冷めたコーヒー
暫く連絡をとっていなかった友人から手紙が来た。旅先でかわいいポストカードに出会ったらしい。
彼女とはよく他の友人たちとキャンプに行っていた。
テレビの影響か、彼女がキャンプに行きたいと言い出した。当時はグランピングが話題になっていて、キャンプを体験できる施設がテレビでもたくさん特集されていた。
ふらっと行ったグランピングの非日常感が楽しかったのか、みんなでキャンプ場へ行くようにもなった。道具も少しずつ揃っていった。入りがグランピングだったこともあって、テントやタープよりもおしゃれな調理器具やかわいい食器が充実した。
コーヒー好きの友人がうきうきで買った焙煎器は、最後に道具を預かった私の家のロフトに今もまだ残っている。
懐かしくなってロフトのキャンプ用品を漁っていると、小さな麻袋に入った生豆が出てきた。買ってからだいぶ時間は経っているが、変な匂いはしていない。気がする。
友人たちとキャンプに行くことももうないだろう。袋の中で腐っていくコーヒー豆がなんだか可哀想な気がして、焙煎してみることにした。道具は全部揃っている。
焙煎器の中で振られているコーヒー豆を眺めていると、独特の匂いがしてきた。
「くっさ」
友人たちはいい匂いだとか好きだとか言っていたが、コーヒーが苦手だからか私は最後まで慣れなかった。
途中で火から下ろすのも少し怖くて、換気扇を強にして耐えることにした。コーヒー豆を見ていたくなくて、スマホに意識を逸らす。
キャンプに行かなくなって、いつの間にか私と彼女しか残っていないメッセージアプリのグループアルバムを漁る。春はお花のきれいなキャンプ場で写真を撮り、夏は海辺のキャンプ場で海水浴も楽しんだ。秋は紅葉で有名なキャンプ場で焼き芋をして、冬はコテージの薪ストーブで暖まった。自撮りをしたがらない私の写真は他撮りばかりで、インカメラで撮った写真には大体彼女が写っていた。
ずっと同じ高さで焙煎器を振っているのがしんどくなって、焙煎器を両手で持つ。コーヒー豆はまだミルクチョコレート色だ。しんどい。
焙煎の匂いに頭がくらっとして、火を止めてコーヒー豆とベランダに出た。友人は豆を炒った後にうちわで扇いでいた気がする。コーヒー豆でいっぱいの肺に冬の空気がおいしい。
ベランダからはバス通りが見えた。対面授業の増えた大学生たちが騒いでいる。いろいろと気をつけて、冬を楽しんでほしい。
冷たい風に煽られて、堪らず暖かい部屋に逃げ込む。コーヒー豆はまだほんのりと温かかった。
冷えた体を温めるように、全力でコーヒー豆を挽いた。ちょびっとだけ、いい匂い。
ウォーターサーバーのお湯で挽いたコーヒーをドリップする。苦手なコーヒーの匂いが部屋いっぱいに広がる。たまには服からコーヒーの香りがしてもいいのかもしれない。
「酸っぱ」
苦手なコーヒーの酸っぱさに、浸っていたノスタルジーやエモさなんてものが吹き飛ばされた。友人の淹れてくれたコーヒーはこんなにも酸っぱかっただろうか。
就職や転勤で住むところがばらばらになって、自然と連絡をとらなくなった。何かきっかけがあった訳でもない。みんなの生活が落ち着けば、また連絡をとることもあるのかもしれない。
みんなの今が気になって、暫く開いていなかったSNSを開く。
コーヒー好きの友人は、投稿が彼氏と食べ物で溢れていた。カメラが好きでよくみんなの写真を撮っていた友人は、今は子供の写真ばかり撮っているらしい。ブランド物が好きな友人は、おしゃれをしてエステにカフェにと楽しんでいる。彼女の更新は止まっている。
ポストカードには、結婚すると書かれていた。結婚式の予定は今のところないらしい。
おめでとう。
タイムラインをざっと見て、冷めたコーヒーを喉に流し込む。酸っぱさとえぐみが舌に残った。
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