第8話 早紀の隠し事

 その晩、アパートの部屋で、早紀はスマートフォンとにらめっこしていた。


 皆には、父は「ホッタラカシで全く帰ってこない」と言った。が、実はそうでもないのだ。

 二~三ヶ月に一回は必ず顔を出す。ただ、泊まっては行かないだけ。すぐに東京へ戻って行ってしまうのだ。きっと、忙しいのだろう。


 父が、早紀のことを気にしていてくれるのも分かっていた。

 電話も、よくかってくる。いつも向こうから架かってくるので、早紀の方から電話したことはほとんどない。

 それに、学費も、十分過ぎるほどの生活費も、全て出してもらっている。

 お蔭で何不自由しないし、草花や鳥の写真を撮るための、かなり高価なカメラも、ポンと買ってもらった。

 父親の方は、けっこうカツカツの生活をしているみたいなのに……。


 そして何しろ、早紀にとって唯一の肉親だ。父にとっても、早紀は唯一の娘。

 その父親に、「妾になる」とは、やはり言い出しにくかった…。


 電話しなければいけない。慎也に、父親と連絡を取るように言われたのだ。それは、分かっているのだが、「今日は」やめておこうと早紀はベッドに横になった。

 これでは、まさに、「早紀の先送りだ」などと、くだらないこと考えながら。


 それに……。

 父親への連絡。だが本当は、早紀には、その前にしなければならないことがあった。

 彼女は、重大な秘密を抱えていた…。

 早紀の母は事故で死んだことになっている。父は、そう言っている。だけれども、本当は違うということを早紀は知っていた。

 …自殺なのだ。


 そして、その自殺の原因は、早紀にあった。

 早紀の「体の秘密」に…。

 実の母が気に病んで自殺してしまうような重大な秘密を、早紀はまだ、慎也たちに隠していた。


 打ち明けなければならない話。だが、これを話したら、果たして自分は受け入れてもらえるだろうか…。

 黙っていても、必ずバレること。話さないわけにゆかない。

 が、もし話して、受け入れてもらえなかったら、自分はどうすれば良いのか…。

 自分は、どうなってしまうのか…


 彼女は、迷い、悩んでいた…。




 早紀は、大学では普通にしていた。いや、普通にしていたつもりである。

 だが、勘の鋭い美雪が、不審がっているのを感じ取った。


(ヤバい。何とかしなければ…)


 そう思いながらも、怖くて今日もまた、解決を先送り。次の日も…。

 タイムリミットは迫ってくる。美雪の家へ慎也たちが挨拶に行くのは、ついに明日となった。美雪が正式決定すれば、次は早紀。もう、猶予ゆうよが無い。

 慎也たちに秘密を打ち明けて受け入れてもらえなければ、妾にはなれない。秘密を打ち明けたくないのなら、美雪にあんな決断を迫らなければよかった。いや、自分も妾になるなんて、言わなければ良かったのだ。

 だが早紀は、慎也の妾になることについては、かなり思いつめていた。


………

 私は多分、いや、絶対、普通の結婚は出来ない。

 もしも、可能性があるとすれば、鬼でも受け入れてしまう慎也さん…。

 他には、私を受け入れてくれる人など、あり得ない…。

 慎也さんなら、「慎也さんの家族」なら、私を笑って受け入れてくれそう。

 たぶん、そんな気がする…。

 私には、慎也さんの妾になるしか道が無い。

 あの、温かな「家族」の一員に、私もなりたい!

 その為には…。単独よりも、美雪とセットの方が、可能性高そう…。

 美雪のオマケでも構わないから、私も加えて欲しい。

 親友をダシに使うようで、少し気が引ける…。でも、その美雪も、本心は「なりたい!」なのだから、非難される筋では無い…。

 早く打ち明け、許可をもらって、父にも話して…。

………


 スマートフォンをにらながら、そう考えていると…。

 その、目の前のスマホが鳴った…。

 発信元表示は、父の携帯…。

 グズグズしているから、父からかってきてしまった。


(仕方がない。先に、父さんに言おう…)


 覚悟を決めて、早紀は電話に出た。

 向こうからけてきた電話であるから、まず向こうの用件を聞く。その後、こちらの用件をと早紀は考えた。が、父の用件は、トンデモナイものだった。


「え? さ、再婚したい? ……」


 早紀は、二の句が継げない。


 父親は、申し訳なさそうに電話の向こうで続けた。

 五年間付き合っている人がいて、もう相手は妊娠しているという。年下の彼女であり、しばらうつ気味で、目を離せなかったとも…。


(だから、こっちでは泊って行かずに、直ぐ帰っていたんだ…)


 早紀は納得した。そして、これはチャンスだと思った。

 妊娠しているということは、もう別れられないだろう。だから、父の再婚を認める代わりに、こちらの方も認めさせればよい。


「父さん、実は、私も嫁ぎたい相手がいるの。家族がちょっと複雑だけど、とっても優しくて信頼できる良い人なのよ」


『さ、早紀? おまえも結婚なのか? で、でもお前…。相手はその…。知っているのか?

 お、お前の…。あ、い、いや、その……。何でもない…』


 父は言葉をにごした。

 父が気にしているのは、早紀の体の秘密のこと…。そんなことは分かっているが、早紀は、自分からは何も言わなかった。まだ慎也に話していないのだから、言うに言えなかったのだ。

 とにかく、会って話そうということになった。それぞれ、互いの相手も一緒に…。


 父には岐阜に来る用事があり、向こうから出て来てくれるという。出来れば今月二十九日か、その前後だと有難いとのことだったが、細かな日時と場所は再度打ち合わせるということで、電話を切った。


 さあ、早紀に残った難関は、一つになった。

 明日は、美雪の大事な日。だから、自分の告白決行は、明後日、日曜日のバイト終了後にすることに決めた。

 決行日時が決まれば、実行あるのみ。そして、これはもう、後に引けない。


 早紀は、「よし!」と気合を入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る