第15話 結婚許可2


「私と同じ体……」


 早紀が、小さな声でつぶやいた。

 裸に服を羽織っただけで坐っているスミレが話し出す。


「そうです。総司さんは、おそわれてこの体の写真を撮られてしまった私を助けてくれました。

 画像データが出回らないように知り合いの探偵さんに依頼して、手を打ってくれました。その後、美月さんの死を聞いてショックで引きこもり状態になってしまった私に、根気よく付き合ってくれました。

 総司さんが居なかったら、私はとっくに死を選んでいました。

 体の関係は、私から求めたのです。二年前のことです。総司さんは三年もの間、同じ部屋にいながら、自分からは絶対手を出さなかった…。

 私が悪いんです!総司さんは悪くありません。

 ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!……」


 スミレは、涙を流して泣き出した。「ゴメンナサイ」と何度も繰り返しながら…。


 早紀は、机に顔を伏せた。

 が、すぐに、ガバッと顔を起こした。


「あ~! もうやめてよ! 私がいじめてるみたいじゃない!

 事情は分かりました。結婚でも、何でもしてください!」


「さ、早紀、じゃあ、許してくれるんだね」


 総司は体を前に乗り出すようにして、自分の娘に確認した。


「バカね。許すも許さないもないでしょ。もう妊娠させておいて!

 でも、あの体でも妊娠できるんだ…。じゃあ、私も、大丈夫なのかな……」


 早紀は半眼で父親をにらながら言い放ち、最後は独り言のようにつぶやいた。


「そうだよ、早紀。お前もきっと大丈夫だよ。

 それに、この近くに、こういう特殊な妊娠の専門医がいるって、紹介されたんだ。この後、そこへ診察してもらいに行くことになっているんだよ。スミレちゃんが大丈夫なら、お前にも十分可能性があるんだよ!

 ……ところで、お前の方の結婚相手というのは?」


 総司の畳み掛けと、最後の一言に、早紀はハッとした。父の相手に驚くあまり、自分の方のことを、すっかり、全く、綺麗さっぱり、完全に、忘れていたのだ。


「あ、あ~、え~と……。

 それに関してなんですけど~。自分と同年の母親が出来ることに、私は承諾したわけでありまして~、こっちの方も無条件で認めて欲しいかな~なんて、思うんですけど~。

 如何いかがなものでありましょうか……」


 急に、早紀の歯切れが悪くなった。


「いや、だから、その相手というのは……」


 早紀に似合わず、少しモジモジするが…、


「この人!」


 早紀は、隣の慎也の肩に手をポンと置いた。

 それを受けて、慎也が上座二人に頭を下げた。


「御挨拶が遅れました。川村慎也と申します。奈来早神社の宮司をしています」


「「えっ!」」


 上座二人が同時に声を上げた。

 スミレは、見開いた目で慎也の隣に坐っている舞衣に視線を送る。


「え~と、私の旦那です…」


 舞衣の一言。スミレと総司は返す言葉も無く、固まっている。

 早紀が斜め後ろに居る祥子に右手をかざす。


「こちらが、第二夫人の祥子さん」


「よろしゅう」


 祥子が頭を下げる。


「で、第三夫人は武者修行中。第四夫人から第六夫人までは、家庭の事情で、しばらく留守です。

 あと、こちらの隣が私の親友で、今回一緒にお世話になることになりました美雪。第七夫人です。ですから、私は第八夫人になります」


 早紀の言った第三夫人の「武者修行中」というのは、鬼の里へ行っているなどと公言出来ない為、とりあえずかれたら、そう言うように恵美に指示されていたことだ。しかし、そんなことは、総司にとってはどうでも良い。それよりも、娘が妾になりたいと宣言したのだ。

 それも、第八夫人…。


「さ、早紀~。いくらなんでも、それは無いだろう……」


 総司は、机に崩れ落ちるよう顔を伏せた。


「何よう。駄目って言うなら、こっちも同年の母親なんて、認めませんからね!

