第8話 「■■■、しよ?」
入れ替わるように
スタイルの良さを生かして露出度の高い水着を嫌味なく着こなしていた。
セレブがつけていそうなサングラスと、フルーツが刺さった飲み物のグラスも似合っている。
『学校の人たちと夏休みに長期間過ごすなんて、小学校以来ね。あの時は確か、女子の友達と家族ぐるみで海外旅行に行ったんだっけ』
「海外行くような金がないやつが相手で悪かったな」
『責めているつもりはないのだけど』
しなやかな指を顎に当てて、
『あなたって不思議な人よね。会う度に印象が変わるというか、掴みどころがないというか』
「割といつも同じ感じだと思うが?」
『人は誰しも大なり小なり秘密を抱えているものだし、お互い様ってところかしら』
秘密? コイツも何かあるのか?
思案する俺とは対照的に、ゲーム内の俺は呑気なセリフを言っていた。
『とりあえず泳ぐか!』
時間が経過したようで、背景が夕方のビーチになる。
水着の上から服を羽織った
着やせするタイプらしく、普段の地味な外見からは想像できないグラマラスな肢体を少しだけ覗かせていた。
『明日には撤収ですか。早いものですね』
『楽しかった?』
『はい、とても』
うーん、めっちゃ普通の会話。
『ここのところ、よく学校に来るようになりましたよね。高校生としてはそれが普通なのですが』
「中等部の時も普通に通ってたけどな」
ふと、吉川の表情に影が差した。
何か曇る要素ある?
『出席してくれることはありがたいですし、学校だけでなく、こうして夏休みにも声をかけていただけることもありがたいのですが』
『ですが?』
「え? もう学校来るなって遠回しに言われちゃってるんだが? 半分他人事だから笑いが止まらねぇ! ファーッw」
大爆笑していると、背後から反省を促す声が飛んできた。
とはいえ、全て薄っすらと笑いを帯びていたが。
「一番チョロそうなヒロインに学校来るなって言われてるのヤバいでしょ! パパ、自覚もって心を入れ替えなさい!」
「学校が舞台の恋愛ゲームで学校来るなは面白すぎでしょ。ゲーム制作者と実況している父さんのどっちを褒めればいいのか分からないけど」
「お父様、すいません。
笑っている間にも会話が続く。
『いえ、その、少し差し出がましい話なのですが、ちゃんと休まれているのかと心配になって』
ああ、高校入ってしばらく不登校生活をしていたやつが急に毎日活動し始めて大丈夫か、的な質問って感じか。
「心配してくれてありがとう。夏休みだし、ガッツリ休んでいるぜ。何なら宿題なんもやってねぇ」
吉川が少し驚いたような表情になり、次いで顔を赤らめた。
『あっ、そうですよね! 休んでいるから休んでいるんですよね! 変なことを聞いてしまいました。恥ずかしい……』
「え? 何? 俺何か変なこと言った?」
振り返って娘たちに視線で尋ねたが、誰一人として真意を理解できていないようだった。
背景が室内に変わった。
窓の外が暗くなっていることから、更に時間が経ったことが分かる。
薄手のピンクのキャミソールという無防備極まりない出で立ちだった。
『おっす、だーろくパイセン! まだ元気?』
『ガッツリ昼寝していたお前と比べるとどうだかな』
『じゃあまだイケるってことで、あたしの部屋で夜通し■■■しよーぜ!』
テキストにデカい黒塗りの伏字が現れ、読み上げているフルボイスでも該当部分にはガッツリ、ピーッという自主規制音が掛けられていた。
あまりの不意打ちに思わず叫んでしまう。
「もしかしてセンシティブなやつですか! いきなりそういうのやめてマジで。隠す素材もないんだからさぁ」
観客席側からも悲鳴が上がる。
しかしながら、俺たちの混乱を無視してゲームは続く。
『明日撤収作業あって朝早いからな』
桃山がニヤリと笑う。
『もしかしてパイセン、■■■に自信ないんですか~? 後輩女子の超絶テクに恐れをなして逃げるつもりですかぁ?』
いわゆるメスガキ的な生意気そうな声音。
「え、これ本当に全年齢対象なの? 俺は心が汚れているからこの三文字の伏字が全部アレな単語にしか見えないんだけど!」
「パパ、サイテー!」
「お父様、猛省」
「やーい、童貞~」
「お前らがいる時点でどこかで童貞卒業することが確定しているはずだから童貞煽りだけはダメージ少ないぜ! 卒業していない可能性もゼロじゃないのが怖いけど」
醜い争いをしている間に、ゲームの方では
『桃山さん、個室で二人きりにならないという約束でしたよね?』
『ケチ~』
『私だけならお目こぼししてもいいのですが、大岡部さんがここの管理者と交わした約束ですので、ご理解ください』
『ん~、それなら仕方ないか。それじゃあ、■■■はまたの機会ってことでヨロシク!』
伏字のセリフを聴いても、陽津辺は平常運転のままだった。
センシティブ耐性が高いのか?
