈・環奈も続いて出て来た。

 子供たちを放っておけないので美雪と早紀には残ってもらい、取り敢えず、この六人で恵美を連れ戻そうということで、やって来たのだった。

 異界の門が開いたと知って、神子=娘たちも館からワラワラ出て来る。そして、アマとテルも…。


 そんな中、舞衣はおもむろに歩みを進め、慎也を横へ押しのけて、恵美の目前に無言で立った。 


「うん? どうしたの舞衣さん」


 恵美は舞衣ソックリの人魚たちに会ってきたばかりなので、あまり久しぶりという感じがしない。が、実際は三年ぶりだ。

 握手しようとして手を出した恵美。

 ……だが。


 パシーン!!


 いきなり舞衣に、左頬を引っ叩かれた。

 それも、思いっ切り!


「家族だって言ったでしょう!

 不倫して子供作るってどういうこと!」


 再び、パシーンと鋭い音!


 だが今度は、叩かれたのは舞衣……。

 叩いたのは、今、舞衣にやられた恵美ではない。

 恵美が叩かれたのを見て目を剥いたあいが、駆け寄りざまに舞衣を引っ叩いたのだ。


「いきなり、恵美母様に何するのよ!」


「あなたこそ、実の親に手を上げたわね!」


「当り前よ!

 不倫ってなによ。恵美母様が不倫なんてするわけ無いでしょ!」


 呆然と突っ立っている当の恵美をそっちのけで、親子バトルのゴングが鳴ってしまった。

 そして、その言い争いは、まだ続く…。


「じゃあ、送られてきたあの子は誰の子よ!」


「恵美母様の子よ!」


「そうじゃなくて、父親は誰って聞いてんの!」


「だから、慎也父様に決まってるじゃない!」


 ………。


「へ?」


 慎也は素っ頓狂な声を出し、自分で自分のことを指さした。


「俺の子?」


「そうよ~。慎也さんの子よ~」


 と恵美…。いきなり食らわされたダメージに呆けていたが、やっと答えることが出来た。

 舞衣は、サッと慎也の方へ振り向く。目が吊り上がっている……。


「し、慎也さ~ん!

 あなた、やっぱり隠れて恵美さんと逢引きしていたのね~!」


 身に覚えの無い、怪しい方向に飛び火してきて、慎也は大困惑だ。


「ち、違う!そんなことしてない!冤罪だ!」


 今度は慎也にツカツカと歩み寄って、手を上げようとする舞衣。

 その舞衣をあいが追いかけて割って入り、再度、パシーンと頬を強く引っ叩いた。


「痛いでしょ!二回も親に手を上げるなんて!」


 引っ叩き合いになりそうになり、慌てて杏奈・環奈が舞衣を、恵美があいを引き留めた。


「いい加減にしろ! 舞衣さん!あいちゃん!

 まず、冷静に話をしよう!」


 慎也が声を荒げる。

 恵美が引っ叩かれて赤くなっている左頬をさすりながら、詳しい事情を説明した。

 辛い、辛~い思いをしながら、三年かがりで、やっと慎也の子を産んだということを……。


 慎也はジトッとした目で舞衣を見る。


「全く、舞衣さんは、手が早すぎ!

 美月さんの時もそうだったでしょ。ここは美月さんが眠っている場所だよ。反省しなさい!

