絶交

 「退院、おめでとう」

 そう言って花束をくれるお父さんの笑顔を、また見ることができて嬉しい。心からそう思う。

 「ありがとう」

 私も笑ってみせ、花束をもらった。なんの花かはわからないけど、とてもいい匂いがした。

 「あとこれは、輝君からの退院祝いだそうだ」

 と細長い箱をもらった。あけて見ると、ハートのかわいいネックレスが入っていた。

 「かわいい」

 思わず呟くと、お父さんが

 「どれどれ。おぉ良い趣味をしてるじゃないか。きっと紫恩に似合うだろう」

 と、お父さんも感心するほどかわいいネックレスだった。



 結局、手術は成功した。いや、してしまった。目が覚めた時は、ため息しかでてこなかった。美琴の絶望的な顔を見た瞬間、もう死にたいと思ったのに。神様はそれを認めてくれなかった。

 退院までの1ヶ月、体調は良くなっていくばかりだった。



 「紫恩、ちょっといい?」

 1ヶ月ぶりの大学の講義が終わり、ノートをまとめていると聞き覚えのある声に声を掛けられた。いや、聞き覚えのあるなんてどころじゃない。声の主は私の

 「なに? 愛離」

 親友だった。冨沢とみざわ 愛離あいり。高校からの知り合いで、私の大切な親友——。そして、美琴の幼なじみ。

 「ちょっと話があるんだけど」

 そう言う愛離の目はどこか、曇っていた。

 「あ、うん。わかった」

 実は輝に、愛離とは話すなと言われていた。



 「あ、輝―♪」

 バイト帰りであろう輝を輝の家の前で待っていると、ちょうど輝が帰ってきた。

 「あ、紫恩。ごめんな。今日退院なのに、行ってやれなくて」

 「ううん。バイトだったんでしょ? お疲れ様」

 そう言って私は飲み物を輝に渡す。

 「あ、ネックレスありがとう。早速つけてみたんだけど、どう?」

 「すごい似合ってる。綺麗だよ」

 「へへ……」

 輝に褒められるとなんだか照れる。

 「あ、そーいえば明日大学行くんだけど。輝は?」

 「俺? ごめん。俺明日もバイトなんだ」

 「そ、そっか」

 うぅ……。1ヶ月ぶりの大学を一人で行くことになるとは……。

 でも、わがまま言えないし……。

 「あ、紫恩。1つお願いがあるんだけど」

 「ん? 何?」

 輝は一瞬ためらい、言った。


 「愛離には、何を言われても無視しろ」


 「……え?」

 固まってしまった私に輝は続ける。

 「え?って。愛離とは全く連絡とってないだろ?」

 「あ、そういえば……」

 「それに紫恩はなんて言って美琴と別れた?」

 「美琴より良い人を見つけたから、今度その人結婚するって……」

 「そんな事言って別れた上に1ヶ月も連絡しないで、あの愛離が怒ってないわけないだろ」

 「そう……だね」

 実は愛離は美琴が好きだった。いや、好きだった、ではなく今も美琴のことを好きだと思う。

 私と輝がこのことを知っていることは、愛離も美琴も知らない。



 けど私は、話すつもりで大学に来ていた。きっと愛離は、美琴を捨てた私を許さないと思う。

小さい頃から好きだった相手が、自分の親友に恋をした。そして親友も相手に恋をしていた。だから自分は相手の幸せを思い、応援していた。ずっと。でもある日、親友は恋人を捨て、音信不通になった。そして1ヶ月後、急に目の前に現れた。こんなチャンス、2度と来ない。そう思うはず。私も、覚悟はできていた。

 愛離に連れてこられた場所は、人のいない大学の裏庭だった。

 「なんで大学に、来たの」

 「なんでって……私はここの生徒よ。大学に来るのは当たり前じゃない」

 なるべく冷たく、言ってみる。

 「じゃあ、1ヶ月間大学にも来ないし、音信不通だったのはなんで?」

 「…………」

 「急に美琴を捨てたのは、なんで?」

 「それは、美琴より良い人が見つかったからよ」

 声が震えないように言った。さっきの質問には、答えられなかったけど。

 「本当、なの」

 私はただ、頷いた。

 「あたし、信じてたのに。絶対嘘だって。紫恩が美琴を捨てるはずないって。信じてたのに」

 愛離の声は震えていて、今にも泣きそうだった。

 「私はこんな女よ。いらない物は捨てる。当り前じゃない」

 最低だ、私。もう、死にたいよ。

 「紫恩には失望した。もう絶交よ、私達。紫恩なんか、紫恩なんか大嫌いっ!」

 そう言って愛離は走り去ってしまった。

 「そう、これでいいのよ、これで」

 私は一人呟いた。

 そしてこれが、私と愛離の最後の会話になるのだった。

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