 さっきの承諾は、撤回します!」


「そ、そんな…」


 顔を上げ、絶句する総司。


「ま、舞衣さん…」


 再び困り顔になって、舞衣に助けを求めるような声を出すスミレ…。

 しかし舞衣も、どう釈明したものか困窮する。こういう時に、恵美や沙織が居ないのは痛い…。だが、居ない者は、居ないのだ。仕方なく、いつもの決まり文句を口にする。


「え~とですね…。もちろん、世間一般に認められる関係ではありません。

 正妻は私のみ。他の子は、皆、内縁関係になります。

 でも、決して粗末に扱うようなことはしません。

 主人は、私も含めて平等に扱ってくれます」


 慎也も続ける。


「必ず、早紀さんを幸せにします。

 とんでもないことをお願いしている自覚はあります。ですが、お許しください」


「慎也さん…、でしたね。娘の体のことも御存じの上でなんですね」


「もちろんです」


「それでも、受け入れてくださると…」


「はい。必ず、幸せにします」


「早紀も、本当に良いんだね」


「はい。ここ以外に、私の幸せはありません!」


「分かった。お前が、それを幸せだと思うのなら、それでいいんだ。幸せなんて、人それぞれだからね。特にお前の場合は、こういう関係も合っているかもしれない。分かったよ。了解だ」


「じゃあ、お互いに、お互いの結婚を了承し合うということで、取引成立ね!」


「おいおい、そういう言い方すると、何か、腹黒いぞ…」


 ニヤッと笑った早紀に、総司も笑みを返した。どうなることかと思ってはいたが、美雪同様に上手うまく収まったようだ。

 皆、笑顔(苦笑?)になった。



「ところで、一つ疑問に思うたのじゃが…」


 スミレが服を着直したのを見計らい、祥子が口を挿んだ。


「特殊な妊娠の専門医というのは、もしかして…」


「はい、住所は岐阜市ですが、距離的には、ここから近くみたいですね。野村医療研究所というところです」


「あ……」


 下座五人が脱力した。亜希子の研究所のことだ。


「え? どうしたんですか?」


 スミレの問いに、舞衣が答える。


「そこ、身内です。つくづく、腐れ縁のようね、スミレちゃん…」


 特殊な妊娠の専門医…。正確には、分娩の専門医…。いや、亜希子も徹も、産科の専門ではない。それをしているのは、慎也なのだ。

 慎也の能力、手をかざして念じるだけで、痛みも無くあっという間に産ませてしまう力…。難産の恐れがある妊婦が来るたびに、慎也が呼ばれて産ませていたのだ。つまり、慎也のアルバイト…。

 だが、慎也に医療の資格はない。よって、亜希子が担当して産ませたことになっている。それが評判を呼んでいたのだった。

 まあ、資格も何も、慎也は手をかざしているだけ。その後の出産処置は全て亜希子がしているのであるから、これに関しては、何も問題は無い。


 ついでに…。外科手術でも、亜希子は有名になっていた。大怪我けがの重症患者も傷跡一つ残さず治療してしまう、奇跡の医者と…。


 これも、勿論もちろん、慎也の仕業。ただ、こちらは、あまり大ごとになっては困るので、出来る限りひかえるように頼んでいる。

 それに、慎也の能力は万能ではない。治癒の力は、怪我・骨折限定の力なのだ。ウイルス・細菌が原因の病気は治療できない。がんの治療も不可能だと判明した。進行を止める、もしくは遅らせるということは出来るが、癌を消滅させることは出来なかった。

 もっとも、癌に関しては、患部を切除してその後の傷を治癒させるという方法がある。初期の癌に関しては、この力で治すことは可能だった。


 遅ればせながらお茶も出してしばらく歓談した後、予約の時間が近づいているということで、総司とスミレは、亜希子の研究所に向かうことになった。

 そして、皆も、これに同行することにした。


 同類の体の二人なのだ。早紀の診察も一緒にしてもらえば手間が省ける。

 また、スミレも、舞衣たちが来てくれた方が心強い。


 実際に産ませるのは慎也だということは、総司とスミレには、まだ話していない。が、その前に、やはり特殊な体なのだ。一応、スミレも診察してもらっておいた方が、良いに決まっている。

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