取引26 査定スキャンダル
『何度も言うように、この作戦の肝は、いかにスキャンダラスな写真や動画を撮れるかにかかってる。正直、今米ちゃんの言った内容じゃ、ただのデート。それじゃお金は動かないよ? ……そしてお金が動かない記事は誰も書かないから、脅しにもならない。……本末転倒じゃん』
『それは、……そうだが。……じゃあ、どうすればいい?』
『ゴシップが求めるのは、とにかく人目を引く内容だ。
『おい、ちょっと待てよ。……お前まさか、あの娘に……!』
『話を最後まで聞いてくれよ、米ちゃん。たしかに客観的にみて、一番手っ取り早いのは、公女様とセックスの掛け合わせだ。『お忍びで留学してた貞淑な公女様が、実はセックス中毒だった』なんて、どう考えてもアクセス稼げるだろ? それくらいインパクトがないと、ゆすりのネタにはならないんだ。……だから、憶測で否定できないくらいの既成事実が必要……』
『……いい加減にしろよ。これ以上言ってみろ。たとえお前でも俺は殴る』
『……お、落ち着けよ、米ちゃん、勘違いするなって。別にこちとら、本気でどうこうしようってわけじゃないんだ。……ただ、要は、そうやって見えさえすればいい。実際に行為に及ぶ必要はない。……わかった?』
『つまり……、偽装工作をすればいいのか?』
『ああ。……一目見て誰もが疑うような場所で、写真を撮れれば十分だ。行き先は、もちろん言わなくてもわかるよな?』
『…………』
『……で、やるの、やらないの?』
『……、わかった。……どうにかする』
◇◇◇◇◇◇
「…………」
時刻は昼を過ぎた辺り。今頃大学では、午前中の講義が終了して、昼食を求めて賑わっている時間だ。計画上では、ミアに変装したメリッサが、目立つ場所で豪華弁当を食べているところだと思う。それはそれで見てみたい気もするが。
「ふぁー、も、もうダメ。食べられないです……」
神社近くのアーケード通りを、米太はミアと歩く。
「……、でも、美味しかったー、幸せですー」
隣では、日本食の食べ歩き梯子を、すっかり満喫したミアが、嬉しそうな顔を見せていた。
「しかしミア、……そんな中でも、さっそく値下げ交渉を駆使するとは、中々やるな」
「本当は、値上げしてあげたかったのですが、何でしょう。不思議なことに、お店の方々は安く売りたがっていたような気がしまして……」
「商店街、って感じがするよな、ここは。自分が儲かるより、客に喜んでほしいっていう人が多いんだ。正直、俺も何度もお世話になってる。……お節介もひどかったけどな」
本当だ。変装してるとはいえ、ミアの姿を見た瞬間、顔見知りの店員達がニヤニヤと生暖かい視線を向けてくるのを、嫌というほど感じた。多少控えめにしてくれた分、今度一人で来た時が怖い。もしくは、その矛先が蛍に向きそうで怖い。などと、米太に事後の心配がよぎる。
「……なんだかいいですね、それも。とっても素敵で、羨ましいです」
「……羨ましい? どっちかというと、ミアよりの考えだと思うが……」
何気なく言った返しだが、ミアは苦笑して、
「……わたしじゃありません。おばあ様の受け売りです。おばあ様は、うちの家系で初めて女性として家督をついだ立派な方でした。利益を優先するあまり、腐敗しがちだった家の内情を改革した……わたしの憧れの人です……』
「へぇー、そうなのか。会ってみたいな……そんな人」
「……残念ながら、……無理です」
「え?」
「……おばあ様は、五年前に亡くなりました。わたしも、もっといろいろ教わるべきだったと後悔しています」
「……そう、なのか。……だったらなおさら、俺はラッキーだな。そんなすごい人のお孫さんと、こうやってフリマを回れるなんてな」
「……ベイタ……」
揺れる瞳で、ミアがこちらを見上げる。その視線にこもる熱に、米太は動揺しそうになるが、咳ばらいをして誤魔化した。
「……ここだ」
足を止めた二人の頭上には、昼間なのにネオンを光らせた派手な看板がそびえていた。
『高価買取!』『売ってください!』そんな宣伝文句が書かれた看板の下には、コンビニばりに明るく照らされた店内がガラス越しに見える。大型冷蔵庫や食器棚、自転車など、先ほどの闇市とはかなり違ったラインナップになっていた。なんでもこの地域ではよく知られたお店で、周辺の県内にはチェーン店もあるそうだ。
