第12話 お父さんのひと夏の激エモエピソード(偽)
「俺もう何かしちゃったの? 待て待て。まず俺に幼馴染がいない以上、そんな過去はありえないはずだ」
「パパ、こっちにあるパンケーキ分けてあげるからさ、もう認めて楽になりなよ」
「お父様。お父様のお父様とお母様……つまり、
うん。
俺のリアルの両親が聞いたら泣いて喜ぶんじゃないかな。「高校どれだけ休んでもいいけど生きている間に孫の顔だけは絶対見せろ」ってうるさかったし。
「多分アレだね。中二の夏休みぐらいに何かやっちゃったパターンだね。どっちかの部屋で宿題して、ふとしたきっかけでどちらからともなく貪るようにお互いを求めあって汗だくになってさ、事後には少し気まずそうに二人で安い棒アイスかじってぬるい麦茶を飲むの」
何だろう。
お父さんのひと夏の激エモエピソードを具体的に捏造するのやめてもらっていいですか?
もう二度とそんな夏が巡ってこないことが心に突き刺さるから。
「このゲーム、やめてぇ……」
脱力して椅子に体重を預け、エナドリを煽る。
結露で汗をかいた缶が、先ほどの
いや、断じてあんな出来事は起こっていないのだが。
でも見えちゃうんだよね。
ベッドの側に置かれた低い丸テーブル。
机と床に散らばった宿題と文房具。
微妙に効きが悪いエアコン。
疲れを知らずに鳴き続けるセミの声。
暑さと疲労と騒音に判断能力を狂わされた思春期の男女の身体が折り重なり……。
いや、疲れで思考が狂わされているのは今の俺の方か。
ありもしない思い出を脳内から追い払うように首を振る。
「そういえば、実況者が憔悴していく様子もゲーム実況の見どころの一つらしいよ。良かったわね、パパ。私が思っていたのとは違っていたけど、撮れ高ができたじゃない」
「お前らが存在しない俺のエピソードを頭から消してくれたら完璧なんだけどな」
一息つくと思考がまとまってきた。
「
「明らかにゲームとしての特権を使っている感じのキャラですね。とはいえ、クリアさせる気がゼロというわけでもなさそうですが」
俺と菫が話している裏で、
「このゲームのヤバさは想像以上みたいね」
「ですね。私たちが少しとはいえ干渉できるように、あのヒロインたちも用意されたシナリオに従って振る舞うだけのキャラではなさそうって思わせることが吉川さんの一件以来続いてる」
「向こうの出方によっては、内輪で揉めている場合じゃなくなるかもよ、結二」
真剣に話している様子だが、何を話しているのかまでは聞き取れなかった。
ともかく、ゲームは終盤を迎えつつある。
どうあれ決着は避けられない。
「休憩終わり! まだ何かやらかすつもりなら準備しとけよ」
「ふむ。こうなれば吉川さんに『自分は毎日こう……アレ……致さないと生きていけない変態だから付き合ってくれ』と迫るしかないかもしれませんね、恥ずかしいですが」
「誤解だからね? その技だけは絶対使わないでね? 俺まだ一年以上高校生活残っていることも考えて!」
そもそも菫って小六でしょ?
あんなこと人前で堂々と言っちゃう教育をした親の顔が……あ、片方俺だっけ?
もう片方の親にも大きな責任があると思います。
誰か分からんけど。
冬休みが終わり、再び学校が始まる。
色々あったとはいえ、吉川や桃山との会話イベントが発生していることに少し安心した。
ヒロインたちが、俺の記憶にはない俺からの熱烈な各種メッセージに言及しているところを見るに、どうやらあの娘たちが何か工作しているのは間違いないだろう。
あいつらの部屋にはSNSのメッセージや手紙を送るための装置でもあるのだろうか?
