第23話 崩壊



★ 崩壊




あの日から毎日、

文也に連絡をした。

電話の日もあれば

ラインの日もあった。


長い間、

文也を一人にしてしまった

僕は贖罪のように文也に尽くした。


休みがあれば文也に

お菓子やらおにぎり、

栄養ドリンクを差し入れした。



文也がちゃんと生きてるか

確かめる為に。




何カ月かたった頃、

ようやく文也の口から

ユキに対する悪口が聞こえた。


悲しみ、苦しみ、

憎しみを乗り越え

やっとユキの事を

見返してやる、

きっといい人生にしてやると

言いはじめた。


僕は、その調子だよ!

別れた事を後悔させてやれよ

と文也の髪を

クシャクシャに撫ぜた。



本当にそう思った。



文也ほどユキに

優しい男はいないと思った。

ユキの頑固な性格と

我が儘にこんなにも

大きなハートで支えてくれる

奴は文也ぐらいだと。



ユキはそれをわかってない。

子供が出来ない分、

文也がそれ以上の愛情を

注いでいた事もわかってない。


お前は悲劇のヒロインか。


文也と歩んでも、

いまの世の中は

子供を授かる方法はあったはずだ。


僕の心友を苦しめた

ユキに対して、

サロンを去った日から

やはり憎悪しか残らない女だった。


僕は目に見えていた、

きっとユキの幼馴染みの男も

ユキの我が儘な本性がわかったら

見捨てるに違いないと。


ユキも文也の優しさに

気づき戻ってくると確信していた。


その時に文也の気持ちが

変わっていたらきっと

ユキは必ず奈落の底に落とされ、

自分がした過ちを後悔するだろうと。



僕は近い未来に

その妄想が現実になる事を

予感していた。




文也は日に日に

元の姿を取り戻し、

ようやく精神的にも前向きになり

昔の様なアクティブさを取り戻し始めた。


もう大丈夫だと、

僕も僕自身の生活に戻した。


毎月二回、

サロンに顔を出し

文也に髪を切ってもらっていた。


行く度に文也が

元気になっていくのが

とても嬉しかったし、安心した。


たまに飲みに行ったり、

下北邸に呼んで鍋を囲んだり、

ジュンや龍斗を誘って

焼き鳥屋で文也の

未来について語ったり。


時には、

オーバーザレインボーのイベントや

飲み会に誘い、信仰を深めさせた。


昔、ユキに操られていた時の

ような悪口も言わなくなった。


なんだか昔より更に

心友になれてた気がしていた。


僕の中では人生最大の

最高の心友が文也だと

思っていた頃だった。




僕自身の生活のリズムが

修正された頃、

見えない何かが動き始め

歯車が軋み始めた。



そして遂にその日がきた。



いつものようにサロン営業を終え、

遅めに瞳と下北の街へ出て

酒を飲んでいた。


その日は、

酒が美味かった。

瞳も酔っ払いになりたいと

元々弱いくせに飲んでいた。


携帯電話をみると、

着信があった。


見慣れない電話番号が表示されていた。


都内の番号の始まりなので、

出張中の龍斗が都内から

電話をくれたのかと思い、

掛け直してしまった。


声が聞こえた瞬間、

僕は携帯を落とし

動揺してしまった。

拾い上げ、もう一度声を聞く、



声の主はユキだった。



なぜ今更、

あれから二度と

聞かない声だと思ってたが。


案の定、

幼馴染の男に愛想を

つかされたようだった。



よく今更連絡してきたな。

と思った。



ユキは僕にした事の

謝罪を述べた後、

どれだけ苦しんだか、

辛かったかを

聞いても無いのに話し始めた。


正直、早く切りたかった。



僕は何も言わず聞いていたが、

ユキの言った

ある一言で怒りがこみ上げて、




二度と電話すんな。

と言って電話を切った。




文也がもっと

私を支えてくれてれば

こんな事にはならなかったのに。と。




頭がおかしいと、正直思った。



瞳との美味しいお酒が台無しになり、

瞳に謝り、その日は帰宅した。

相当、イラついてしまった。


帰宅途中に思い出しては、

舌打ちを何度かした。

こんな時に、

イヤホンからは無情にも

ユキが好きだった、

ショパンが流れ始めた。



家に帰るとナオトが居た。


ナオトは連日の激務で疲れていた。

半年前にナオトは

SNSで知り合ったという

彼氏ができていた。


最近では下北と池袋にある

彼氏の家を行ったりきたりし、

見るからに大変そうだった、

仕事との両立で見るからに

イラついているように思えた。



今日は下北邸に帰って来たらしい、

ナオトにただいまを言ったが

返事がなかった。


ナオト、

今日はリョウ君の家には

行かなかったのかい?



と問いかけたが、無視をされた。



傍らにジャミーが座って、

僕に気づきシッポを

ちぎれんばかりに振りながら

寄ってきた。


ナオトは僕の顔を見て

何も言わずに部屋に戻ろうとした。

その態度に少し慣れすぎてしまった、

寂しさと憤慨を覚え、

胸が苦しくなった。



リビングをみると、

食べ残した皿や

開きっぱなしの雑誌が

散らばってたので、

ナオトの部屋に向かって、


おーいナオト、

ちゃんと片付けろよと言った。



ナオトも普段は

ごめんと言いながら

慌てて片付ける子だったから、

まさかの



うるせえな、



の一言にユキの一件も重なり、

僕の地雷も噴火してしまった。



なんだよ、その口の利き方は?