「……すごい、ワクワクしますね。どうしたんですか、ベイタ? 早く中に入りましょう?」
「……うーん、ここまで来てなんだが、正直、ここ、俺のバイト先なんだ」
「え、ということは、店長さんは……?」
「……ああ。何度か話に出てきた俺の師匠だ。めっちゃいい人なんだが……ちょっと性格にクセのある人でな……。それを思うと少しばかりの躊躇が……」
「……ぃらっしゃいませー! 失礼しまーす!」
後ろから威勢のいい男の声が聞こえ、米太は思わず身体を硬直させる。エプロンを付けた大柄な店員が、台車に家電を積んで店に運び入れていく。しかし、すれ違いざまに、
「……ん? ハナじゃねぇか! 何してんだ、今日はシフト外……」
視線がミアを捉えた瞬間、言葉が途切れた。これはまずい、と米太は状況を感じ取り、
「……おい、……誰だ、それ。……女か?」
「……ええと、この辺に詳しくないので、案内を……」
「何してるかは聞いてねぇ! そいつはお前の何なんだ、って聞いてんだオ、レ、は!」
店員がそのポマードで固めた頭を掻きむしり、詰め寄ってくる。一見顔薄めの優しいサラリーマンに見えるが、その視線はギラついていて、今にも飛びかかってきそうだ。
「……べ、ベイタ。……この方は一体?」
困惑した様子で尋ねてくるミアに、米太は恥ずかしそうに、
「……え、と、……店長……」
「! 店長さん? じゃあ、……もしかして、お師匠さまですね?」
「誰が師匠だ! 女の子なんて連れてきやがって、ハナ! どういうつもりだ! この店のルールを忘れたのか!?」
「も、もちろん忘れてないッす! 店長!」
「――じゃあ! こんな平日の昼間に、何しに来たッ!?」
薄口しょうゆ顔を、般若のようにシワ寄せて、店長がキレる。思わず米太の後ろに隠れたミアだったが、米太は持ってきた荷物をゴソゴソやり、
「……何って、査定に決まってるじゃないですか。……ほら、ミアも」
促すように米太が見ると、ミアも荷物から先ほどの商品を取り出して、
「……ええと、査定をお願いします、お師匠さま!」
リサイクルショップの店内は、人がまばらだった。あれほど怒り狂っていた店長は、商品を見た途端、真顔になり、今もカウンターの奥で虫眼鏡を構えている。
「……本当に、仕事熱心な方なのですね」
「……ああ。ただ、熱心すぎるあまり、婚期を逃したとかで、既婚者を逆恨みしててな。その関係でバイトに恋人ができると、ガチでバイトか恋人か選ばせた上、恋人を選んだやつは問答無用でクビにしてる。……俺が入ってからも、何人かいたな」
「……そ、それはとても、エキセントリック、ですね……」
「ま、ちゃんと面接でその辺は説明されてるし、その分、時給はかなり高めだから、いいんだけどな」
周囲を見回す。什器の上にある楽器やゲーム、古着の列の向こうには、所狭しと家具が並ぶ。見慣れたいつものバイト先だ。
「……ここも、素敵ですね。なんだか、生活感があってホッとします」
「……確かに。ミアの部屋よりはマシだな」
「ノン。……あれはあれで、とても落ち着くのです」
「まぁ、そうだな。……なんというか、旅館みたいで、いい部屋だった」
「……」
「どうした?」
「……その……はじめて褒められました」
「え、……マジ?」
「ウィー。あの部屋に関しては、いつもは味方してくれるメリッサも、『理解はしかねますが、まぁ、素敵?』と、疑問形しか言ってくれなかったのです」
「そ、そうなんだ……」
「ウィー、……どうしよう、とても……嬉しいです」
両手で顔を覆い、ミアが俯く。思わず見惚れるが、米太の視線に気づいたミアと視線がぶつかり、
「…………」
恥ずかしくなり、互いに目を逸らしあう。少しの気まずさと、大きな心臓の鼓動を感じていると、
「……待たせたな。……査定の結果が出たぞ。……どっちからいく? ほれ、ほれ?」
清々しいほどすっかり笑顔になった店長が、やけにハイテンションで促してきた。
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