冴えない魔力持たずの官吏の家路
モーター戦車
冴えない魔力持たずの官吏の家路
その男に、
しがない
彼が使えるのは、主に自分に由来しない大気の自然マナ素で、それで軽い
官吏だから、多くはないにせよ、相応に
多くは長く続かず、逃げるか死ぬかしてしまう。ちなみに彼は勤続20年だった。
その日も帰り道近道をしようとして、案の定、どこかの街で指名手配されたか、野盗ですら使えぬと追い出されたか、いずれにせよろくでもない
一般官吏なら死んだも同然だ。
彼らからすれば財布が歩いてやってきた、程度にしかおもっていないだろう。
しかし、官吏はのそのそと、彼らに向かって歩いていく。
「すみませんが、通ります。帰るもので」
4対1、いや
「通りますよ」
す、と人差し指を傭兵くずれの1人の心臓に向ける。
まったくマンナの流れを感じていないからだ。
虚仮威しだ、とひと目で分かったのだ。
だが、
うわあ、と残る二人の
官吏は無造作に、彼らの首のあたりを薙ぐように振った。
彼らは斧を取り落し、首を押さえ、倒れ込み、声が出セずにいる。
まるで陸の上で溺れているかのように藻掻き、やがて二人とも動かなくなった。
掲げた杖が強い光を放ち、
だがその閃光は霧散するだけで、
「なんなんだ」
新たな声。
どちらかと言うと、往来に他人が来ないか見張っていたのだろう。
エルフの男だ。
その美貌は煤け、表情も荒れ、くすんでいるが、目には紛れもない恐怖があった。
額に
官吏は答えた。
「いえね、最近、多いものですから。帰宅ついでの残業でして。はい。
相応に手当がでるものですから」
「そうじゃない。アンタは何ら
あんたは都市維持に
からっけつじゃないか。一体どうやってこいつらを」
「はあ、まあ、おっしゃるとおりなのですが」
官吏は淡々と答えた。
「別に自前の
その方たちの体内
「一番元気な方、最初の方がやや危のうございましたから、ご自身の
次のお二人は、気管と頸動脈ですね、血と呼気を整えるところですから、その辺りをつかさせて頂いて、諸共割かせていただきました。
地上で溺れながら死ぬのはさぞかし苦しかろうと思いますが、手を抜きますと死にますので。
最後の
撃つときはかなり濃くなりますから、軽く勢いを与えて偏向させるだけで、脳幹を砕くのは容易というもの。
「そんなことはできない、人にはそれぞれ
「そのとおりなのですが、この街は人が
官吏はかすかにため息をつき、続ける。
「私どもはそうしたシステムの末端の官吏ですので、多少、その、操れるわけでして。
いえまあ、巧みな方は防壁を張ったりもしますが、都市の中なら我々の胎内のようなものですし、流れがすべて見えますから、容易というものです。
余所のかたはこの辺りがわからないようですが」
官吏は悲しそうに言った。
「この街は北で、寒うございますから、脳や心臓をやる方が多いのです。
本来は、応急の手当に使うものなのですが、どうも外の景気が悪く、外来の
心苦しうはございますが、私も殺されたくはないのです」
そこまで言って、男はエルフだったものに視線を落とす。逃亡を図ったので足首の筋繊維の一つを断ち切り、痛みで転ばせ、悲鳴を出せぬよう肺に小さな穴を開け、気胸を起こさせた。
疑問を抱えたまま苦しんで死ぬのはつらかろうと最後くらい答えたものの、果たして最後まで聞いたかどうか。
彼は大気のマナ回線を通じて、夜勤のエルフの女性に通話信号を送った。
「もしもし。はい。エルムストリィト、13番通りです。
はい。5人ほど。
申し訳ないのですが、葬儀屋に連絡して、搬送の手配をお願いします。
寒いとは言え、朝方には傷みましょうから、苦情がでます」
「それでは申し訳有りませんが、なにか身元がわかりそうなものを、当たらせていただきます。仕事なもので」
彼は死体の懐をあさり始めた。案の定、身分証明のたぐいはなかった。
かつての家族に当てた手紙が一通、傭兵くずれの懐から出てきたが、住所もなく、ただ自分のしでかしたことへの悔いと謝罪が書かれていた。
ついで彼らの財布を漁る。5人で銅貨10枚。
宵越しの銭は保たない主義なのか、そこまで食い詰めたのか。
これでは黒パン一斤も買えない。
国民証明書もない。福祉も受けられない。
「申し訳ないですが、縁無き方むけの一番安い葬儀になると思われます。
墓標もございませんが、お許しください。
はい、まあ、予算が限られておりますもので」
死者たちを鎮める印を切り、かれは
彼は勤続20年。
顔の冴えない中年男の官吏であり、誰からも見下される立場だ。
個人
その手のものは都市に供出する決まりとなっている。
だから
しかし、彼は勤続20年。
この都市で、
もちろん、それには人の命の生殺与奪も含まれる。
その経験が、彼に20年の歳月の命を許してきた。
彼の上司である
試験を受け、魔力保持権を得てはどうかと。
ただかれは
程々に給料がもらえ、暮らしていけるなら、無駄に権限を得て無駄な苦労をしたくはなかった。
魔力を抱えて大魔術、というのも相応に疲れる。
だから、彼は勤続20年の
生かした数も殺した数も、きっとこの街で一番多い、他人の魔力を操り使うすべに最も長けた、この街で最も危険な、けれど最もつまらぬ男だ。
明日への夢もなく、今日の安楽だけがあればいいと、今日も片手間で人を活かし、人を殺す。
都市の護りとシステムが無くとも、大気のマンナを嗅いで敵の体を探り、100人の
寒いからだ。
帰宅し暖かなスゥプと黒パンを食べ、暖かな毛布で眠りたい。
それが彼の幸せである。
もう殺した5人のことなど、欠片も考えていなかった。
冴えない魔力持たずの官吏の家路 モーター戦車 @toolsgal2
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