ナオトは溜息をつき

だからうるせえんだよ。



そして、

雑誌を壁に向かって投げ飛ばした。



確かにナオトは

連日の激務で疲れきっていた、

ナオトの顔をみれば

何年も一緒にいる

家族みたいな関係だったので、

一目瞭然だ。



だが、僕にも

その日は心に余裕など無かった。



ナオトに向かって、

喧嘩ごしになってしまった。



ジュンは仕事で終電、

龍斗はゴールデンウィークの

イベントで、

泊まり続きの出張だった。



ナオトは僕の目を睨み、

僕もナオトの顔に

ユキを重ねてしまい

思い切り睨んだ。



六年間の思い出も

全て憎しみに変わるような目を

お互いに向け合ってしまった。



ナオトはうるせえんだよ

何様なんだよと言いながら

部屋に戻った。

僕もナオトに向かい、

やっぱりオマエと住むのは

間違ってたんだなと、

怒鳴ってしまった。



その日の深夜に、

何も知らないジュンや龍斗も

巻き添えにし、

下北邸のグループラインに

取り返しのつかなかい

言葉を送信してしまった。



元々、

だらしなかった

ジュンや龍斗に対しても、

細かい僕は、

そろそろ限界に達していたのだろう、

ナオトに対しての怒りが収まらず





もう、君達と暮らす自信がなくなりました。

次の更新は無いと思ってください。





朝起きてからラインを見ると、

既読が三を表示していた。

返信はなかった。




それから一週間は

廊下で誰に会っても

口を聞かなかった。



ナオトはジュンと

笑いあってる

声が聞こえたけど、

その笑い声さえ

その時は苦痛でしかなかった。


龍斗は忙しい合間にも連絡をくれていたが、


元々、

言い出したら聞かない

僕に諦めたのか、

千尋について行くから

少し考えて反省しろ、と。


ジャミーだけが笑って、側に居てくれた。


その時は心友だと思っていた

文也にも常に連絡をとり

今回の事を相談をしていた。


文也は親身になり

話を聞いてくれたが、

今となってはそれが仇になり

間違いだった事を痛感している。



十日くらい経ったある日、

ジュンが僕の部屋を

ノックした。



ナオトが話しがあるって。

と、一言言い自分の部屋に戻って行った。



僕はナオトの部屋に向かった、

足元にジャミーが付いてきたので

少しよろめいてしまった。

和室の引き戸をノックした。


ナオトの声が聞こえた。

入っていいよ。


僕は引き戸を開けて

足元のジャミーから

ナオトの姿にピントを絞った。


ナオトは、少し微笑みながら


千尋にあんな事言われるとは

考えもしなかったよ。



僕もあんなライン送るなんて

思ってもなかった。

ただ自信が無くなってしまった、

ルームシェアに。


あの日はいろいろ重なって

イライラしてたんだ。

ナオトを嫌いになったとか

そういう事じゃない。



ナオトは、

一つうなづいて

わかってるよと、

俺も仕事で落ち込んで

イライラしてたんだ、

リョウ君とも喧嘩しちゃってて、

千尋にしか当たれなかった。


千尋だから当たってしまった。

反省してるよ、

本当にごめん。

と言い、

目から大粒の涙がながれた。



ついに、

千尋に嫌われたと

思ってしまったよ、

ショックだったライン。



ナオトの瞳から

二つ目の大粒の涙がながれた時、

僕は胸が締め付けられるような痛みと、

自己嫌悪に襲われた。



この子を泣かす事は

もう二度としないと

あの日誓ったのに。。



ナオトごめんよ。



僕はナオトを抱き締め、

頭を撫でた。



ナオトごめんよ、

ナオトごめんよ。

僕は何度も謝った。



みんなとやり直したいと本気で思った。



自分の幼さが、

嫌と言うほど知らされた

十日間だった。

六年間何もない

平和な幸せな時間だったが、

この事が最初で最期の衝突だった。



和室の入り口にジュンが立っていた。

ジュンは良かったねと

言わんばかりの微笑みを浮かべて

僕らを見ていた。



翌日、

何時もの様に仕事から帰宅し

リビングで買って来た弁当を

食べていると、

ナオトが続いて帰ってきた、

僕のお尻にお尻をくっつけて

まどろんでいたジャミーがシッポを

フル回転させてナオトに飛んで行った。


ナオトはジャミーを抱き上げ、

あやしながら真っ直ぐに

僕の元に近寄り、

座った。



ナオト、メシは?



食べてきたよ。


と一言言いった後、

テレビにピントが合っていた

僕の腕を突いた。


僕は好きな女優から

目を離すのがやっとだったが、

突きまくるナオトに、


何?どうした?

と笑った。



俺ね、

彼氏と同棲する事に決めた。

三人に甘えてばかりで

迷惑かけて今回、

千尋に当たってしまって。



僕は自分で言った言葉を心底恨んだ。



ナオト、ごめん、やだ。


ナオトとジュンと龍斗と

ずっと一緒に暮らしたい。



ナオトは僕の目をしっかりみて、


でも、

もう決めたんだ。

彼氏にも話した。


彼氏はずっと、

俺と住みたがっていたから

凄く喜んでくれて、

もう引けないよ。


千尋のせいじゃないよ。


ずっと考えてた事だし、

そのうち遅かれ早かれ

実行しなきゃって思ってたし、

良いきっかけだったんだよ。



僕は突然、

溢れ出た止まらな涙を拭いながら、

嗚咽に変わり、

大声でまるで子供の様に泣いた。


ナオトは


千尋の泣き虫は

爺ちゃんになっても

治らないのかな。。(笑)


ナオトもまた、

涙を流しながら

離れても死ぬまで

千尋は家族だからねと

僕の手を握ってくれた。




二○十五年

五月の暖かい夜だった。


長い様で短かかった

幸せな時間に

幕が降りる瞬間だった。


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