第60話 狙われた月影村2

 人魚の住む神島は、鬼ヶ島よりもずっと広い。

 そして、リナの母親であるセーラの御殿は、かなり離れた辺鄙へんぴな所にあった。


 人魚が離れて住むのは、互いに干渉されたくないからだ。

 皆、自由気ままに過ごしている。

 親子の意識も希薄というか、ほぼ皆無。姉妹親子関係を大事にしているリナ・ナナミ・ナナセが人魚としては異常であり、特異な存在なのだ。

 なのに、夜中に押しかけての頼みごと。追い返される可能性も大であるが、一刻を争うことである。

 一行は街灯も無い夜道を月明かり頼りに急いだ。


 道は舗装されていない。そして見通し悪い夜の事。急いでも昼間の様には進めない。

 その上だ。人魚には長く陸上に上がっていられないという重大な弱点があった。

 殺されたナナセは自己努力で二時間上がっていることを可能にしていたが、普通は一時間くらいが限度だ。

 そこまで経過する前に、水に浸かって体を休める必要があった。

 途中のところどころに、その為の施設がもうけられているのだが、リナとナナミは、そこで休憩しながら行かなければならなかったのだ。



 二人の人魚が水に浸かっている時間に、恵美は千里眼で童島の様子を見ていた。

 さっき集められようとしていた軍勢は、順番に神島に渡って来て、警備についていた。

 この時点で恵美は、治太夫が兵を集めていたと思ったのは自分の勘違いだと気付いた。

 ならば、その治太夫は…。

 隣の集落、その隣と、恵美は順番に探してゆき、港と反対側、東北端の集落で治太夫を発見した。

 そこで治太夫は河童を集めさせていた。

 東北端ということは鬼ヶ島に一番近い場所ということになる。そこから真っ直ぐ東北方向へ泳いでゆけば、行き着くのは鬼ヶ島の月影村…。


 やはり、治太夫の狙いは月影村に間違いない…。


 それに……。

 治太夫の今の状況ならば、リナの御殿からすぐに討伐に向かっていれば、十分間に合った…。


 恵美は自分の判断ミスを大いに悔やむが、今更仕方ない。

 あとは、リナの母親セーラの力にすがる他は無い。



 恵美たち一行は、二度の休憩を入れ、結局、目的のセーラ御殿に到着するのに二時間半ほど掛かってしまった。


 時刻は、真夜中過ぎ。日付もうにかわって、草木も眠る丑三つ時近く……。


 再度恵美が千里眼で治太夫の様子を探ると、これから海に入らんとするところ…。数えてみると、総勢三十三人、いや、三十三河童。


 もう、間に合わない……。


 奴らが島を出る前に討ち取ることは叶わない。こうなれば、一刻も早く月影村に帰らなければならないということになる。

 これを恵美から聞き、向かう目的地が確定したところで、リナがセーラ御殿の宿直河童を起こした。セーラへの取り次ぎを頼み、ナナミと二人で御殿内に入って行った。


 一〇分程、恵美たちは、そのまま外で待たされた。

 戸が開き、ナナミが顔を出して手招きするので、入ってゆくと……。


「ふざけるのもいい加減にしなさいよ。何時だと思っているの!」


 金髪ロングヘアー、薄ピンクのネグリジェ姿の女性が立っている。そして、膝をついて頭を下げているリナを激しく叱責しっせきしていた。


 顔はリナたちと全く同じで、舞衣ソックリ。見た目では完全に年齢が分からないが、彼女がリナの母親でナナミの祖母であるセーラらしい。

 着ている物からして、既に就寝中だったようだ。

 まあ、当然である。起きているのが不自然な時間だ。


「誠に申し訳ありません。河童の一部が反乱を起こしまして、ナナセが殺されてしまったのです」


 金髪人魚セーラは、リナをにらみつけた。


「河童の監督は貴女の任務よ。貴女の職務怠慢です。自分で何とかなさい!