ゲーム内の俺くんもほぼほぼ無反応だったし、ヤバいなこのゲーム。
ともかく、これで夏のメインイベントは終わった。
同じように、近付いているのか離れているのか分からない距離感のまま学園祭や修学旅行などの秋のメインイベントも終わった。
陽津辺にやんわりと提示されている期限は二年の終わり。
それまでにカノジョができていなければ、バッドエンド行きだろう。
ここまで来ても、自称娘たちは母親が誰なのかに確信を得られていないが、前回の予想からの変化もない。
季節は移り、二学期の終わりが近付いてくる。
ちなみに、大岡部先輩も俺と同じように内部進学をする予定とのことで、受験シーズンだからと言って疎遠になるということはなかった。
キャラの立ち絵もすっかり冬服になっているが、適温を保たれたこの部屋ではその寒さを共有できない。
ただ、冬の刺すような寒さとは別の緊張感が部屋にジワジワと生じているのは否めない。
クリスマスとバレンタインデーはもはや恋人の季節とも言うべき存在であり、恋愛シミュレーションゲームとして無視できない存在だ。
大岡部先輩の場合はまだ卒業式というイベントも残っているだろうが、事実上この二つのイベントが俺たちに残されたチャンスってわけだ。
誰に告白するのか。
そもそも告白したところでオーケーされるのか。
最大の難局は、吉川の方から期末テスト対策の手伝いを申し出てきたことから幕を開けた。
それは、ファミレスでの一対一の勉強会がお開きになりかけた時のことだった。
『黒田くんはクリスマスに予定とかありますか?』
「ないけど」
ゲーム内の俺が何か言う前に即答してしまった。
ゲーム内世界との矛盾があれば基本的には予め用意されていたセリフが出てくるはずなのだが、問題なく俺の発言が採用された。
どうやら俺はゲーム内でもクリスマスに予定がないらしい。
厚い信頼を置いていたとはいえ、我ながら日本的クリスマスに縁がない人間だ。
内密にしたい話なのか、立ち絵がスッと近付いてきた。
ボイスも小声になっている。
『テストが終わった後に、クリスマス会でもしませんか?』
どう答えようかな、と悩んでいると、二つの選択肢が現れた。
一、『いいよ。桃山さんや大岡部先輩も誘おう』
二、『いいよ。二人だけでやろう』
これまでも会話中に選択肢が表示されたことは結構あった。
しかし、今回ほど、これからの関係性に直球を投げ込むものはなかった。
神は言っている。
ここで選べ、と。
まあそれは幻聴なのだが、娘たちからどちらを選ぶかについての怒号を浴びせられることになった事だけは間違いない。
以上、一部の省略を含みつつもクソ長い(現実逃避も兼ねた)回想終了。
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