第28話 娘たちの協定
クリスマスが終わり、正月。前回は
「このギャルゲー、やる気ある? 特別な衣装を出せるシーンだよ?」
しかし文句を垂れても現状は変わらない。
正月イベントが軽く流されてしまったので、残すところはバレンタインのみになってしまった。
前回の記憶と、
ゲームが関係の核になっている桃山の攻略は異様に難易度が高い。
残すは
今回も失敗するとまでは言わないが、修学旅行時に今までにない反応を見せられていることを踏まえると全く予想できない。
とはいえ、残り期間を考えると悩んでばかりはいられない。
「まずは吉川から攻略していくしかないか」
当然、苦情は来る。
「桃山の方は攻略しないの?」
「吉川の攻略が終わってからだよ。大岡部先輩の攻略も後に回してもらっているわけだしさ、とりあえず順番通りやってみるしかなくね?」
「順番通りなんて言っても、吉川の攻略に時間が掛かったらこっちにまで回ってこない可能性が高いというか……釈茶も何か言いなよ!」
釈茶はその誘いに乗らずに目を伏せて小さく首を振った。
「あの人はああいう性格なんだ、って完全に理解したからいいよ。それに一応この場だと最年長なわけだし? 年下に先手を譲る余裕ぐらいは見せておこうかな、とか」
予想していなかった反応なのか、結二が露骨に狼狽えた。声を震わせながら、
「じゃ、じゃあ私も一番年下の
「そこまでは言ってないわよ。単にウチはそう決めたってだけ」
結二がフラフラと菫に歩み寄る。
胸元を掴みながら、
「菫、私に譲りなさいよ。私には生き返ってやらなきゃいけないことがあるのよ。まだまだ友達と遊びたいし、パパへの反抗的な態度も改めてさ、大学行って、社会で働いて、いい人見つけてパパやママに紹介して……」
菫が結二の手を優しく押し戻す。
「それぐらいの願望は、菫にもあります」
結二が先ほど以上の勢いで掴みかかった。
「それぐらい、って何よ! この期に及んで澄ました顔して良い子ちゃんアピールして! いいとこのお嬢様みたいな生活をしてきたかもしれない菫には分からないだろうけどさ……」
「おい結二、言い過ぎだろ」
怒りの矛先が顔ごとこちらに向けられた。
捻じ曲げられなさそうな強い意志を宿した瞳の圧にはどこか既視感があったが、記憶を詮索する余裕はなかった。
「何? もしかして私みたいな娘、要らないってワケ?」
思わず息が詰まった。
これまで小さな口論はあったが、大きなトラブルにまでは発展せずに仲良くやってこられた。
だからこそ、ここまで聞き捨てならない言葉を浴びせられるとは思っていなかった。
耳から入った音を脳が処理し終え、少しのタイムラグを挟んで怒りが身体の奥底からこみ上げてきた。
結二は自分が思わず漏らした言葉の意味を悟ったのか一瞬だけ目を見開いたが、一転して薄くヘラヘラと笑った。
「は? んなわけねぇだろおめぇ」
「だったらそれを、行動で証明してみせ……」
しかし、その言葉は中断させられた。
結二の両肩に腕がかかり、ソファに引き倒されたのだ。
「結二さん、菫たちと交わした約束、忘れたとは言わせませんよ」
「誓ったよね? 色仕掛けでも泣き落としでも使えるものは使っていいけど、父さんに、ウチらを生み育てたことを後悔させるような真似はしない、って」
結二はソファに倒れ込んだまま黙り込んでいた。
こちらからは表情が見えない。
菫も釈茶も何も言わない。空気が張り詰めている。
焦れたように釈茶が手を振り上げたところで、
「おい」
「何? 結二を庇うつもり?」
結二が上体を起こしてこちらを見た。
濡れた瞳は様々な感情を表現していたのだろうが、今は解釈してやる気にならない。
この空気感にも飽きたのでわざとらしく大きな溜め息をつく。
「お前らさぁ、ガキが一丁前に親の機嫌を窺ってんじゃねぇよ。お前らのことを心底どうでもいいと思ってたら、こんなクソゲーやりに戻って来ねぇし、わざわざ指示を聞きながらゲームしねぇよ」
ぽかんとしている三人に背を向けてゲームに向き合う。
「指示を聞いていると言っても、結局ゲームやってるのは俺だから、指示通りに動くとまでは言わねぇんだけどな。つーわけで、まずは吉川から」
特に異論はなく、攻略が再開された。
ポチポチ操作しながら、思考をまとめる。
「桃山はゲームさえできれば攻略したようなものだけど、このクソゲー内では何故か妨害される。大岡部先輩は変な性格だから攻略を後にしないと乗ってこない。この二人に比べると、吉川の攻略に詰まっている理由は分かりにくいな」
「そうですね。もうこんな場面なので言ってしまいますが、お父様と吉川さんの過去を詮索しても特別なエピソードは見当たりませんでした。何故あんなにも好感度が一方的に高いのか謎ですね」
菫がサラッと予想外のことを口走った。
ねぇ、どうやって俺の過去を漁ったの?
しかも許可なく?
釈茶が菫の話を捕捉する。
「人間誰でも裏表ってあるものだけど、あいつは裏がまだ掴み切れてないから怖いよね」
前回のクリスマスのドタキャンと今回の修学旅行の大人びた立ち絵が脳裏をよぎる。
あいつ、外見も、いつもの地味な時と水着になった時の差が激しいからな。
結二が悪態をついた。
「裏の顔がヤバいって意味では、大岡部も負けてないけどね。百子ちゃんも、クラスの友達に見せる姿と、ゲームでパパを一方的にボコボコにしている時の態度のギャップが激しいから、そういう点では裏の顔なのかもだけど、百子ちゃんに関してはもう底が見えたかな。……にしても、裏かぁ。裏の顔が出る場所と言えば……」
「何? お前らも裏の顔がヤバいクチなの?」
「素の性格でパパ活やってたらヤバいでしょ。パパ活やってる時はパパ活向けの振る舞いをしてるわ」
「確かに娘が家の中のノリでパパ活してたらヤバいっつーか、おじさんたちも多分お金払ってまで年頃の女子に邪険に扱われたくはないか」
逆にそういうおじさんがいたら相当ヤバい奴なのでは?
ともかく、社会に本音と建前みたいなものがある以上、誰にだって隠された一面ぐらいはあるものだ。
「相手のことが全部分からないとダメだなんて、メンヘラが作ったゲームじゃあるまいし、ゲームのテキストだけで相手を全部理解するとか土台無理だろ。つまり、このまま突撃しても可能性はある!」
「どこにも科学的エビデンスはありませんが、そう思わなければやっていけないというお父様の気持ちは分かります」
「あれ? でもバレンタインって向こうから渡してくるイベントだから俺の方から突撃しても意味ないのでは?」
冷静になっている間に、バレンタイン当日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます