第16話 野村医療研究所1

 野村医療研究所…。

 ここでは、本日がアルバイト初日という美女二人が、忙しそうに準備をしていた。バイト初日と言っても、二人にとっては勝手知ったる場所なのだが…。


 この研究所は、平日は亜希子と徹の、夫婦二人のみしか居ない。

 土曜と日曜は、診療所として、一般診療の受け入れをしているが、この時は専門の看護師や医療スタッフが入る。

 他の曜日は研究業務の傍らに予約制での診療を受け付けているのだが、そのための常駐専門スタッフは居なかった。これは、秘密度の高い研究と治療が主となっているからである。

 この、平日業務の為のアルバイトとして、二人は入ったのだ。今日これから来るのは、その予約の患者だ。


 駆け回っているバイト二人は医大生。受付・案内をするという名目だが、実際は、もっと積極的に医療に関わることもする予定。もちろん、それに関しては、絶対秘密。

 そして、この二人、全く同じ顔の双子…。

 山本杏奈・環奈姉妹であった。



 あの、皆との別れの日。

 亜希子の車の中で、この二人と、姉の沙織が、今後を相談していた。

 帰ってすぐに、慎也のところへ戻して欲しいと懇願するつもりだった三人を、運転していた亜希子は、思い留まらせた。

 そんなことをすれば、彼女たちの母親は烈火の如く怒り出すに決まっている。五年前、三人が慎也と所へ行ってしまった時は大変であったのだ。

 亜希子は、彼女たちの母親の、実の妹だ。姉の性格は良く知っている。今以上に意固地いこじになられては、どうしようもない。とりあえずは、この五年の親不孝をびて、孝行のマネをした方が良いとの判断だ。


 杏奈・環奈に関しては、大学卒業後に亜希子の研究所へ入ることになっている。研究所は人手も足りないから、頃合いを見てバイトに来てもらうように亜希子から頼んでくれるという。

 そうすれば、研究所から慎也宅は距離的に近い。そして、慎也は、かなり頻繁ひんぱんに、研究所に顔を出す。(秘密の治療のために…)会う機会もあるだろう。


 この提案に、毎度のことながら沙織がむくれた。

 自分だけ仲間外れになってしまうと…。


 しかし、三人とも戻れないよりは、とりあえず二人でも関係を継続できる方が良い。それをきっかけに、沙織もという可能性も無くはないのだ。

 双子は嬉々として、沙織は不満ながら仕方なく、了承した。


 バイトの話は、それ程期間を置かず、実現することになった。徹が山本姉妹の母親に頼んでくれたのだ。

 卒業後に就職する所。そこが人手不足で困っている。妹の亜希子から頼まれれば駄々をこねるということも出来ようが、その旦那から頼まれると、二人の意固地な母も断りにくかった。


 今日は、杏奈と環奈にとって、そのバイトの初日だったのだ。

 診療予約時間は、午後五時。ちょっと遅めの時間。これも大学の授業を終えてから来ることが出来て好都合だった。

 それに、患者は特殊妊娠の患者とのこと。つまり、この場合、産ませるのは慎也だ。この後の展開の期待も高まる。


 二人は診察台の準備等を済ませ、患者を待っていた。

 窓から見ていると、駐車場に車が二台、続けて入ってくる。その最初に入ってきた車を見て、二人は息をのんだ。


「嘘…」

「あの車って…」


 それは、間違いなく慎也の車。降りてきたのは慎也。それに舞衣もいる!


 二人はガシッと手を取り合い、キラキラした目をして、うなずき合った。

 患者が来たら、受付と案内を頼まれていたが、二人は、亜希子のところへ直行!


「亜希子さん!舞衣様と慎也さんです!」

「私たち、驚かせたいから、隠れますね! 居ること、内緒ですよ!」


「ちょ、ちょっと、杏奈さん、環奈さん!受付どうするのよう!」


 二人は構わず隠れてしまう。

 立場上、亜希子は、ここの所長で一番のトップだ。しかし、バイトとは言え、杏奈・環奈には色々な意味で頭が上がらない。徹は、所用で出ている。

 仕方なく、頭をきながら入り口の方へ向かった。


 入口に着くと、丁度、慎也たちが入ってきたところ。亜希子から声を掛ける。


「どうしたんですか、皆さん? これから予約の患者さんが、あるんですけど…」


「いや、その患者さんをお連れしました」


 慎也が答え、舞衣がスミレを中へ呼び込んだ。


「え? 予約の山上やまがみスミレさん……じゃなくて、遠藤スミレちゃん?!」


「? 山上スミレ?」


 一緒に入ってきた早紀が、父親を見る。


「い、いや、実は、もう入籍を済ませていて…」


「なによ。了承も何もあったもんじゃない。私は、まだ『男女の行為』どころか、キスもしてもらってませんからね!」


「う、スマン、弁解の余地ありません…」


「ゴメンナサイ…」


 スミレも早紀に謝る。


「い~わよ、い~わよ。スミレちゃんは謝らないで! こういうことは男が責任持つものです!」


「はいはい、キリがないから、もう御仕舞おしまい。診察、診察!」


 先に進めないので、舞衣が会話を断ち切った。

 訳が分からないという顔の亜希子の背を押して、診察室へ皆で入っていった。


 ここは先輩に任せなさいとばかりに、舞衣がスミレの体について説明。ついでに、早紀の父親との関係も。そして、早紀も同じ体だということも。


 取り敢えずは、予約のスミレの方から診察することになった。だけれども、彼女は妊娠している。エックス線で体の構造を調べるわけにゆかない。

 外から見る限りでは、ハッキリ言って分からない。亜希子も初めて見るものだ。おまけに、亜希子は元々、産科の医師でも、婦人科の医師でもない。


「う~ん。分からないな~。単に陰核が肥大したってことでも無いみたい。尿道口が有るべき所に無いのよね、おしっこは、この先から出るのか…。とすると、男性の陰茎と同じよね。でも、睾丸は見当たらないわね。

 恵美さんがいてくれれば、内部を透視できるんでしょうけどね…」


 亜希子のボヤキのような発言に、慎也・舞衣・早紀・祥子の視線が美雪に集まった。


「え、なんですか。嘘でしょう? 嫌ですよ。人の体の中を見るなんて!

 それに、私が見たって、分かんないんだから!」


 皆のあやしい視線を浴び、狼狽うろたえる美雪…。


「え、なに? 美雪さん、恵美さんみたいに透視できるの? じゃあ、お願い!

 大丈夫。解剖図持ってくるから、どこがどう違うか、教えてくれれば良い!」


 亜希子は、すぐに衝立ついたて近くの棚へ解剖図を取りに行った。


 その衝立陰には、あの二人、杏奈・環奈が隠れていた。二人はそのまま隠れながら、近くに来た亜希子に対して、「シー」のポーズをしている。


 亜希子は顔を向けずに視線だけでそれを確認し、解剖図を取って戻った。心の中で「ヤレヤレ…」とつぶやきながら…。

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