 何で私が眠い目をこすって尻ぬぐいしなければならないの!」


「申し訳ありません。ですが、どうしても母上のお力が必要なんです。

 あのヒトたちを、ここから遥か東北の鬼ヶ島まで送って頂きたいのです」


「冗談じゃない。何でこんな時間に、そんなところまで! 嫌よ。帰りなさい!」


「そこを何とか! 一刻を争うことなのです。遅れれば、取り返しのつかないことになります!」

「私からもお願いします!この人たちは、殺されかけた私を救ってくれた命の恩人です。この人たちの村の危機なのです!」


 リナとナナミが揃って土下座した。

 セーラは、キッと恵美たちをにらみつけた。


「ひいっ…」


 あいが小さく悲鳴を漏らして恵美の背後に隠れた。

 何しろ、人魚たちは彼女の実母である舞衣そっくりの顔なのだ。金髪コスプレした舞衣に睨まれているような気分だ。


 恵美も、あの「舞衣の睨み顔」は途轍とてつもなくオッカナイ。

 しかし、その前で土下座懇願している二人も舞衣そっくりの顔。

 珍妙な光景だ。


「…全くもって面倒くさい。

 仕方ありません。グダグダ話しているより、送ってしまった方が早く寝られそうです。

 今回だけですからね! 以後、このような無作法は、絶対許しませんよ」


「は、はい! 有難うございます」


 再度、リナとナナミが平伏した。

 恵美たちもそれに従い、しゃがんで頭を下げた。


「直ぐ済ませます。こっちへ来なさい」


 仏頂面のセーラの指示。

 これ以上機嫌を損ねないように、即座に従う。

 それにしても、こうも、舞衣と同じ顔が並ぶと気味が悪い事この上ない。顔自体は、超絶美人顔なのだが…。


 指示されるがまま、恵美・愛・タケは、彼女にシッカリ抱き着いた。

 この人魚の能力は自身の瞬間移動だった。そして、接触している他人も一緒に移動させられる。

 透けそうなネグリジェ姿の美女に抱き着くことになり、最初、タケは大いに動揺していたが、しっかりしがみ付いていないと安全は保障できないと言われて、慌てて従った形だ。


 銀之丞も、ナナセの敵討ちに加わるために一緒に行きたいと懇願したが、それは許されなかった。

 距離が遠すぎて、一度に連れて行けるのは三人が限度だったのだ。

 ただでさえ渋っているセーラに二往復してもらうことなど頼めない。リナからも、ナナセの葬儀をするから、それに参列するように言われ、銀之丞は諦めるしかなかった。


 月影村には、まさに一瞬の旅だった。

 あっと言う間も無く、到着。

 セーラはすぐに消えてしまった。戻って行ったのだろう。帰宅すれば即座に自分の御殿からリナ・ナナミ・銀之丞を叩き出し、ベッドに潜り込むに違いない。

 とんでもない時間に、安眠妨害してしまって誠に申し訳ない限り。「もう誰も邪魔しませんので、ゆっくりお休みください」と、恵美は西南向かって手を合わせた。

 いや、死んでいませんよ。念のため…。



 恵美たちは、到着した島の港から、居宅のある神社へ急いで向かう。

 あいが拝殿右の村長御殿の前で「ただいま」と声をかけると、真夜中過ぎにも関わらず直ぐに戸が勢いよく開き、テルが跳び出て来た。


「あ、あいさん!治ったんですね!良かった!」


 駆け寄ったテルに、あいはシッカリと抱き締められた。

 あいの後ろでは、テルに向かって恵美がブイサイン。タケは軽く頭を下げた。

 テルはあいをしっかり抱いたまま、そして、涙目で、恵美とタケに向かって頭を下げた。


「さあ、テルちゃん!愛しの妻とのイチャイチャ、アッハンは後にして!

 太鼓を鳴らして村人全員緊急招集よ。

 これから、河童が攻めてくる!迎え撃つわよ!」


「えっ! せ、攻めてくる?」


「そう! 急いで!」


「はい!」


 太鼓が打ち鳴らされ、村人が神社に集まった。

 恵美が経緯を説明する。

 攻めてくるのは三十三河童。篝火かがりびを焚き、皆、武器を持って警護に立った。


 一番の問題は、治太夫だ。

 セーラ屋敷へ向かう途中で聞いた銀之丞やリナ・ナナミからの話によると、奴には金縛りが利かない。

 おまけに鎌鼬を使うから迂闊うかつに近づけない。

 更には自己修復能力を持つ不死身の体だ。

 これは、いくら何でもチート過ぎる。


 弱点は頭。脳を潰せば復活できないという…。

 村にある有効な武器としては、遠くから攻撃できる弓矢だろうか。

 敵の陣形は、恵美の千里眼とアマの宝珠で把握可能だ。治太夫に弓隊が対峙できるようにすることにした。




 迎え撃つ月影村の方は準備を整え、いつ攻め込まれても応戦できる状態で待っていた。

 しかし、敵は、直ぐには攻め込んでこなかった。

 朝になり、日が昇り、午前の内に島近くまで到着していた。だが、島の近辺をぐるぐる集団で泳ぎ回っていた。

 そして昼過ぎに、鬼ヶ島から少し離れたところにある小島に上陸したのが確認された。

 これらを捕捉・確認したのは恵美。例の千里眼の力だ。


 河童軍は、島で体を休め、時をみて攻め込むつもりのようだ。アマと大婆が交代で宝珠を操って監視を続けた。


 夕方になっても、敵は動く気配が無い。

 大量の魚を捕って、皆美味そうに食い、寝そべっている。

 和気藹々あいあい、のんびりしたモノだ。とてもこれから攻め込もうとしているようには見えなかった。


 夜には篝火を焚き、警戒を続ける…。





 夜が明け、翌日。

 結局、昨日は、襲撃が無かった。

 敵は近くの小島。しかし、こちらから攻め込めば、海上では泳ぎの得意な河童に敵わないだろう。だから、れながらも待つしかない。

 警戒されていると悟り、疲れさせてから襲う計画かもしれない…。これは、長期戦の覚悟も必要かと思われた。

 幸い、宝珠の力と恵美の千里眼で、敵の動きは完全に捕捉できている。

 動きがあってからの対応でも間に合うので、夜間の神社篝火だけ絶やさないようにし、あとは普通に近い生活に切り替えることにした。

 元々、人手が足りない状態。それぞれの仕事を放っておく訳にもゆかないのだ。



 夜になった。明るい満月の晩だ。


 そんな時だった!

 恵美の前に、突如、異界の門が出現したのは……。

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