第4話 ラブホテル!

 五日後、金曜日。


 美雪は、あの日以来、早紀の様子が少し変だと感じていた。


 避けられているわけでは無い。ただ、自分の前に立とうとしない…。


 早紀は高身長で、自分は逆に低身長。よって、元々早紀は、美雪の前に立ちはだかるようなことはしない。横か後ろに居ることが多いのだ。

 だが、それがちょっと極端になったように思える…。


 横に並んで肩に手を回してくれるのだから、嫌われているということは無いと思う。が、それも、自分の後ろへ回り込むような仕草に感じられ、違和感がぬぐえない。


 その他には、特に不審なことは無い。いつも通り、他愛もない話もする。


………

 まだ、早紀の生理不順が続いていて、それで、少し行動が変なのかな…。

 いや、私の気の所為せいなのかもしれない。

 特に、今、私は生理中だ。この期間は、いつも、何でもない事にイライラしてしまう。

 そうだ。きっと、私の気の所為せいだ。

………




 大学の講義が終わり、早紀と別れて美雪は神社へ向かった。


 早紀は今、慎也所有アパートの一室を借りて(もちろん、格安で…)独り暮らし中。いつもは途中まで一緒に帰ることが多いが、買い物をして帰るということだったので、今日は学校で別れた。


 明日は土曜日。通常なら、美雪は神社のバイトに入るはずだが、曾祖父の法事の為、休みをもらっていた。

 ご奉仕出来ないお詫びを神様にしておこうと、美雪は学校帰りに神社へ寄ったのだった。

 この殊勝な心がけは、流石さすがは総代の孫といったところか…。



 お参りをして、社務所に行くと、受付には誰もいない。が、中の部屋から話し声が漏れてくる。…慎也と祥子の声のようだ。


 ちょっと、悪戯いたずら心が芽生えた美雪は、新たに得た透視の能力で、中をのぞいてみた。


 …中に居るのは、やはり、慎也と祥子の二人。舞衣は居ない。

 二人は、並んで机の前に坐っている。それも、肩をくっつけ合って…。


(舞衣さんが居ないのを良いことに、二人きりで何やってるのよ!)


 美雪は唇を尖らせて、目を凝らした。


 二人は、一枚の紙を一緒に見ている。

 紙には、何が書かれているのか…。

 更に目を凝らす。


(…何か、きらびやかな建物の画像。…え? …ラ、ラブホテル?)


 見えたのは、美雪も見覚えがある、駅近くのラブホテルの情報をプリントアウトしたモノ…。だが、見覚えがあると言っても、もちろん美雪は、そんな所へ入ったことは無い。彼女は、「見た目通り」のバージンだ。


 美雪は、そっと足を忍ばせて受付に近寄り、中の声に聞き耳を立てた。


「じゃあ、ここに行こうか」


「よいぞよ。まかせた」


「明日は雨みたいだからね、神社も暇だろうし」


「美雪がおらぬのも、都合良いかもな。あやつは変なところに感付くし、色々口うるさい」


「まあね…。早紀ちゃんが来てくれるから、神社の方は大丈夫だよね」


「正妻殿には悪いが、明日は初めての二人きりということになるかの」


「そうだね。じゃあ、明日の午後一時に出発するからね」



(え~! どういうこと? 二人きりでラブホテル? 「正妻殿には悪い」って、つまり、舞衣さんに内緒?)


「どうしたの、美雪ちゃん」


 不意に後ろの方から声を掛けられ、美雪は心臓が止まる思いをした。


 この声は、舞衣…。


 ゆっくり振り返り、声の主を確認…。やはり、舞衣だ。

 美雪は、あわてて舞衣の近くまで走り寄った。


「い、いえ、何でもありません。今日はお参りに来ただけです。明日は来れなくてごめんなさい。また、明後日来ます」


 中の二人に聞こえない様、少し声を抑えて早口でそれだけ言い、頭を下げて駆けて行ってしまった。

 舞衣は、その後ろ姿を、首をかしながら見送った。





 祥子のリクエストの、ラブホテル行き。慎也が調べたところ、三人でも追加料金を払えば大丈夫なところもあるということが判明した。

 そこで「三人で行こう」と提案したが、舞衣は遠慮を申し出た。


 何と言っても、舞衣は元有名芸能人。今は一般人だが、広く顔が知られていることには違いない。ラブホテルに行くのを目撃されては、外聞が悪いというのが理由…。

 それに、ああいうところは、防犯カメラなども設置されているだろう。舞衣の姿が、そのカメラに録画されるのも、よろしくないのだ。


 三人で行くのであれば、夜にゆっくり「宿泊」というのも有りだった。

 だが、舞衣が行かないのであれば、祥子と二人でそれをするのは、気が引ける。正妻様に留守番をさせておいて、ラブホでゆっくりお泊りなどとは、気の小さい慎也には無理…。


 という理由で、美雪・早紀がバイトに来てくれる土曜か日曜で、暇な雨の日に「休憩」で、ということになったのだ。

 祥子は「二人きり」というのにはこだわらないということだったが、結果的に「二人きり」ということになった。



 ……このような事情。

 であるのだから、このラブホ行きは、舞衣も承知のことである。

 だが、慎也と祥子も悪かったのだ。神社の社務所でするような話では無かった…。


 二人で話していた、「早紀が来てくれるから神社は大丈夫」というのは、なにも早紀一人に任せるという意味ではない。

 舞衣が居るのは当然のこと。つい先日、体調を崩して倒れかけた早紀一人に神社を任せるなどということを、するはずもない。


 そして、「正妻殿に悪い」というのは舞衣に内緒という意味では無い。

 舞衣に仕事をさせておいて、自分たちはラブホテルというのが申し訳ないという意味だ。


 そうなのであるが、事情を知らない美雪は、完全に勘違いしてしまった。


(慎也と祥子は、舞衣に内緒で明日ラブホへ行く…。舞衣には何か別の用事があって出かける、その隙に…)と。


 美雪は、いきなり舞衣に後方から声を掛けられて、驚いて逃げ帰って来てしまった。

 しかし…。

 あんなこと、許されるのだろうか…。あれは、舞衣に対する裏切り行為だ。

 変な家族だが、夫婦間の「行為」は皆一緒にというのが、あの家族のルールだったはず…。

 舞衣に対する裏切り…。正妻に対する裏切り…。それはつまり、「不倫」!!

 ……。


 考えれば考えるほど、怒りが込み上げてきた。


 自分は明日、法事に出なければならない。だが、午後一時なら、自分だけ先に抜け出しても問題ない。場所は分かっている。駅の近くの立派なホテルだ。


 とにかく、明日、二人の行動を確認しなければならない。もしかすると、何か聞き間違いだったのかもしれない。聞き間違いであれば、良いのだ。それが確認出来れば…。


 美雪は明日、現場に、「確認」しに行くことを決めた。

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