第9話 親子の絆
「パパ! 私のことを無視するっていうのなら、こっちにだって考えがあるんだからね!」
「お父様、既にクリスマス目前の季節。ここを逃せば状況は悪くなる一方です。ご決断を」
「考え直したんだけど、ウチもここでの告白に賛成。振られるなら早い方がいいじゃん。まあ、成功したとしても、そこで成功体験を積んでおいて難易度高そうな本命に挑むってワケ」
さて、今のところ、二人きりのクリスマス会に賛成しているのは
一方、
威勢はいいが、具体的に何かできるとは思えない。
あいつらの役割は自分たちの親となる人物を特定して、俺に指示を出し、自分の親を引き当てさせることだ。
この空間では俺が座っているゲーム部屋と三人がいる観客席は見えない壁で仕切られているため、俺への物理的な妨害は不可能。
だとすれば、後はせいぜい他の二人を徹底的に妨害するぐらいだろうが、結局ゲームをするのが俺である以上、あまり大きな成果は挙げられないだろう。
つまり、脅威ではない。
多数決に従ってクリック。
『いいよ。二人だけでやろう』
返事を聞いた吉川がメガネの奥の目を大きく見開いき、顔を赤らめた。
ギャルゲーにありがちなリアクションではあるが、返答を聞くまでは安心できない。
『はい。嬉しいです。……詳細はまた後日考えてきますね。まずはテストを頑張りましょう』
約束を取り付けられたことに安堵する。
「やりましたね、お父様!」
「そうきたかぁ。ウチとしては予想外の展開だったかな。振られると思ってたし」
比較的余裕のある声音の二人。
「ふーん、パパそういうことするんだ。……ごめんね? 二人とも」
怒りでも悲しみでもなく、侮蔑でもない。
ただひたすらに冷たい声。
ただならぬ空気を感じて椅子ごと振り返った。
「結二、暴力だけはマジで……」
困惑して声が詰まった。
陽キャがいない。
しかし、頭数が減ったわけでもない。
観客席側の元々の暗さだけでなく、彼女が発している負のオーラが金髪の輝きすら封じているようだった。
対照的に、細められた目の奥の瞳だけは野心のようなものでギラついていた。
底冷えのする笑顔を貼り付けたまま、微動だにしない。
他の二人も浮かれたムードを納めて少し距離を取っている。
「安心して、パパ。ここで死んでもすぐに生き返ると神から説明されているの。だから、無駄な暴力になんて頼らない。ただ、私が二人に向かって宣戦布告しただけだから」
目の前で流血沙汰にならないのは良いとしても、宣戦布告の意味は分からん。
ついでに、なぜここまで強気でいられるのかも分からない。
他の二人も結二に感化されたのか、表情が引き締まった。
野性味のある笑顔で釈茶が応える。
「ようやくウチらの戦いが始まるってワケね。ま、言われなくてもウチもそろそろ仕掛けようと思っていたところだけど」
続いて、年上の二人を前にしても、臆することなく菫が言い放った。
「お二人が手をこまねいている間に、天が味方してくれました。というわけで……お父様、これからのスケジュールは勉強と休息だけを選択してください。それこそが勝利への最善手であると進言いたします!」
小六の娘と聞いていなければ思わず頷いてしまいそうになるほど威厳のある声だった。
頬の辺りが少しピリピリしている。
それはそれとして質問をぶつける。
「何で運動とバイトはダメなの?」
「これまでの結果を鑑みるに、運動とバイトでは吉川さん以外の女子とのイベントが高確率で発生します。何度も会う人を好ましく思う心理――単純接触効果を利用しない手はありません」
「おー、すげぇ頭良さそうな話だ」
思わず納得しかけたが、意義申し立てが横から差し挟まれる。
「クリスマス会ってことはさ、プレゼントを何か用意した方がいいんじゃない? でも、今の所持金だと心もとないでしょ。ここはバイトじゃない?」
釈茶の意見も現実的なものだ。
あれだけ大見得切った割には特に何も言って来ない結二を一瞥する。
視線を外した瞬間、死角をつくように、
「パパ、ああいう地味だけどおっぱい大きい女の子、好きなの?」
こ、こいつ……そうきたか。
でもこれギャルゲーだよ?
