第22話 親ガチャ

 吉川はメモを何度も読み直し、一部の文字列に○やアンダーラインなどを描きながら思案を続ける。


「実際に会えば一発で分かるような気もするのですが、現状手元にあるデータだけで言えば、パパ活大学生さんですかね。何となく、遺伝的なものを感じます」

「遺伝的? どの辺が?」

「秘密です」


 柔らかな笑みを浮かべているが、これ以上尋ねても絶対に答えないという意志も感じさせた。

 娘の紹介が一通り終わったので話題が元に戻る。


「娘さんは最近も夢に出てくるのですか?」

「いや、大岡部おおおかべ先輩たちとの合宿に行った後は現れなくなった」

「新手の夏のホラーですかね」


 あいつら死んでたのでホラーとして扱っても間違いではない。

 それを言い始めると俺も死んだんだけど。


「わざわざ心配してくれているっぽいのはありがたいけど、あいつらが現れなくなってからは特に何もないから、何があったかについてはこれ以上話せることがないんだよな」

「ですが、深刻そうな様子になったのは例の契約が交わされた辺りからだったと思います」


 例の契約というのは、大岡部先輩との彼氏契約を指しているのだろう。

 俺が契約を交わしたことは桃山ももやま吉川よしかわも知っている……というより強引に契約を結ぶ前提で二人には周知していたとのこと。

 とにもかくにもコンプラが厳しいので公共の場では伏せるしかない。

 しかし、その時期となるとマジで最近の話だ。

 そして、その時期に考えていたことと言えば、


「俺はさ、三人の指示に従って色んな女子に声を掛けた。そのおかげで娘がいなくなってからも一応うまくいって、桃山とは今まで以上に仲良くなれたし、仕事以外は何の縁もないまま終わりそうだった大岡部先輩とも新たな関係を築けた。吉川さんにもこうやってプライベートな話を聞いてもらえている」


 細かく相槌を打ってくれていた吉川さんが言葉の最後で少し照れたように首を振った。


「でも、上手くいくほど怖いんだ」

「怖い? 何が?」

「相手が全然手が届かない存在だったり、相手からバチクソ嫌われてたりしていたら俺も娘も諦めがつくってもんだろ? でも、可能性が残っているならチャレンジしなければならない。もっとうまくいくと、誰を選ぶのかという問題に進化していく。相手の女子だけならまだマシだけど、娘も絡んでいるとなると一筋縄じゃいかない」

「うーん、子どもを作ることを前提に、とか、できちゃった婚みたいに子どもを軸に据えた関係もないわけじゃないと思うけど」

「でもそれは、子どもの方から選んでくれって言っているわけじゃないだろ?」


 吉川が両手でメガネの位置を直しながら呟いた。


「確かに」

「しかもこのシステムには大きな欠陥があるときた」

「欠陥?」

「質疑応答の中で言ったかもしれないけど、あいつらには母親に関する記憶がない。その上で、あいつらが姉妹じゃないという保証もないんだ。直接聞ければよかったけど、最近ようやくその欠陥に気付いたわけだ」

「誰かと付き合って子どもが出来ても、子どもが全く生まれないか、子どもが生まれたとしてもその三人じゃない可能性があるというわけね」


 さすがに成績がいいだけあって、俺の口頭での説明でもすぐに理解してくれた。


「ただでさえ確率三分の一のガチャだったってのに、更に複雑なガチャになるんだぜ? 悩み倍増だよ」


 そう語っている間に、ふと別の疑問が頭をよぎった。


「ガチャといえばさ、あいつらって母親の方は高レア引いてるのに父親側のガチャで爆死してるんじゃね? いわゆる親ガチャってやつ」


 笑いながら俺がいかに親ガチャで微妙なキャラ層なのかの説明を続けようとした矢先、視界がブレ、遅れてパンッ、と鋭い音が響いた。


 更に遅れて熱と痛みが頬にじわじわと生じた。

 何が起こったのか把握しようと顔の向きを戻すと、机の半ばに左手を置いて身を乗り出し、右手を中途半端に上げている吉川の姿が目に入った。

 息を荒げながら、自分の右手をじっと見つめている。

 店内の他の客も騒ぎに気付いたようで、声を潜めてこちらの様子を窺っていたが、数秒動きがないことを確認すると、何事もなかったかのように元の活動に戻った。

 ようやく事態を把握する。左頬をさすりながら、


「娘にもぶたれたことないのに……」


 と冗談めかして呟くと、吉川が手のポジションを入れ替えて左手を振り上げた。

 表情を探ろうとしたが、メガネの反射でよく見えない。

 だが、メガネに何か水滴がついていることは確認できた。


「え、何? 吉川さんは何でそんなに怒っていらっしゃるの?」


 あまりの動揺で敬語になってしまった。

 理由の代わりに、


「さっきのは私の分。次は、私の娘の分ですよ」


 という言葉が返ってきた。

 こうなる直前にしたやり取りは、親ガチャで俺がハズレなのではないか、という話だった。

 なら、怒りの原因は……。


「ああ、そうだよね。親ガチャって虐待とかでもっと深刻な問題を抱えている人たちが使う表現だったっけ? 軽率に使ったことに対しては反省を……」


 またしても乾いた音が響いた。

 右の頬に痛みが走る。

 席を立った吉川が俺の隣に詰め寄り、涙ながらに叫んだ。


「黒田くんが親ガチャ失敗なんて自分から言っちゃ、ダメだよっ!」


 俺の中には全然なかった価値観だったので理解するまでに時間がかかった。


「俺の実家貧弱だよ?」

「どうして自分の話の前に実家の話を始めるの?」

「頭のよさとかスポーツの才能とか、容姿とかに強い要素そんなにないよ?」

「遺伝が全てじゃないってことぐらい知っているでしょ?」

「俺、将来まともに就職する気はそんなにないよ?」

「それでも!」


 吉川が俺の顔を両側からホールドした。

 絶対に目を背けさせないという強い意志を感じる。

 物理的に引き寄せられ、あと少しで鼻や唇が触れるのではないかという距離になる。

 ここまで来るとメガネの奥もよく見えた。


「その娘たちは黒田くんを信じてついてきたんでしょう?」


 その言葉は意外なほど素直に心に沁みた。

 あいつらは何だかんだ言いながらも生前と同じ条件で生き返ることに必死だった。

 そこには当然父親としての俺も含まれる。

 だからといって娘たちが俺を全肯定しているわけではないが、心の底から嫌われていたらあの空間でも塩対応だっただろうし、そもそも神が提示したこの条件を受け入れなかったはずだ。


「だから、自分のことをハズレ扱いしたらダメなのよ……!」


 言い切った吉川が顔から手を離した。

 吉川が肩を震わせながら自分の席の荷物を回収して歩き出す。

 何も声を掛けられなかった。

 大きな気付きを得られたのだから感謝すべきだったが、それ以上にショックが大きくて何も言えなかった。

 次に思ったのは、あの自称娘たちにもう一度会いたいということだった。

 聞きたいことがある。

 謝りたいことがある。

 だが、帰る方法には全く見当がつかない。

 家に帰って、とりあえずゲーム実況をする。

 しかしながら、自分でもハッキリ分かるほどキレが悪かった。

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