美雪と早紀

第2話 ラブホテル?

 ―― 三年さかのぼる。――


 十月六日、朝。

 慎也が目を覚ました。


 ここは、自宅母屋の広間。隣では、スヤスヤと舞衣が眠っている。

 昨日までは、たくさんの布団ふとんが並んでいた。が、今は広い部屋に布団が二組だけだ。


 昨晩、皆との別れの後。慎也と舞衣は居間でイチャつき、そのまま、ソファーで「合体」してしまった。

 その後、寝床にしている広間へ行くと、居るはずの祥子が居なかった。そして布団が二組だけ、部屋の真ん中に綺麗に敷かれていたのだ。

 完全に、祥子に気を使わせてしまった…。


 二人としては、一晩ゆっくり「夫婦水入らず」という希望が無かったわけでは無い。が、やはり、それはあまりに祥子に悪い。居間の方で出来ただけで、十分としようと話していたところだ。

 だが、折角の祥子の心遣い…。有難~く頂戴し、そのまま引き続き、濃厚な「二人だけの夜」を過ごしたのだった。


 目の前の舞衣は、まだ起きる気配が無い。

 慎也は、その美しい寝顔をしばらく眺めていたが、ちょっと悪戯いたずらしてみたくなって、眠っている舞衣の鼻をつまんだ。


「う、ふぐぐう……。 ぬ、ぬぁによお!」


 舞衣は、目を覚ました。


「おはよう。舞衣さん」


「お、おはよう」


 舞衣が起き上がりながら答えた。が、周りを見回して溜息ためいきをつく。


「何か…。寂しいわね」


「そうだね。大人数に、すっかり慣れちゃったからね」


 昨日まで一緒に寝ていた恵美・沙織・杏奈・環奈は、もう、この家に居ない。そして、昨日まで聞こえていた、六人の娘たちの賑やかな声も、アマ・トヨ・タミ三鬼の赤子の泣き声も無く、非常に静かなのだ。


 二人で起き上がり、布団を片付ける。昨日までは、沙織が布団を上げていたが、今日からは自分でしなければならない…。

 押し入れに布団を仕舞しまい、部屋を出ようとした時、舞衣がスッと、右手で慎也の左手を握った。

 慎也は、舞衣の顔を見る。

 互いに見詰め合い、声を出さずに二人で笑い合って、そのまま手をつないで台所へ向かった。



 台所…。

 そこでは、ただ一人残った同居人の祥子が、いつもの通り朝食の準備をしていた。


「祥子さん、おはよう」


 忙しそうに立ちまわっている祥子の背後から、慎也が声を掛けた。祥子は振り向いて、つないている二人の手を見てニヤッと笑う。


「おう、おう、お二人さん。朝から、お熱いことで…」


 二人は何だか気恥ずかしくなり、繋いでいた手をサッと離した。


「昨日はゴメンナサイネ。気を使わせちゃって」


 舞衣が祥子に向かって、手を合わせながらびた。

 同室し、順番に夜の営みをするのが、この「家族」のルールだ。変なルールだが、ルールはルール。正妻といえども、勝手は出来ない。それを昨晩は、舞衣のみが独占させてもらってしまった。


 慎也も隣で、祥子に向かって笑顔で少し頭を下げ、舞衣に同調する。

 祥子の気遣いは、正直、嬉しかったが、一人でいる祥子のことも気になっていたのだ。


 祥子は、そんな二人をチラッと見、御椀に味噌汁をつぎながら答えた。


「何々、たまには良かろう。ああいうのも」


「ありがとう。でも、祥子さんに悪いことしちゃった。だから、今夜は祥子さんが慎也さんと二人きりで過ごす?」


 舞衣からの、返礼の提案だ。

 自分が経験させてもらったのだし、慎也の他の妻たちも一度ずつ経験していること。…杏奈・環奈は舞衣とだが… 当然と言えば当然の、祥子の権利である。

 …が、祥子は動きを止め、少し考える素振りを見せた。


「う~ん…。 いや、ワラワは別に二人きりにはこだわらぬぞ。

 それより、希望をかなえてもらえるのなら、ワラワは行ってみたい所があるのじゃが…」


「え、何?」


 舞衣は箸を並べようかとしていた動作を止めて、祥子を見た。

 慎也も御飯をよそう為に茶碗を取ろうとしていたが、やはり同様にして、祥子に視線を向けた。

 祥子が自分の願望を述べるというのは珍しい。前に聞いたのは、新婚旅行へ行くことになったときに伊勢へ行きたいと言った時か…。

 発言者が恵美であったなら「今度はどんなとんでもないことを言い出すのか」と身構えるところであるが、祥子の願いということなら興味も沸くし、是非とも叶えてやりたい。自然と聞く方も真剣にならざるを得ないのだ。


「仙界でな、宝珠を使って見ておったのじゃが、一度でよいから、ラブホというのに行ってみたい」


「「ラブホって、ラブホテル?」」


 慎也と舞衣は、同時にき返した。これは、思ってもみない要求だった。


「うむ。徳川の世でも、出会茶屋などというモノがあってな。湖畔などに建ち並んで、男女がしけ込んで子作り行為に励んで居ったりしていたがな、まあ、単に個室に布団が用意されているだけのモノじゃった。

 しかし、今の世のラブホというのは、交合する為の面白いモノがそろっているようで、実に興味深い」


「そ、そうなの?」


 慎也は、隣の舞衣にいた。が、


「嫌だ、知りませんよ。何で私に聞くの?」


 舞衣が慎也に白い目を向ける。


「あ、いや、何でと言われましても…。舞衣さんは、知っているのかなと思って…」


「知ってるはずないでしょ。仙界に行くまでバージンだったんだから!

 慎也さんこそ、行ったことあるんじゃないの?」


 舞衣は、口をとがらせて言う。


「いやいや、滅相も無い! 俺も、あの時まで、経験無かったんだから!」


「なんじゃ。誰も行ったことないのか。では三人で行ってみるかの?」


「え…。ああいうところって、二人でしか入れないんじゃないの?」


 舞衣は首をかしげた。

 当然のこととして、基本は男女二人で利用するための施設だ。だが、中には特殊な性癖の人も居る。男一人に女性二人、あるいは男女比率は逆でも良いが、いわゆる、「3P」とかいうやつだ。慎也と杏奈・環奈も、それに近いと言えなくはないが…。

 とにかく、そういう需要に答えられるようになっている所もあるのだが、そもそも行ったことが無いのだから、舞衣には分からない。勿論もちろん、慎也もだ。


「どうなのかな…。ちょっと調べてみるから、数日の猶予ゆうよを貰えるかな」


「うむ。構わぬぞ、いつでも…。楽しみにしておる」


 慎也からの回答に、祥子は満足そうにうなずいた。

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