最終的に全ルート攻略とかするのが礼儀みたいなジャンルよ?
「お、お前なぁ……」
こちらが日和った隙を見逃さず、
「それとも、ヤれるチャンスがあれば飛びつくだけ飛びついて、あとはヤり逃げするタイプ?」
スゥゥゥゥーーッ。
娘にこんな説教をされる日が来るとは。思わず呼吸が変になってしまった。
呼吸を落ち着かせるために深呼吸してからエナドリを飲む。
「ありがとう、結二」
「へ?」
女子三人の殺伐とした空気が崩れた。
「お前のおかげで大切なことを思い出したよ」
女子三人が困惑した表情でアイコンタクトを取り始め、首を小さく横に振る。
「この手のゲームの実況ってのは、キャラが出揃ったら自分の推しを視聴者に宣言して進めていくのが基本だ。でも俺は生き返りがどうとかいう話のせいでそれを忘れてしまっていた」
菫が怪訝そうに、
「……では、今から推しを公言する、と?」
「違うね。それをやるには遅すぎる」
釈茶が不満を隠さずに尋ねてきた。
「じゃあ、何だって言うの?」
「俺は当然、撮れ高を優先する!」
女子たちが再びアイコンタクトで会議を開く。しかし、結論は出ないようだった。
「ゲームと現実は別問題とはいえ、
「イ、インパクトが足りなくても、それで良いではありませんか!」
菫の反論をかき消すぐらいの声量で叫ぶ。
「ゲーム実況をやれと言われているんだ! だからこそ、このままじゃダメだね! 神が最後にどう言うかは知らないが、このまま守りに入ったプレイングを続けていいわけがない!」
菫が言葉を失ったように硬直し、やがて顔を伏せた。
ソファに倒れ込む菫の肩を支えながら、釈茶がこちらを睨んだ。
「父さん。ここで自棄になって娘を泣かせるなんて見損なったわ。……で、具体的に撮れ高って何? 童貞エンド? それともハーレムルートでも目指すわけ?」
「いや、実はそんなに考えていない。俺、計画的にやるの苦手なんだよね。その場の勘で動くタイプだし。童貞エンドはただのバッドエンドだから論外として、安易にハーレム目指すのも何か違うんだよな。ギャルゲー的にはそれが一番難易度高いやつなんだろうけど」
実は半分は嘘だ。
今のところの撮れ高は考えてある。
それは、一番チョロそうな吉川はこっちから振って、残りの二人のどちらかを攻略するというものだ。
しかし、ヒロインを振るとなると今の比ではない混乱が予想されるため、ギリギリまで引っ張らなければならない。
釈茶が呆れるように息を吐いて、
「ちょっと結二、黙ってないでアンタからもこの馬鹿に……」
結二は相変わらず笑顔を貼り付けたままだった。
しかし、数分前のような凍てついた感じではなく、今は菩薩のような穏やかさだった。
金髪と照明の位置関係が変わる度に、光背まで見えそうな気もした。
「アンタさぁ、いくら父さんが想像を突き抜けるほどの馬鹿だからって、脳死全肯定オタクみたいな慈愛に満ちたスマイルを浮かべるのやめてもらえます?」
「私は嬉しいだけなの」
「嬉しい? 何が?」
娘たちの口論を眺める。
陽キャがいきなり清楚キャラに変わってて何も言えねぇ。
逆に怖い。
「私ってやっぱりパパの子だったんだな、って思って」
「どこにそんなポイントが?」
思わずツッコまずにはいられなかった。
結二が優しく、とても優しく口を開く。
「撮れ高、欲しい?」
欲しいに決まっているし、さっき全力で主張したのでここではノーコメント。
あまり軽率に乗っかってはいけない空気を感じる。
汚染された願望機、あるいは、重大な代償を伏せて交渉を進める契約の獣、と言った趣だ。
敵の敵は味方。
釈茶にも意見を求める。
今までになく困惑した表情の釈茶が首を左右に小さく振り、話し合いが終わった。
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