取引25 せどりコートシップ
「ベイタ、大丈夫、ですか?」
「ハァ、むぉ、問題ないィ、ハァ、ハァ……」
「少しだけ休みましょう、ほら……」
ミアの言葉に甘え、道端の階段に倒れるように座りこむ。大学からは、もうかれこれ20分は移動してきた。追手がくる気配もないし、メリッサからの連絡もないので、上手く抜け出せたらしい。よかった、と思うのが半分、荒い呼吸と重い脚のせいでこれ以上走れない自分が、この上なく情けないのが半分。運動部でもないのにカッコつけたことを、少しだけ後悔した。
「……汗がすごいです。ベイタ、じっとして……」
ミアはハンカチを取り出し、米太の顔面の汗を丁寧にぬぐう。
「……ちょ、そんなこと別に……」
「ノン、風邪をひいてしまいます」
「……本当に大丈夫だから、いい」
気恥ずかしさから、ハンカチを払いのける。それからじっと恨めしそうにミアを睨みつけ、
「……それに、何だかんだ結構なスピード出してた張本人に、言われてもな」
「……う、……仕方ないじゃありませんか、電動アシスト、すごく快適だったんですから」
「とはいえ、もうかなり近くまで来たから、後は歩いて行こう。……てか、正直もう走れん」
「……わかりました。……あと、その……メルシー、ベイタ」
「あ? なんのことだ……?」
内心思い当たったが、とぼけたふりをする米太。その様子にミアは一層笑顔になって、
「……何でもありません。……では、行きましょう」
米太が立ち上がり、二人は歩道を並んで歩く。平日の午前中の町並みはなんだか新鮮で、あわただしく動く人や車が、普段とはずいぶん別世界に感じた。
「……ところで、どうやって抜け出してきたんだ? 結局高等部棟からの作戦は、メリッサに任せたきりで、聞いてなかったんだが?」
「……どうやっても何も、そのままです。フローラと多目的トイレで待ち合わせて、そこでわたしも制服に着替える。先にフローラに監視と一緒に戻ってもらってから、カツラと眼鏡を付けて高等部棟へ入ったんです。……フローラと一緒に着替えなんて、久しぶりすぎて、少し緊張しました……」
「へぇ。……なんかそれは意外だな。仲良さそうに見えるが……」
「……悪くはないと思います。……でも、その……」
「……?」
ミアは急に眉を吊り上げて顔を真っ赤にし、
「……何がとは、言えませんが、いつの間にか色々抜かされていて。……なんというか、姉としての威厳が大いに傷つきました……」
(……胸のことですね、はい、わかります)
などと言えるはずもなく、気まずい空気になる。そのまましばらく歩いてから、
「あ。すっかり忘れてたが、俺たちも着替えないとな。平日の午前中に制服でうろうろするのは、かえって目立つから」
「……そうでした。ええと、……どこか着替えられるような場所は……」
「や、まだ大丈夫だ。会場の近くに、たしか割と綺麗な公衆トイレがあったはず……」
「……あのー、ベイタ?」
ミアが歩くのをやめないままに、
「……それで、結局わたし達は、どこに向かっているのでしょう?」
「ふふん」
やっと聞いてきたか、と嬉しくて、思わず鼻で笑ってしまう。米太は正面を指さし、
「この先には、この辺で有名な神社がある。そして今日、そこで期間限定のあるイベントが開かれていているんだ……」
視界の先には朱に塗られた大鳥居が見え、人混みがにぎわっている様子が聞こえてくる。鳥居の先には多くの露店が軒を連ね、
「……ベイタッ、もしかして……!」
途端に目を輝かせるミアに、「ああ」と米太は言い、
「……本物のフリマに、行かないか?」
「はい、安いよー、見てってよー」
神社の敷地内では、『闇市・希少品マーケット』などと書かれたのぼりがいくつも上がっている。持参した普段着に着替えた二人は、碁盤上に並んだ屋根のない露店を次から次へと見て周る。彫刻品、レコード、和服から、懐かしの玩具まで、中には見たこともないような宗教的なグッズなんかもあって、露店ひとつひとつがそれぞれ、独特の空気を放っていた。
「わあああ……」
大まかに少なくない人の流れに乗りつつ、適度に足を止めて、商品を手に取ってみる。その都度、「らっしゃい」だとか「800円、700円でもいいよ」とか、「こいつは、上物だよ、めったに出ない」とか。小綺麗でにこやかな若い人から、やけに視線の鋭い髭のオジサンまで、いろんな店主が話しかけてきた。
