第29話 バレンタイン(二回目)

 前回通り、真っ先に渡しに来そうな我らが幼馴染の姿はない。

 午前、午後と戦果のない時間が過ぎる。

 放課後。

 桃山ももやまに捕まる前に図書室へ移動する。

 これで最初に吉川よしかわと出会う確率が上がると思いたい。

 恐らくほぼ無人に近い図書室で勉強する主人公。

 こいつのメンタル強すぎでは?

 ドアが開く効果音が響き、


『荷物を纏めてすぐに教室を出たかと思えば、こんな場所で一人勉強ですか?』


 吉川の立ち絵が現れた。


『普通の人相手だったら立派な心掛けと褒めるところですが、黒田くろだくんだと少し心配になりますね』

「バレンタインデーに表情を曇らせるギャルゲーヒロインがあるか! もっとこう、甘いイベントはないの?」

「お父様、取り乱さずに対応してください。そういう態度がイベントを遠ざけているのでは?」


 もっともな指摘だ。

 一度咳払いして、


「心配って、俺が誰かからチョコを貰っているんじゃないか、って方向のやつ?」


 精一杯イケボっぽく言ってみたが一蹴されてしまった。


『いえ、桃山さん辺りが渡してそうですし』


 流れの悪さを感じつつ、まだ抵抗する。


「な、なら何の用だ? ただ哀れな男子を嘲笑いに来ただけじゃないんだろ?」


 スッとラッピングされた袋が差し出された。顔を逸らしながら、


『これ、義理ですが』


 すみれが息を呑んだ。


「そ、そんな……!」


 前回は友チョコの余りだったので確実に変化はあった。

 吉川は他の男子に義理すら配っていないため、まだ解釈の余地があると思いたい。


「ま、まだ慌てるな。手を繋いだらカップルとか、キスしたら子どもができる的な判定のゲームかもしれない」

「修学旅行の時の態度を考えると、そういう人には見えませんでしたが、ゲーム側の判定は分かりませんからね、希望を持ちたいところです」


 祈りを捧げている間に、二人目がやってきた。


『だーろくパイセン! ……とヨッシーもいたのか。まあいいや。はいコレ』


 チョコを押し付けてきたと思えば、そわそわしながら早口で言い訳がましいことを述べ始めた。


『まあ、その、日頃の感謝といいますか? こういう季節ネタもちゃんとやることによって飽きがこないようにしているといいますか?』

「友達とはいえ、他の女子がいる前で本命のチョコを渡すかな? でも、プロポーズの言葉を踏まえたセリフだし……」


 桃山の反応に対して結二ゆにが首を捻る。

 そこに問題の人物もやってきた。


『あら、微笑ましいことね。なら、私からはこれを』


 大岡部おおおかべ先輩の手には明らかに高そうな箱のチョコ。


「うわ、めっちゃ高いやつじゃん」

 