 だいたい、心が読めるんだから、手を出す前に、その能力で確認しなさいよ!」


 慎也に叱責され、しゅんとする舞衣……。


「いいわよ、もう~。私の代わりにあいちゃんが倍返ししてくれたから~。

 でもまあ、あいちゃんも手が早いよね~。やっぱり、母親に似たのね~」


「う~!それって、全部私が悪いってことじゃない~!」


 恵美の言葉に、舞衣は頬を膨らませた。


「自業自得ってやつです~!」


 皆に笑われ、舞衣が顔を歪めて小さくなった。


「でもまあ、これで分かったよ。何で名前を美月にしたのか。

 美月さんが眠っているこの月影村で産まれたから…」


「まあね~。美月さんの生まれ変わりとして連れて帰りたくてね~」


 慎也の言葉に、恵美が笑顔で続けた。



「あ、あの……。横から口を挿んで申し訳ありませんが、慎也様たちは、どうやって異界の門を開いたのですか?」


 アマが遠慮がちに割り込んで尋ねた。

 村の鏡は三面とも効力を失ってしまっている。これをこのままにはしておけないのだ。アマとしては、是非とも知りたいことだ。


「あ、ああ、そうそう。あっちの世界にも、神鏡があったんだよ。

 それから、こっちの鏡が効力を無くした原因も、多分向こうと同じだと思うから、効力を復活させられるよ」


「ど、どうすれば良いのですか!」


 アマが慎也の腕をガッと掴んで迫った。


「痛いよ!そんなに興奮しなくても…」


 慌てて手を離したアマに笑いかけ、慎也はキョロキョロと辺りを見渡した。


「あ、やっぱり有った! あれ!」


 慎也が指さしたのは、大きな木に生っている立派なザクロの実。


「祥子さん、お願い」


「よしきた」


 「お願い」の内容は訊かなくても分かる。すぐさま祥子は念力でザクロの実を一つもいで、慎也の手元にスーッと移動させた。

 慎也は持ってきていた白い手ぬぐいにザクロの果肉を出して包む。


「アマさん。鏡を貸して」


「は、はい、暫しお待ちを」


 アマは拝殿へ走って行き、大婆の神鏡を持って来て、差し出した。大婆と村長も拝殿から出て来る。

 慎也はアマから神鏡を受け取り、ザクロの汁を出させて、鏡面を入念に磨いてゆく。

 タケが興味深そうに、それを覗き込んでいた。


「はい、どうぞ。アマさん、試してみて!」


 慎也から鏡を受け取り、アマは頷いて鏡をかざした。既に開いている異界の門に月光で格子を描く。すると、門はスーッと消えた。再度、今度は五芒星を描く。すぐに白い光の門が出現した。


「おおお~!す、凄いです。慎也様!

 どういうことですか、これは!」


 感嘆の声を上げるアマに、慎也は笑いかける。


「簡単な事だったんだよ。鏡は磨かないと曇ってしまう。曇った鏡では異界の門を開けないということ。磨いてなかったんじゃない?鏡…」


「そ、そんなことは無いと思いますが……。

 ただ、かつて神社備品は全てタケの父親が補修整備していたのですが、疫病で死んでしまいまして…。

 その後は混乱で、それどころでは無くなり、村が落ち着いてからも、跡を継いだタケは恵美殿に付きっきりで…」


「あ……」


 恵美は、アマに神社備品のメンテナンスもして欲しいと、何度も何度も訴えられていたのだ。しかし、村の発展の方が優先だと、恵美は、それを無視し続け、タケを独占してきていた……。


 鏡は勿論、何もせずに放置されてきたわけでは無い。大婆も村長むらおさも、大切な鏡としてきちんと保管し、時々磨いていた。

 特に大婆は女性だけあって、念入りに…。

 だから、最後まで効力を保っていたのは大婆の鏡だった。

 しかし、二人ともザクロを使うということは知らなかった。

 タケの父が亡くなってから八年も経つ。流石さすがにこれだけ経つと、布で磨くだけでは曇りが取れなくなってしまっていたのだ。


「め、恵美殿…。だから、何度も神社の方にもタケを回してくださいと言ったじゃないですか!」


 アマが口を尖らせる。


「ご、ごめ~ん。で、でもね~。タケ、あなた、鏡をザクロで磨く~って、知ってたの?」


「い、いえ、知りませんでした。ただ、この時期になると、親父は毎年ザクロの実を採って神社に行っていましたね」


「ほら、ほら~、知らなかったのよね~!

 ザクロの実を持って行っていた~ってヒントだけじゃ、鏡を磨くのに使う~って、分かんないじゃない~! ね!そうでしょ~!

 タケ!これからは、慎也さんがしたように~、ザクロで毎年鏡を磨いてね~!」


 鏡を管理しているのは大婆と村長むらおさだ。毎年二人は、この時期にタケの父親に鏡を預けて磨いてもらっていた。

 ザクロで磨いていたということは二人も知らなかったが、タケは父がザクロを用意していたことは知っていた。

 同じ時期の話だ。鋭いタケなら、父がザクロで何をしていたか、容易に気付いただろう。

 つまり、これはタケを独占していた恵美の責任なのだ。


 必死にごまかそうとしている恵美に、アマは白い目を向ける。

 大婆と村長も、後ろの方で苦笑いしていた。

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