第7話 娘たちの推理
「お前らの母親候補って見つかったの?」
俺の予想に反して、自称娘たちの反応は芳しくなかった。
というか君ら、ゲーム眺めているだけなのに何か疲労困憊って感じじゃない? 気のせい?
「一番年上だし、
長い足を投げ出し、ソファに沈みこんでいた釈茶が、クッションを抱きかかえたまま考えを述べる。
「母さんに関する記憶がほぼないから、名前や体型、性格とかから推定していくしかないのよね。正直、キラキラネームは誰でも可能性があるの。大岡部先輩は実家が強いから止めるかもだけど逆に採用しそうでもあって分からない。他はまあ……というか、父さんと結婚している時点で、ね」
「俺ェ? キラキラネームつける趣味とかないが?」
「配信で名前を募集しま~す、とか言い出しそうだし」
恐ろしい。その可能性を否定しきれないところが。
「うん、ごめんな。とりあえず続けて」
「今のところは、パパ活繋がりとかで
声音からあまりやる気を感じなかったので茶化してみる。
「お前、第一志望の会社の面接でもそういう態度で臨むつもりか?」
釈茶がニヤリと笑った。
薄暗い観客席側の照明の下では、どこか捕食者のように見え、少し圧倒された。
「ウチ、父さんが自己アピールの優劣程度で娘への待遇をコロコロ変えるとは思ってないから。それぐらいの信頼はあるの」
「攻略対象を絞ったところで、お父様が攻略しきれるかどうかの問題もありますからね。保険は多い方が宜しいかと」
「パパの力量を考えると猶更、今の段階で一人に絞って猛アピールしていくべきじゃないの?」
褒められているのか貶されているのか分からねぇ。
「今回は年齢順ってことで、次は
ポッキーで空中に円を描きながら考えを纏めていく。
「私の中では百子ちゃん一択ね。あの明るくてエネルギッシュな性格が自分に似ていると思うし。正直、他の二人はあまり性格が合わなさそう」
妥当な分析だと思うが、それでも確信には至ってないらしく、眉根を寄せて唸っている。
「でも、何かしっくりこないんだよね。言い慣れてないというか。
「ダメじゃねーか! はい、最後、菫」
他の二人とは違って、ソファに正座して居ずまいを正した。
「大岡部さんと吉川さんで迷っていますが、吉川美鈴という名前が菫と半分以上被っていますし、何より成績の良さ、知性に遺伝子を感じたため、吉川さんが第一候補です。残った桃山さんですが……」
言葉が途切れた隙を狙って、結二が言葉をねじ込んだ。
「あの体型とは程遠いから仕方ないかもね」
あの体型。
つまり、桃山のロリ巨乳体型だ。
バストに絞った話をするなら一理あるが、結二と釈茶は桃山より身長が高そうなので逆に可能性低そうな気もする。
菫が自分と他人のサイズを見比べ、咳払いをした。
「んんっ、菫はまだ小学六年生。バインバインになる可能性は十分あります」
「でもあんまり大きすぎない方がそのファッション似合うと思うけどなぁ」
「それはまあ、そうですが」
話が大きく逸れそうだったので軌道修正を試みる。
「整理すると、今のところは結二と桃山、菫と吉川、釈茶と大岡部が対応している可能性が高いってことか。問題は、まだ様子を見るか、誰か一人に絞って行動していくかだけど」
話の流れ的に、大体の意見は分かっているつもりだ。
「お前らも確信を得られてなさそうだし、もう少し様子を見た方がいいだろう」
異論がないことを確認してディスプレイの方に向き直る。
ゲームを再開させてステータス上げを眺めていると、後ろから娘同士のやり取りが小さく聞こえてきた。
「このゲーム、ヤバくない?」
口火を切ったのは結二。釈茶が同意する。
「神が作ったゲームとかいうのだから何かあるとは思っていたけど、予想以上だったわ」
「ていうか、男子ってホントアレよね」
「言いたいことは分かるけど、そこはもう慣れるしかないんじゃない?」
男子って俺だよな?
でも、あいつらなら俺のことを父親扱いしてきそうだから違うのか?