 俺には相場が分からなかったが、釈茶しゃくてぃには理解できたらしい。


「思っていたよりあっさり全員から貰えたな」

「うまく行き過ぎて怖いのよね。例えば、あのチョコは確かに高いブランドものだけど、高校生のバレンタインデーには手作りって上位互換がいるじゃない」

「言われてみれば……」


 大岡部先輩がクールに微笑む。


『契約の、ボーナスのようなものだと思いなさい。あ、お返しは領収書があれば経費として処理してあげるからケチらないことね』


 釈茶が血相を変えて叫んだ。


「契約って、彼氏のフリをする契約よ! その報酬の一部ってことなら、このチョコは……!」

「彼氏に渡すのは本命だろ? 本命のチョコを彼氏のフリをしながら受け取っているんじゃね?」

「楽天的な解釈ね。でも、アレは恐らく本命のフリのチョコよ」


 元々勉強をあまりしてこなかった上に、エンディング直前まで辿り着いて疲れた脳ではどれも同じように思えてしまう。


「問題は、ゲームがどう判断するかだ」


 画面を見守っていると、唐突に場面が変わった。

 自室で、外の暗さから夜だと分かる。

 BGMは相変わらずほのぼのしている。

 ゲーム内の俺くんがインターホンの呼び出しに気付いて玄関に向かった。

 玄関扉が堂々と主役を張っている一枚絵の場違いさに、得も言われぬ恐怖を感じた。


「それ、開けちゃダメなやつでは? てか、これまだバレンタインの話? 別日の話ではなく?」

「パパの家、どうしてドアの前の映像が見れるタイプのインターホンじゃないの?」

「その苦情はこの家を建てた俺の親父に言ってくれねぇかな?」


 意を決してクリックしてみると、扉が開いて陽津辺が入ってきた。

 普段と違って、背中にデカいリュックを背負っていた。


『お待たせしました。有葉あるはイーツがご注文の本命チョコのお届けにまい……』

「させるかぁっ!」


 反射的にメニューを開き、学園祭前ぐらいのデータのロードをするべくマウスを連打する。

 ……が、画面が固まってしまったようで何の変化もない。


「連打し過ぎて処理落ちしたか?」


 そういやこの光景に対してあいつらはどんな反応をしているだろうか、と観客席側を見ると、やはり誰もいなくなっていた。

 ここでようやく、あのチョコ全てが本命ではなかったことを悟る。

 ディスプレイの方に向き直ると、陽津辺がバーチャルユーチューバーみたいにヌルヌル動きながら笑みを浮かべた。


『全く酷い人ですね。私からのチョコを見るなりそんなリアクションをとるなんて。でも、世界の移動よりも難易度の高いタイムトラベルが何度も使えるわけないでしょう? 二度もチャンスを与えたというのに、性懲りもなく三人の娘全員にいい顔をしようとしたからそうなったんですよ? あなたのスペックを弁えて一人に絞っていればチャンスもあったのに』

「耳が痛いな」

『なら、今回は私からのチョコを受け取って神エンディングを見ましょうね?』


 見覚えのある選択肢が表示された。


一、『受け取る』

二、『ありがたく頂戴する』

三、『その場で食べる』


「ま、オープニングやエンディングだけはクオリティ高いクソゲーとかもあるからな」

『一生懸命作ったのですから、クソゲーと呼ばないでください! さあ、このまま未来を確定させて、孤独なゲーム実況者人生を送りましょう!』

「ゲーム実況者なのは確定しているわけね」


 にこやかに対応される。


『ええ。結構稼げていましたよ。とてもよいことです』

「なるほどね。そいつぁ……」


 三人の娘たちの笑顔がフラッシュバックした。

 未だに俺の娘とは思えないほど、いいやつらだった。あいつらの前で父親ヅラしてた時、今回は絶対うまくいくと思ったんだよな。


 次いで、吉川、大岡部、桃山の顔も浮かんだ。

 桃山、ゲームクソ強かったな。

 大岡部先輩が突然結んできた契約、クソビビったな。

 吉川のビンタ、痛かったな。


 でも結局、誰も攻略出来なかったんだよな。

 一度戻ってきて、聞くべきことは聞けた。

 迷いは晴れた。

 しかし、迷いが晴れても攻略対象を絞り込めていなかった。

 あれだけ大口叩いた割に、結果がこのザマなんて情けねぇ。


 画面に浮かぶ三つの選択肢を睨む。

 いや、まだ終わってないじゃないか。

 ロードの方が使えなくても、まだあっちは可能性が残っている。

 修学旅行の時は使えなかったが、年も変わったし、約四ヶ月経っている。

 試す価値は、ある。

 マウスを握る手に力を込め、


「そいつぁ……ああああああああああああ手が滑ったああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 メニューを呼び出し、【ゲームを中断】を選択。


『百パーセントわざとじゃないですか!』


 陽津辺はるつべが焦っている辺りから予想できていたが、どうやら向こうの世界に移動できるらしい。

 徐々に身体から力が抜けていく。

 脳に直接陽津辺の声が響いた。


『でも、向こうはこの世界の延長。結局あなたの未来は変わりません。無駄な足掻きに飽きたらエンディングを見に帰ってきてくださいね』



§ § §


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