第7話 美雪、決断する。2


「宮司さん! 美雪と私、一緒に妾にしてください! お願いします!」


 慎也は早紀の仰天発言にっていたが、急に自分に振られて、さらにあわてる。


「い、いや、そんなこと言われても…。俺に、そんな権限無い…」


「男が、なんて情けない事を言ってるんですか! 権限云々の話は別です。美雪のこと、嫌いですか?」


「い、いや、そんなこと無い!」


 美雪は、誰より早くから、慎也に対して気さくに話しかけてきてくれた唯一の女の子。嫌いなはずがない。


「こんな、小学生みたいな童顔で、ペチャパイ・貧乳ひんにゅうたいらの完全幼児体型じゃ、妾にできませんか?」


 どさくさにまぎれた自分へのひど過ぎる中傷に、美雪の表情がゆがむ…。


「いやいや! そんなの全く、全然、気にしてないし、逆に、とっても可愛らしいと思うよ!」


 美雪が一番気にしていることだ。本人の前で言っちゃダメだろうと、慎也は慌てまくった。


「じゃあ、反対に、私のような高身長の、可愛げの欠片かけらもない大女はダメですか?」


 今度は、慎也の隣に坐っている祥子が顔をしかめた。彼女は早紀以上に、背が高いのだ。

 祥子の前で、背の高い女は嫌いだなどと言えるはずもない。それに、そもそも慎也は、身長のことなど気にしてもいない。


「滅相も無い。早紀ちゃんも、十分過ぎるほど綺麗で女っぽいし、二人とも、物凄く魅力的な女性だよ」


「じゃあ、美雪も、私も、妾にしても良いと思ってるんですね」


「は、はい」


 早紀の勢いに押されて、慎也はうなずいてしまった。

 いや、もちろん心から二人とも女性として魅力的だと思っているし、嫌々でも何でもないし、妾云々は別として既に身内と思っているし……。


 だけども、これは、慎也の一存だけで決められることで無いのだ。

 が、当然、早紀も、そんなことは百も承知である。早紀は、体の向きを舞衣の方にクイッと変えた。


「じゃあ、舞衣さん!」


「は、はい!」


 舞衣も急に振られてビクッとし、早紀の方へ体を向けて坐り直す。


「先ほど横に置いた、『権限』の話です。権限を持っているのは、正妻の舞衣さんです。美雪と私が、宮司さんの妾になることを、許可してください!」


 舞衣は困惑顔で慎也を見る。慎也も同じ顔をしている。

 早紀を再度見直すと、真剣な目で舞衣をジッと見ている。

 舞衣は目を瞑って返答を考えた。

 五秒ほど、そのまま…。


 そして目を開け、美雪と早紀の方を見て、ニコッと笑って一言。


「許可します!」


 舞衣の明瞭簡潔な了承の言葉を受け、早紀は視線を祥子に流す。

 祥子も、二度続けてうなずいた。自分も異存は無いという意思表示だ。


 慎也は、唖然あぜん…。

 美雪は目を見開き、先程からと同じで、口をパクパクさせている。

 が、早紀の話は、まだ終わらない。


「では、最後の確認です。私は自分で妾になりたいと言いました。

 美雪! あなたはどうなの! 自分の口で言いなさい!」


「へ…。わ、わ、わ、私……」


 言葉に詰まる。顔は、もう「真っ赤っ赤」だ。…が、

 ……。


「私も、妾にしてください!!」


 ついに、美雪は言ってしまった。前から言いたかったことを…。


 い、いや。少し違う…。美雪は、もし自分から告白することがあれば、「私をもらってください」と言いたかったのだ。

 結果的に妾になるということに変わりはないが、「妾」という言葉には多少の抵抗感があった。それなのに、早紀が妾、妾というものだから、ついつい、自分も「妾」と言ってしまった。それが恥ずかしくて、顔を上げられない…。


 しかし、早紀は、そんな美雪の些細な後悔など知る由も無く、気にもしない。


「よし、みんなクリアー。私たち、妾決定!」


 美雪の両肩を、ぽんと笑顔で叩く早紀…。

 …が、うつむいていた美雪は…。ガバッと顔を上げた。


「いや、いや、いや。クリアーじゃないでしょ!私、まだ家族の同意、もらってない!」


 そうなのである。これが一番の難題なのだ。

 何しろ美雪は総代の孫だ。その総代は、この地元有数の実力者で、機嫌を損ねることが出来ない存在。その人に「孫を妾にくれ」などと、慎也には、とても口に出来ない…。

 そして、である。

 この「実力者」は、いつも、絶秒のタイミングで現れるのだ…。


「宮司さん、おるかえ~」


 まさに、ドンピシャ。ジャストタイミング!

