第13話 バレンタインデー
「あっぶな~。当日まで会話なしかと思った」
『おっす、だーろくパイセン。ナイスタイミング!』
「何がだよ」
『明日バレンタインじゃん? あたし友達多いじゃん? クラスで義理チョコも配らなくちゃじゃん?』
「あ~、分かる」
結二の声にはしみじみとした実感がこもっていた。
しかし、俺には何が分かったのかさっぱり見当がつかない。適当に相槌を打つ。
「おう、頑張れよ」
何かを掴むような効果音とともにセリフが表示される。
『買い出し手伝ってくださいよ! どうせ今日暇なんでしょ?』
抗議したかったが問答無用で背景がスーパーマーケットみたいな場所になった。
鼻歌を歌いながら材料をドカドカ購入していく。
メインの仕事である荷物持ちをさせられてそのまま
「あれ? よく考えると女子の家に行くの初めてじゃね? 大丈夫? 親と遭遇してデッドエンドとかにならない?」
『まだ仕事から帰ってないから誰もいませんよ』
家族が誰もいない桃山の家といえば、少し前の正月での出来事が思い起こされた。
かつてない事態に、ガヤも盛り上がっていた。
「父さん、さっさと回れ右しなさい!」
「そうですよ、お父様。過ちが起きてからでは遅いのですから!」
「抱けぇ! パパになれ!」
ほのぼのとしたBGMの方が場違いのように思えてきた。
背景はキッチンなので桃山の部屋にまでは踏み込んでいないようだ。
『もう少し手伝ってくれたら、どうせ幼馴染チョコしかもらえない可哀想なパイセンに出来立てのチョコを恵んであげてもいいんですよ?』
「え、チョコって冷蔵庫で長時間寝かせるイメージがあるんだけど、つまり今日泊まっていけってコト?」
次のテキストが表示されるまでに少しラグが生じた。
桃山の顔が真っ赤になり、
『そこまでは言ってないじゃないですか変態先輩!』
ついに家から叩き出されてしまった。
「パパ? 何か言い訳は?」
「桃山の親が帰ってくる前に撤退できたから結果オーライじゃね?」
「親に挨拶する覚悟ぐらい決めておきなさいよ! 甲斐性なし!」
センシティブなシーンはないと宣言されているが、相手の両親に挨拶に行くシーンがないとは言ってないということか。
普通に考えてありえなくね?
過ぎたことは仕方ない。
ともかく、三年生になるまでの最後のギャルゲー的に大きなイベントなのだから、ここで全てを決めなければ後が怖い。
教室ではバレンタイン特有のモブキャラ男子たちの浮かれた会話や怨嗟に満ちた会話などが展開されている。
背景が廊下や体育館などに変わって時間経過を感じさせるが、特に誰からもチョコを貰うことなく放課後になってしまった。
「あー、放課後が本番のパターンね」
朝一から桃山辺りに渡されると予想していたのだが、まだチャンスは残っている。
ゲーム内の俺くんも諦めきれないのか、勉強の予定もないのに図書室に入っていった。
少し勉強する描写が挟まり、
『黒田くん、ここにいたんですね』
まずは
『黒田くん、今日の調子はどうですか?』
これは明らかに体調を聞いているのではない。
バレンタインの戦果について聞いているのだ。
「全然かな」
『今日は
そういやアイツ見てないなと思っていたが、休みだったのか。
特権的なところもあって不気味なキャラだとは思っていたけど、突然欠席されると少し心配になる。
体調崩すとか、少し人間味のある一面もあるんだな。
『そんな黒田くんに、コレ』
軽くラッピングされたチョコクッキーのイラストが表示された。
吉川が照れたように笑う。
『友チョコ作り過ぎたので……』
「要するに余りものじゃねーか!」
「そ、そんな……! やはりどこかで押し倒しておくべきでしたか?」
俺と
『ありがとう』
『黒田くんのバレンタインの本番はこれからだと信じていますので、頑張ってください』
「ん? 本番はこれからってどういうことだ?」
「どうやら、菫が生き返る可能性は途絶えてしまったようですね……」
お通夜のような空気になっていたところに、引き戸が力強く開かれる効果音が響いた。
『だーろくパイセン、こんなところにいたんすね! あっ、ヨッシーもいるじゃん。てことは、もしかしてパイセンにも春が来ちゃった?』
『あはは。私のは作り過ぎて余ったやつだから、そういうのじゃないよ』
『てことはやっぱり本命チョコを誰からも貰えてない哀れなパイセンってことなんですね?』
「この流れは、まさか?」
「勝ったわね」
結二が他の二人に早くも勝利宣言をしている。
『ここに一個チョコがあります』
「それで?」
桃山がニマニマと腹の立つ笑顔を浮かべた。
『このチョコを、本命扱いであげてもいいっすよ?』
何とも遠回しな言い方だ。
真意を問いただそうとしたが、新たな乱入者に発言を阻まれた。
『つまり、黒田くんは誰からも心からの本命チョコを貰っていないってワケ?』
ミステリアスな雰囲気を纏うこの声の主は、
「
この前の話だと、俺に頼みたい仕事があるとかないとか。
『一つでも本命のチョコを貰っていたら仕事を依頼しようと思っていたのに』
『ん? パイセンの努力次第でこのチョコが本命になるって話をしてたんだけど』
『桃山さん、それではダメなのよ。そのチョコは元を辿れば別にどうでもいい手作りチョコなワケでしょう? それでは私の気分が乗らないのよ。全力を出せないというか』
澄ました顔でつらつらと喋る大岡部に対して、桃山が少し引いた表情を見せた。
『前にその話聞かされた時はこの先輩ヤバいなと思ったけど、マジ筋金入りっすね。バリカタ、みたいな。ヨッシーもそう思うよね?』
吉川がメガネのつるを両手で上げながら同意する。
『はい。しかし、それを言うならハリガネかと』
ラーメンじゃなくてチョコの話をしてもらっていいっすか?
もしくは大岡部から聞かされた例のヤバい話でも可。
『ふむ。とにかく、今の状況だと仕事を頼む気にはなれないわね。私の本命チョコを受け取る仕事を任せられると思っていたのに。これじゃ他の知り合いの男子を探さないといけないわね』
それ仕事なの?
「えっ。てことはウチが生き返るチャンスも潰れたの? 我が親ながら……我が親じゃないかもしれないけど全く思考が読めないわね」
「おいおい、どうなってんだよ。いや、まだゲームは終わっちゃいねぇ。桃山の条件次第では……」
桃山の表情に小悪魔が宿る。ピンクの唇が愉悦に歪み、
『だーろくパイセン、■■■しましょう。今すぐ! ここで!』
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