俺に直接クレームをぶつけている空気でもないので聞こえていないフリをしつつ、ゲームに対して適当にリアクションを取っていく。
ゲーム内では夏休みの予定がトントン拍子に決まっていくが、俺の意識の半分は後ろの会話に割かれていた。
「何度も経験しましたが、未だに慣れないものですね」
菫がため息交じりに呟き、釈茶が労う。
「お疲れ。慣れる必要はないって。このゲームが終わるまでの辛抱だし」
「ですね。ああ、頼まれていた情報のチェック結果は向こうのメモにまとめてあります」
シーッ、と釈茶の小さくたしなめる声がして、
「助かるよ。でも、そういうのはもう少し内密に。何のためにあっちで情報共有していると思っているのさ」
「軽率でした。これ以上不確定要素が増えても困りますからね」
向こうのメモ、あっちで情報共有、不確定要素……? あいつら、何を企んでいる?
「おっと、そろそろ交代かな。ともあれ、お互い頑張ろ?」
「はい。一筋縄ではいかないゲームみたいですので」
また沈黙がしばらく続いて、今度は結二が切り出した。
「菫ちゃん。メモだけじゃイマイチ理解しきれないからちょっと説明してほしいことがあるんだけど、大丈夫?」
「はい。恐らくお父様には聞かれていないようですので」
残念ながら筒抜けなんだな、これが。
明らかに俺から隠したい情報らしいので、三人と会話する時は極力触れないように注意しなければならない。
「このゲームって、こっちには一部の情報しか来ないわけでしょ?」
「はい。詳細は向こうのメモに纏めていますが、これまでの検証で確かめられています」
「それで、私たちが干渉できる時間にも限りがあると」
「はい。重要度の高低に関わらず、ゲームからイベント認定される会話が発生した場合、お父様のターンになって菫たちは干渉できなくなります。メモに書いてありますので、自分が話しかけると高確率でイベントが発生してしまうヒロインには注意してください」
干渉?
ゲームに干渉しているってことか?
いつの間に?
いや、どうやって?
じんわりとマウスを握る手に汗が滲んだ。
平静を装いつつ、会話を盗聴する。
「パパはパパで私たちの要望を最大限聞きながらゲームをしてくれていて、私たちもお互いの動きを探りながら生き返りを賭けたゲームをしている」
一層声が小さくなり、聞き取るのが困難になった。
「でも最近不安なの。直感だけど、コレってゲームの体裁を取ってるけど、やればやるほどゲームじゃないんじゃないか、って思うの。だとしたら、ステータスだとか、フラグとかいうのも意味がないわけでしょ?」
結二の言葉に嗚咽が混じる。
「もしかしたら、私たちは誰一人として生き返れないんじゃないか、って。……うぅ」
菫が優しく囁きかける。
「悲観的になり過ぎないでください。菫たちは菫たちにできることをやるしかないのです」
「ぐすっ……菫ちゃん、めっちゃ頼りになる」
「結二さんも、釈茶さんも敵ながら頼りになります。実を言うと、菫も少し怖いので」
ここは知らぬ存ぜぬを貫き通すのが正解だろう。
その代わり、あの三人が何に干渉しているのかを早く突き止めるべきだ。
後ろの会話に意識の半分を割かれている間にもシナリオはまあまあ進んでいて、既に夏休みも中盤。
大岡部が撮影のために借りたプライベートビーチ付きの別荘地に手伝いとして俺、桃山、吉川、
この期間は一週間丸々、バイトも勉強も運動もなくイベントに充てられている。
前半は主目的である各種撮影の手伝い。撮影関係のスタッフが出入りしなくなる後半がギャルゲー的な意味での本番だ。
海や合宿にありがちなラッキースケベ的なCGも集めつつ、終盤にさしかかって各ヒロインと一対一で話すパートに突入する。
まずやってきたのは謎の幼馴染、陽津辺。
赤い水着に白黒の日傘。
『調子はどう?
こちらの返答を待つこともなく、
『うんうん。言われなくても分かっているよ。禄がこの状況を楽しんでいるってことぐらいはね』
「何も言ってねぇだろテメー!」
絶対俺の言葉を何一つ聞いてなさそうに見える。腹の立つ笑顔だ。
『最近色んな女子に声を掛けているみたいだけど、悩みすぎはよくないよ。そうだなぁ……二年生のうちに決着がつかないと、絶望的な未来が待っている気がする』
露骨にゲームの進行状況の説明っぽいセリフだ。不気味なやつだが、こういうところだけはゲームっぽくて安心する。
片手を挙げた差分の立ち絵が表示され、
『それじゃあ皆さん頑張って~』
と言い残して去って行った。
どこか含みのある言い方だったが、気にし過ぎたら負けな気がする。
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