第22話 崩れた日



★崩れた日。




二○一四年夏。




その日、

何か黒いものが動きだした。



下北沢のサロンにようやく慣れ始め、

瞳との仕事が楽しかった。



土地柄が色濃く出るのか、

お客様も奇抜なスタイルを好み

この歳にして日々勉強の毎日で、

スタイリストと言う肩書きは

ついていたものの

仕事終わりにインターン生の様に、

瞳にカラーリングの手ほどきを

教わっていた。



瞳とワイワイ楽しくの

勉強会なので、

苦痛よりむしろ前向きに学んで

楽しかった。



片付けを終わり、

サロンの鍵を閉めた頃には

すでに十一時を回っていた。



明日は休みだ、

瞳は最終受付で入ったお客様が、

最強疲れるお客様だったらしく、

寝たい寝たいと仕切りに

言っていたので誘えない。


龍斗からの連絡を待った。


龍斗はこれから始まる

夏の音楽イベントで毎日が

ブラック企業の様に忙しそうで、

かわいそうになるくらいだった。


が、もともと優しい子なので

誘えばノーとは言わない事も

分かっていた。



仕事、終わったよ!


と龍斗からのラインが

入った頃には時計の針が

十二時をさしていた。


龍斗、渋谷からそのまま

高円寺に出てくれないか?


とラインを送る。


龍斗は案の定、


飲みたい気分?

良いよ、付き合うよ!


と返事をくれた。



下北沢からタクシーを拾い、

高円寺に向かう

電車だと新宿を回るので、

疲れた体には少し面倒だった。



タクシーだと環七を

真っ直ぐに進めば十分程で

高円寺の街に出れる。


龍斗はまだ来て居なかった。



少し深夜の高円寺を

歩いてみようと

南口から商店街を

青梅街道を目指して、歩く。



ゴールデンウイークが終わった

この季節、少し早めに初夏が

来たのか暖かく感じた。


湿気を含んでいるせいもあってか、

長袖のシャツがまとわりつく。




あの頃の事が

フラッシュバックされる。

あれから一年は経つのだろうか。


文也は元気なのだろうか。。

あの日以来、連絡もしてないし、

会ってもない。


文也の顔を思い浮かべようと

ボンヤリと先を見つめた時、

遠くに文也にソックリな顔が

歩いているのに気づいた。


思い浮かべた顔と

前から来た顔が一致した時、

思わず声が出てしまった。



文也!!



下向き加減に歩いていた

その顔はやはり文也だった。


が、文也じゃないみたいに

痩せ細り、疲れきって

青白く力無い声で笑った。



千尋くん、久しぶり。



明らかに何かあって

衰弱している。


文也を見て

まず何か食べさせなくてはと思い、


これから龍斗とごはん食べるんだけど

一緒に来い!


と、半ば無理矢理手を引っ張った。


文也は、

うん、と頷き

涙を溜めながら僕に言った。



ユキと離婚した、と。



文也が正式に性を

男性に変えたのは耳に入っていたが、


ユキと籍を入れて結婚したのは

この時始めて知った。


この一年と少しの間に、

きっとユキと文也は

僕が計り知れないような

夢や希望を見て、

挫折や葛藤と闘っていたのだろうと、

文也のやつれた顔が語っていた。


僕は少し、間を空けて

話しはじっくり後で聞くから

まずなんか食べよう。


久しぶりに会ったから、

僕が出すからさ!


と一言いい、

文也の枯れ枝のような

手首を掴み歩いた。


ちょうど、

商店街のゴール近くにある

深夜まで営業していた

老舗の喫茶店に入る。


文也、

ココナッツカレーが激うまなんだ、

おごるから完食しろよ!



文也はうん、と頷き。

嬉しそうに僕をみた。


もう、

千尋くんには会えないと思ってたよ。


と言い、涙を溜めていた。


僕はそんなことないよと笑い、

先に出てきたアイスコーヒーを

少し照れながら飲んだ。


しばらく無言でお互い

アイスコーヒーを飲み干した。

タイミングがよく、

龍斗からのラインが入って、

ここの喫茶店に居る事を伝えた。


昔、龍斗と知り合った頃には

よく待ち合わせして

ここのカレーを食べたなと、

考えながら、龍斗を待った。


しばらくして、龍斗がみえた。


ドアを開ける音と共に

マスターのいらっしゃいが聞こえた。


龍斗は僕を発見し手を振った後、

横に居る人物を見て

一瞬立ち止まった。


龍斗の驚いた顔を見て、

しばらく沈黙が続いた。


僕と文也は顔を見合わせ

思わず大声でゲラゲラ笑った。


龍斗もつられて笑い出した。



もう、

なんだか言葉なんて

いらないってくらい

三人は空白の時間を

取り戻したかのように笑いあった。


あの日、

僕がサロンを辞めてからは

平坦な日々が続いていたらしく

ユキも落ち着きを見せていた。


文也は笑顔が増えたユキを連れ出し、

沖縄の海へ行ったらしい。



そこでユキにプロポーズした。



ユキは喜んでと。



本当の男になれたようで

充実した日だったらしい。



そんな気持ちもほんの束の間だった。



幸せになれたと思った矢先に、

文也とユキの共通の親友二人が

相次いで妊娠出産をした。



ユキはそんな幸せそうな

親友を目の当たりにし、

自分は経験が出来ないかも知れない

普通の幸せが出来ないかも知れない

という不安と絶望で、

睡眠不足になり

また倒れてしまった。



文也を愛しているからこその

絶望だったんだろう。


ユキの精神は崩壊し、

笑顔を失った。


文也もまた、

そんなユキに対して責任を

感じ自分を責め食事が取れないほど、

痩せてしまった。



愛しあっていたからこその

苦しみだったんだろう。



そんなユキの元に現れたのが、

ユキに思いをずっと寄せていた

幼馴染みの男だった。



文也の前で土下座をし

おまえには出来ない幸せを

ユキにあげたいと

ユキの心まで連れ出してしまった。



ユキも泣きながら文也に別れを告げた。



後日、文也の元に離婚届出が届いた。



それからユキとは会ってないと。



二人の十二年間を、


たったの三カ月で

幼馴染みの男が

奪ってしまった。



ユキの為なら死ねる、

ユキが居なかったら

俺は生きる意味が無い

とまで言っていた文也だったから。。



それから文也は三カ月ほど

サロンを閉めて一人

ソファの上で毎日、

失望に包まれ過ごした。



食事もろくに食べず

風呂にも入らず

このまま死んでしまえと、

願いながら毎朝を迎えた。



僕に今日ここで会った事は、

神がこいつを助けろと

そう言わんばかりの、

偶然だった。


いや必然だったかもしれない。


文也は一週間前に

菓子パンを嚙り、

それからは一リットルの

コーラで過ごした。



さすがに耳が初夏なのに

凍えるように冷たくなり、

死んでしまうのかと思い

そうなると急に恐怖がのしかかり、

ふらふらになりながら

コンビニに向かおうと立ち上がった。


クラクラする身体で

今にも意識を失いそうな時、

名前を呼ぶ僕の声を拾った。


最初はとうとう幻聴が

聞こえたと思ったらしい。


涙で千尋くんが滲んで、

見えなかったと。



この時は文也を守る事しか考えてなかった。




この日、

僕は君を

助けてしまった。



そのまま死んでれば良かったのに。。

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