第13話 さよなら高円寺
★ さよなら高円寺
日曜日、
サロンでの混沌とした空気から
ようやく解放され、家路を急ぐ。
今迄で最高の売り上げを叩き出した日、
一刻も早く支えてくれた
龍斗に報告したくて
無意識に足早になってしまう。
七月の高円寺は既に
夏の終わりに開催される
阿波踊りのお囃子が湿気と共に
何処からか聞こえてくる。
僕の足早が阿波踊りのリズムに重なり、
笑ってしまう。
家に着き玄関を開けると、
思っていた通りに楽しそうな
笑い声が聞こえた。
足元を見ると、
ナオトとジュンの靴が
乱雑に置かれていた。
僕はそれを、
キチンと履きやすい方向に並べ、
ただいまと帰って来た事をアピールした。
奥からは龍斗のおかえり、
お疲れ様が聞こえ、
後を追うようにジュンとナオトの
おかえりのハーモニーが聞こえた。
三人のおかえりが
今日の仕事の疲れを全て浄化してくれた。
本当に三人に出逢えて、良かった。
あの日、
ユキは睡眠薬をたくさん含んで
意識不明まで落ちた。
発見が早かったおかげで大事には
至らなかったが、
精神不安定での鬱病と診断され
しばらくの間、病棟隔離で
治療を余儀なくされた。
文也は毎日、
病棟に足を運んでいた。
あの頃の僕は
文也の気持ちなんて
全然考えず、文也を笑わそうと
ジュンやナオトや龍斗との
幸せな日々の話ばっかりしていた。
自分の話しばっかりだった。
文也の目には僕はどう映ってたんだろうか。
元気をくれる人なのか、
話しを聞いてくれない
馬鹿野朗なのか、
どちらかは文也にしかわからない。
無意識のうちに僕は、
ユキの話から逃げていたんだろう。
ただ今四十二歳の、
この状況が、
きっと後者の方だと答えが出てる。
蓄積され、憎しみにかわり、
復讐になり
この状況が生まれたんだろう。
悪気なくした事が
いちばん、きみを傷つけていたんだね。
いつも僕はそうだ、誰に対しても、
良かれと思った行動が
裏目に出てしまう。
ナオトにも、龍斗にも、ジュンにも。
僕が全て悪いんだ。
精神科に通い始めた。
この前、もらった
睡眠薬が目に止まる。
これ全部飲んだら死ねるかな。
四人でまた笑い合いたいよ。。
夕飯の香りを、深呼吸で確かめると、
手を洗って来いって三人に一斉に叱られる。
ちょっとムッとしたが、
それもまた幸せと感じた。
龍斗がメイン料理でナオトとジュンが
サイドを二品作って、
夕食を囲む。
それにしても豪華な食卓だ。
今日、なんかあったっけ?
三人が何か良からぬ事を企むように
アイコンタクトしながら僕をみた。
んっ?
と、僕は急かした。
龍斗が作ってくれたメインの
チキンガーリック焼きを
食べやすいサイズに切っていると、
龍斗が
味薄かったらこれ、
といって醤油をくれた、
醤油がなくても美味しい。
ジュンがようやく切り出した。
流石頼りになる姉御肌。
千尋さ、ルームシェアに興味ある?
その頃は今みたいに、
ルームシェアなどと言う言葉なんぞ、
あまり浸透してなかったので、
ちょっとの間、動きが止まる。
友達や知り合いと共同生活ってやつだろ?
こんなにね、
ウチら一緒に行動してるなら、
一緒に住んじゃいましょうよ(笑)
とジュンが、軽く言い退けた。
僕はしばらくキョトンとしながら、
動きが止まる。
動きは止まってるが、
頭の中では四人生活の
未来が繰り広げられて、
良からぬ悪い妄想ばっかりを描いてしまい、それを打ち消すように頭を振った。
ダメダメ。
そりゃきっと楽しい、
が、しかし、
共同生活ってそんな単純ではない。
そりゃ楽しいに決まってる、
楽しい事ばっかりだけじゃない
我慢も必要だ。
喧嘩や環境の違いで
不満も出るかもしれない。
いくら仲が良いからって、
無理だよ。
それにこの幸せの時間を壊したくないし、
問題が起きて後悔もしたくない。
それにそれに、
あくまでナオトは元カレ。
龍斗は今カレ。
お前達はそこは良いのかい?
ジュンはニヤリとして、
その元カレと今カレが
ノリノリなんだよねー。(笑)
仕事の仲間との細胞分裂が
僕の気持ちの中でトラウマになり、
どうしても悪い方の考えばかりが
頭を占めてしまう。
とりあえず、
目の前にあるキュウリの漬物を
食べて落ち着こう。
大好きな仲間だから、
余計に失いたくないのだ。
三人はそんな僕の気持ちを
知ってか知らずか、
何処に住みたいかの吟味を始めてしまう。
僕は龍斗とナオトを見ながら言った、
お前達は本当に良いのかい?
龍斗は、
ナオちゃんの事大好きだし
信頼してるから全然大丈夫だよ。
ナオトは、
龍斗をみて
ミートゥーと言ってのけた。(笑)
ジュンはそれを幸せそうな目で見ながら、
僕に肩を突き出してきた。
けど、今は肩に頭突きを
お見舞いしてやった。
でも、辛い時に皆んなが居るって、
憧れるな、って。
考えてみるよ。
とだけ言い、
僕は食卓に並ぶ夕食に気分を戻した。
あの時、
是が非でも反対をしていれば、
ジュンを傷つけずに済んだんだろうな。
ジュンの心が奴に
奪われる事は無かったんだろう。
その僕の曖昧な返事を三人は
了承したとの解釈にしたらしい。
八月の炎天下の中で毎週土日に
三人で集まり
何十件ものシェア物件を内見し、
その夜に、
僕に対してどれだけ素晴らしい物件か
を三人でプレゼンする。
なかなか首を縦に振らない僕に
涙まで浮かべ祈願する龍斗に、
本当に皆んなで暮らしたいんだなと、
僕の心も動き始めていた。
ジュンとナオトも
また一人暮らしの寂しさを僕に語り、
四人で暮らす利点をまとめて僕に説明した。
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