熱心な工作のおかげか、一月末から二月頭にかけて自然と各ヒロインからバレンタインに関する会話を引き出すことができていた。
先陣を切ったのは意外にも
放課後の図書室っぽい場所で控えめに会話を切り出した。
『そろそろバレンタインデーですよね? 今年はバレンタインに学校に来るんですか?』
「もしかして学校に来るなと言ってらっしゃる?」
クリスマス辺りから風当りが強い。
バレンタインといえば、そういや去年は学校行かなかったな。
夜に対戦型のゲームを配信しながら「俺が勝ったらチョコ代恵んでくれ~!」と喚き散らしていた記憶がある。
渋々数人の視聴者からチョコ代を巻き上げたんだっけか。
実物のチョコを貰う方が良いのはもちろんだが、事務所とかに所属していない俺としては住所を晒すリスクとか隠す手間とかの問題があるのでこういう形式を採用したわけだ。
『いやいや、そういうことを言っているわけではなく』
『吉川さんは去年どうだったの? 誰かに渡した?』
「お父様! 呑気に尋ねている場合ではありません。土下座する勢いで頼みこまないと!」
チョコを貰うことが目的になってしまっている。
チョコをあげるのは表現の手段なのだが。
まあ、ここで外野から眺めているから冷静に指摘できているだけなのかもしれないが。
『私は友チョコを少し……という感じですね』
地味な女子ではあるが、やっぱ普通に友達いるんだな。
ゲームとしてはほとんど描写されていないだけで。
吉川さんが少し身じろぎして、
『あ、あの、今年は……』
『今年は?』
ゲーム内の俺が聞き返すと、吉川さんは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
あー、これは今年チョコをつくってあげます的なやつか。完全に理解した。
『あ、いえ、今年は去年より集まるといいですね!』
そう言って走り去ってしまった。
去年ゼロだが?
ゲーム内の俺なら自称幼馴染の陽津辺から貰っているかもしれないが。
「ポジティブに解釈すればまだまだ可能性はありますね」
解説の菫もクリスマスほどの絶望は味わっていないようだ。
好意的に解釈すれば「私が作ってくるから去年よりは多くなりますよ。
安心してください」と言っているようなものだからな。
でも、クリスマスの前科があるから油断ならない。
続いて
最近は大岡部先輩の仕事の手伝いをしてバイト代を稼ぐスタイルにシフトしていたので、今回もバイトの帰りなのだろう。
街中を歩きながら、
『もうバレンタインの季節なのね。ここまで広告が多いとうざったく感じるわ』
「あー、女子からいっぱいチョコを貰う系女子?」
長髪をかき上げながら、
『それもあるけど、周りの男子がうるさくなるのが一番ウザいわね』
「おっと、これはあまりチョコくれアピールしない方がいいパターンかな? チョコをたくさん貰うのなら、口直しのための紅茶やコーヒーの類をこっちからプレゼントするのもアリ?」
大岡部攻略のために釈茶が思考を巡らせている。
大岡部先輩が大人な笑顔を浮かべた。
『ところで黒田くんは誰かから本命チョコをもらう予定ってある?』
「釈茶! 審議!」
俺一人で決めてもよかったが、せっかくなので応援を頼むと力強い返答が返ってきた。
「任せなさい!」
数秒の間をおいて、
「どうせ陽津辺って人がチョコを渡しにくるのは目に見えているし、隠すのは無駄。バレンタインは世界的に見れば男から女に渡すのも普通だから……」
「つまり?」
「予定はある、と言っておけばいいのよ! 間違っても『食べきれなくなったやつください』とか言うんじゃないわよ?」
二択の返事だと面白みに欠けると思って頭の片隅に用意していた思考を見抜かれていた。
マイクに自信を乗せて叫ぶ。
「あるね! 大いにあるとも!」
大岡部が一瞬だけ瞳をキラキラと輝かせてから、すぐに真顔、いや、少し悲しそうな表情になった。
「釈茶! 今の何?」
「こっちが聞きたいわよ!」
『バレンタインの日に一つ頼みたい仕事があったのだけれど……』
「それ、放課後だけじゃ足りないやつ?」
『いえ、恐らくそれほど時間は掛からないと思うけど、まだ確定の案件じゃないから。当日の気分次第って感じね。それじゃ、お疲れ様』
大岡部先輩とのイベントが終わる。
「さっきの反応はどっちなの? セーフなの? アウトなの?」
「難しいところね。祈るしかないかも」
最後は
直前になって会話イベントが発生した。
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