第21話 俺とお前の間に子どもができるとしたら
カップに一度口をつけて、
「その、最近の
「俺が?」
確かに、最近思い悩んでいることはあった。
あの自称娘三人に関することだ。
直接質問できればここまで考えこむこともないのだが、あいつらと会う方法が見当たらない今、頭の片隅で思考の負荷になっていることは否めない。
「はい。全体的にいつもよりキレがないといいますか……」
「そこまでか?」
いつもと違う、などと言われてもあまりピンと来ない。
「季節の変わり目だから体調が崩れている、とか?」
「いえ、そういうものでもないと思いますが」
向こうには何故か謎の確信があるらしい。
「じゃあアレか? 夏休みのちょっと前ぐらいから少し生活リズムが変わった話とか?」
「それも気になっていることですが、私は大岡部先輩や桃山さんみたいに高等部に上がってから出席日数が減った黒田くんのことを知っているので、また出席日数が減ってきただけではここまで心配しませんよ」
つまり、夏の一時的な変化についての話ではなく、ガチで最近の話をしているわけだ。
吉川さんが何を見て判断しているのかは知らないが、俺の思考の迷いがどこかから漏れているのは間違いないのかもしれない。
「うーん、心配してくれているのはありがたいけど……」
説明が面倒な上に、到底信じてもらえるような話でもない。
どうやって穏やかにこの場から離れるかを考えていると、
「でも、心当たりがないと断言しないってことは、何かあるんじゃないですか?」
先手を打たれ、言い訳が一つ封じられた。
「そうだな。誰だって悩みの一つや二つは抱えているものだろ?」
対面に座る吉川さんが申し訳なさそうに身体を縮めた。
「私では力になれない、ということですか?」
神が絡んでいる案件だからなぁ。
しかし、目の前の吉川さんも関係者ではあるわけで、全く力になれないというわけでもないのは事実だ。
実はあなたのお子さんについて困っています、とは言い出せないだけで。
だが、これはチャンスでもある。
娘がどうの、という気が狂ったとしか思われなさそうな話をするのは気が引けるし、リスクもある。
攻略対象のヒロインから、「こいつヤバいのでは?」と思われて永遠に攻略できなくなる可能性があるからだ。
しかし、今の会話相手は吉川さんだけ。
気が弱そうな吉川さんにしっかりと釘を刺して他の女子にこの話を漏らさないように確約できれば、ヒロインの一人から色々な情報や反応を得た上で、他の女子には特に影響がない状態を保てるかもしれない。
吉川の娘が誰なのかは分からないが、あまりにも打開策がない今、使える手札は使った方がいいのかもしれない。
などと色々考えていると、
「あ、あの。今回の相談には力になれなくても、夏に心変わりがあった理由ぐらいは聞かせてもらえませんか?」
それを話すのは今の悩みを話すのとほぼ同じなんだよな。
でも、ここで逃げたところで何かが進展するわけでもない。
リスクはあるが、攻めてみるか。
「夏のそれと今のこれ、繋がってるんだよね……」
「そうなのですか? 夏はもっと楽観的に見えましたが」
「話すかどうか迷っていたのは、吉川さんに相談するのが無駄とかそういうのじゃなくて、シンプルに現実離れし過ぎている話だったからだ。というか、今でも俺はこれが現実なのかどうか判断しかねている」
「ますます気になりますね」
「実はこの話は他の人にも関わりがあるんだけど、とにかく秘密にしてもらえると助かる」
「はい。約束は守ります」
メガネの奥の瞳には確かに誠実さを感じられた。
「さて、順番に話すとすると、期末試験の初日に俺は……っ!?」
突然喉を締め上げられたように声が出なくなった。
思わず自分の首を掴む。
吉川さんが血相を変えて立ち上がり、駆け寄ってきた。
自分があの朝に死んだ話を語ろうとするのをやめたところでようやく喉に空気が通った。
遅れて冷や汗が流れる。
これは明らかに不自然な現象であり、神の作為のようなものを感じずにはいられないが、そんな説明をできるわけもない。
適当に言い繕う。
「……ど、どうも、あの出来事は相当なトラウマになっているみたいだな」
息も切れ切れに呟くと、吉川さんが背中をさすってくれた。
「大丈夫ですか? そんなに言いたくない話だったのなら、謝ります。無理はしてほしくないので」
呼吸を整えながら口の中で言葉を探す。
どうにか口に出しても問題ない説明方法が見つかったところで、
「ああ。もう少しザックリした説明なら大丈夫だと思う。ありがとう。とりあえず座って」
カフェオレを一口飲み、呼吸を整える。
吉川もカップに口をつけたのを見届けて、
「例えば、自分の娘を名乗る人物が夢に出てきたら、どうする?」
「ゲホッ、ゲホッ! ……い、いきなり何てことを言うんですか」
吹き出した分を自分で拭きながら吉川が抗議する。
予想通りの反応ではある。
「信じられないかもしれないがマジのガチで実話だからだ」
「夢に娘ですか」
「それも三人」
「三人も……」
「しかも、母親は同じ高校にいるから探して付き合え、とか指示を飛ばしてくる」
「にわかには信じられませんが、確かにそれだけの理由があれば夏の奇妙な行動にどうにか説明をつけられます」
いつの間にか、ノートにメモを取り始めていた。真面目だな。
「ところで、どういう娘さんなのか気になります」
あいつらは母親に関する記憶がない。
ここは逆に母親候補から娘を予想してもらうのも一手か。
ここが両想いになっていたら恐らく信用してもいいのかもしれない。
「一人目は高校一年の金髪ギャルだ。ネイルとかもしてて、性格が異様に明るい。二人目は全体的に紫っぽいカラーリングの和服を着た小学六年生の女子だ。言葉遣いが丁寧で、何か難しそうな言葉も喋るから多分頭がいい。三人目は大学三年生だ。何かパパ活をやっているらしくてそういう感じの大人なファッションをしている」
メモを走らせながら、
「結構バラバラですね。もうちょっと詳しく質問してもいいですか?」
「ああ。プライベートにまで深く突っ込んだ話はほとんどしてないから何とも言えないが、答えられる範囲であれば何でも答える」
吉川さんの質問をどんどん捌いていく。
声の高さ、顔のパーツ、態度、どんな会話をしたか、どんな分野についてどれぐらい知識があるのか等。
一通り質問を終えた吉川が神妙な面持ちでメモを見返す。
「俺が絵を描ければ一番だったのかもしれないが……」
「これだけだと何とも言いにくいですからね」
「お前から見て、これは自分の子だ、って女子はいるか?」
吉川が背筋をビクりと震わせた。
「そ、それは、私と黒田くんの間に生まれる子どもってこと?」
「そうだけど?」
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