 そして、美雪と慎也にとっては、最悪のタイミング!

 早紀は即座に社務所入り口に駆け、田中総代を部屋に引っ張り上げた。

 慎也と美雪は、完全に、「ムンクの叫び」状態となった。 


「何じゃあ、早紀ちゃん。あれ、皆さん、どうした。こんなところに勢ぞろいして坐り込んで……」


 …田中は、昨日からの美雪の様子が気になって、神社に来たのだった。

 昨日、美雪は法事を先に抜け出し、その後、ずぶ濡れになって帰ってきた。何があったのかと聞いても答えず、そのまま寝てしまった。朝も超不機嫌で、何も言わず神社に行ってしまった…。これでは、心配しない方がオカシイ…。

 田中の登場は、当然と言えば当然のことでもあり、美雪にとっては自業自得である。


 早紀は、田中を美雪の正面に坐らせた。そして、自分は美雪の隣に坐りなおした。


「田中さん! 美雪と私、宮司さんの妾になりたいんです。今、宮司さんと舞衣さんの承諾をもらいました。ですので…。お願いします!」


 お願いしますと言われても、何を?ということになってしまう。

 真っ赤な顔をしている孫の顔を、ほうけたように眺めていた田中…。急に坐ったまま、回れ右。慎也の方を向き、慎也のすぐ前にスッとすり寄った。


 田中の手が上がる。

 慎也は、殴られるのかと思った。

 が……。違った…。

 慎也の右手を、田中は両手で握った。

 満面の笑みで、握った慎也の手を振る…。


「宮司さんよう。やっとかえ。遅いわ~。孫は昔からあんたのことが好きやったんやわ。舞衣さんと結婚すると聞いた時は失恋やな~と思うたが、妾が何人もいて、これなら、まだいけるかな~と期待しとったんやわ。

 神社のバイトもして、いつこんな話が有るかと思っとってから五年。待たせ過ぎやわ~。わしゃ、もう八十一やで~。生きとる間には、無理かと思うとった」


「へ? じゃ、じゃあ、お許し頂けるんで? あ、あの…。妾ですよ」


「何を今更言っとるんや。あんたのとこなら妾言うても、平等に扱ってもらえるし、大事にしてまえるに違いない。それになんといっても、伊勢で奇跡を起こした人んら~や。逆に鼻高々やわ!」


「じゃあ、お爺ちゃんは賛成してくれるのね。や、やった…」


 美雪の強張こわばっていた顔から、力が抜けた。全くもって、今日の美雪は百面相だ。


「あとは、父さんと母さんか……」


 一拍おき、また少し不安げな美雪のつぶやきがこぼれた。

 しかし、それも、この頼もしい老人によってアッと言う間に打ち消される。


「大丈夫やで~。もう儂から、散々吹き込んどる。最初はトンデモナイ言うとったが、お前さんも神社の様子を楽しそうに話すもんやで、まもるもその気になってきたようや。洋子さんも、そうなれば仕方ない言うとったぞ」


 まもるというのは、美雪の父親。そして、洋子が母親だ。こちらも、既に田中の根回し済みだったのだ。

 理解のある祖父兼総代で、誠に有り難い限り。全ての課題が一挙にクリアーしてしまった…。


 だが、そうは言っても、やはりケジメというモノがある。キチンとしておかないと、沙織たちの所のように、後々こじれては困る。

 田中が美雪の父母に都合を聞いてきてくれて、次の土曜日に、美雪宅で両親に直接会って許しをうことになった。


 美雪の方は、恐らくこれで、全て上手くゆくだろう。こうなってくると、早紀の方の家族は大丈夫なのかという話になってくる。

 早紀の母親は事故で亡くなっている。父親は仕事の関係で東京に行ったまま、ほとんど帰ってこない。そして、他に身内は居ない。だから、父親の了承さえあればよいということだ。


 早紀いわく、「ホッタラカシで全く帰ってこないような父親だから、娘がどうなろうとも、気にするはずがない」とのこと。

 そうはいっても、やはり、承諾も得ずにというわけに行かない。

 早紀にも、父親に連絡してもらうということになった。

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