無論、米太がミアとの間に入り、接客を適当にあしらいつつ、
「……こうやって平然と売ってるが、正直、結構怪しい値段の付け方をしてるものも、いっぱいある。……例えばあれ、あんな古びた着物の帯、正直、中古の価値はゴミ同然なんだろうが、ほら、1000円って結構な値段を付けてきてる」
「……わぁ、ホントですね……」
「……多分、日本人は絶対買わないが、ちらほらいる外国人観光客向けのものなんだろう。……ああいうの見ると、したたかだなぁ、と思うんだよなぁ。……でも、それがフリマの醍醐味でもある。要は自分の目利き次第ってな」
「……奥が深いです。どうすれば、磨けるんでしょうか?」
「……俺の師匠の店長曰く、とにかく出会うしかないそうだ。……そこで」
米太がにやりとドヤ顔をする。
「せっかくだから、試してみないか、目利き?」
「……試す? どういうことですか?」
「ミアは『せどり』って知ってる?」
「ノン、わかりません」
「せどり、っていうのは、価値ある中古品を安く見つけてきて、それを高く売って儲けを出すことだ。正直ぱっと見ただけで、この場にも、せどり目的の人が何人もいる」
「……へぇー、すごい。つまり、いい品を見つける目でお金を稼ぐと? ……なんだかカッコいいです」
「と、いうことで、今から俺たちも、せどりに挑戦してみたいと思う!」
「え! 今? そんな急に、……上手くできるでしょうか?」
不安そうな顔を見せるミアに、米太は、
「心配ない。ハンデとして、俺は全く知識のない分野だけでチャレンジする。それなら対等だろ? これは勝負だ。今から何個か『自分が実は高く売れると思うもの』を買ってきて、その後、買った品をリサイクルショップで査定してもらう。で、差額が多かった方が勝ちだ。負けた方は、罰ゲームとして、変顔写メな?」
「……勝負、ですか……なら、負けません。わたし、こう見えて負けず嫌いなのです」
「……ほほう? じゃあ、今から30分、目利きの時間だ。夢中になるあまり、別行動にならないようにな?」
「……わかっています。ベイタこそ、見失わないでくださいね」
「あと、もう一個だけ言っとく。……値下げ交渉は必須だ」
「……わかりました。やってみます!」
「オーケー。じゃあ、それぞれ、この現金を小分けした財布を持って、……よーい、スタート」
50分後、米太とミアは紙袋を抱えて向かい合う。
「……大分悩んでたみたいだな。ああいうのは、迷えば迷うほど、ドツボにはまるもんだぞ?」
「ウィー。……でも、聞いてくださいベイタ、初めて、お値下げしてもらえました!」
「見てた見てた。……あれは、卑怯だよな。『お姉さん、美人だね』に『美人なので、値下げしてください』とは。さすがのオッちゃんも最後は根負けしてたの、めっちゃ面白かったよ」
「ウィー。なんというか、達成感? があるのですね、値下げって」
「ああ。得した、って思うだけで、ちょっとだけ幸せな気分になれるんだ」
米太の言葉に、ミアが笑顔で頷く。
「……ウィー、いいですね、……こういうのもっ」
その笑顔に、米太は見惚れた。かつて値上げ交渉をするくらい、真逆だったの価値観の持ち主と、こうして価値観を分かち合い、認め合うことができるようになるとは、夢にも思わなかった。
(……この娘は、本当に……)
「ベイタ」
ミアの声に、思考の波がひいていく。
「……次は、リサイクル、ショップ? ですよね。……どこのお店に行くのですか?」
「まぁまぁ。そう焦らない。とりあえず昼も近いし、この辺でご飯にしないか?」
「……それはいいですね。ちょうどお腹が空いてきたところです。……ベイタ、どこか心当たりが?」
「一応考えてはいたんだが、……でも、せっかくだから、ミアの方こそ『今まで気になっていたけど、食べたことのない日本食』とかってあるか? できるだけ庶民的なヤツ」
「……あ、あります! さつま揚げとか、お茶漬けとか、くずきりに、ぜんざい、他にも!」
「なら、全部行こう。満腹になるまで全部!」
「……ウィー。 すごい、夢みたいです!」
再び目を輝かせるミアに、ベイタはぎこちなく、その手を取って言う。
「じゃあ、……行こうか」
ミアは少し驚いたように目を瞬いてから、
「……ウィー」
心底嬉しそうにほほ笑んで、握り返してくれた。
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