取引23 偽りコンフィメーション


 講義時間、いつかと同じパソコン室で、米太はメリッサと向かい合う。


「……話はわかりました。……でも、花野井くん。一つだけ確認させてください」

「……何だ?」

「……花野井くんは、ミア様のこと、どう思っていますか?」


 それは、ついこの前聞かれた質問と、同じ質問だった。


「……どうって。いいヤツだと思ってるけど……」

「……それだけですか?」


 メリッサの視線は、厳しくも優しくもなければ熱さも冷たさもない。ただ、ありのままの米太の感情を映し出すような透明感に、米太は内心うろたえた。


「……あの、前も同じことを聞かれたけど、それって……?」

「……すみません。こんなの不躾ぶしつけだって、私もわかっています。……でも、ミア様は特別なんです。たかがデートと軽く考えることは、正直できません……。……お義父とうさまから聞いたはずですよね?」

「……ああ」

「……それでもなお、貴方がミア様をデートに誘うというのなら、それなりの覚悟が求められるのは当然です。……ましてや、ローラ様まで巻き込んだとなると……」

「……それは、……すまなかった。どうしても、他に手段がなくて……」

「……ちゃんと聞かせてください。花野井くんはどうして、ミア様を連れ出したいのか。その後、どうするつもりなのか。……少なくとも、協力を持ちかけられる身としては、確認する義務がありますので……」


 少しだけ、メリッサの表情に真剣みが増したのを感じる。回答や言葉の選択を誤まると、せっかくの苦労がぜんぶ台無しになる。米太は息を吸って心を落ち着かせ、


「……アイツ、言ってたんだ。……自分の見ている日本は、とても空しい、自分は本当の日本について何も知りません……って。……あの時、俺、実は感じてたんだ、……ああ、きっとこの人は、俺とは住む世界が違う人なんだ、って。で、実際、公国のお姫様で。……そんな娘に俺ができることなんて、ほとんどないことはわかってる。あの執事の言う通り、俺はきっと去るべきヤツなんだと思う。……でも」


 目の前ではメリッサの真摯な瞳がこちらを見ている。こういう時は変に細工せず、事実を語るのが一番いいと、米太は少し前までの自分の気持ちを素直に言葉にする。


「……約束、したんだ。庶民的な、本当の日本を教えるって。……ただ、フリマアプリを教えるくらいだけど。……それでもあの娘が、日本に来てよかったって、少しでも思ってくれるなら、心底それだけでいいと思ったんだ……」


「……資格がないことは、もともと承知してる。その後どうなりたいかなんて、考えることすらできないとも思う。……でも、わかってることは、俺はミアを笑顔にしたい。別れるなら、笑顔で別れたい。……俺が考えられることなんて、それくらいだ……」

「…………」


 少しだけ、無言の間ができる。


「……こんなのじゃ、答えには、なってないか?」


 自嘲気味に聞くと、「いいえ」と、メリッサがゆっくり首を振り、


「……貴方の覚悟、承知しました。……ただ、これだけの短期間で、よくそこまで……、ミア様もミア様ですね……」

「……ええと?」

「冗談ではありませんよ。『ミア様を笑顔にしたい』とは、ミア様に近しい人なら全員が胸に抱く命題ですから。……そして、花野井くん。貴方はいとも簡単にそれをやってのけている。……正直、少なからず花野井くんには嫉妬しています……」


 メリッサが、急にジト目をこちらに向けて腕を組む。


「……そ、それはなんというか、申し訳ない……」

「……ですが、こうまで結果を出されては、断りようがありません。今回のデートは、公国に仕える者として、全力でサポートさせていただきます」


 多少投げやりに放たれたその言葉だが、米太は表情を明るくした。


「……ホントか! それは、助かる!」

「……では、今晩、もう一度手はずを確認させてください。23時にこちらから連絡します」

「わかった。……よろしく頼む」

「……お手数をおかけしてすみませんでした、花野井くん」

「いや、こちらこそ。それじゃあ……」


 パソコン室の扉に手をかけ、退室しようとした時。


「……あの」


 メリッサから、再度声がかかった。


「……やはりもう少しだけ、貴方に聞いてほしい話があります」




◇◇◇◇◇◇





 デートの日の朝は、快晴だった。清々しいくらい気持ちのよい天気が、皮肉にも自分の浅ましさを浮き彫りにされているようで、どうにも皮肉めいている。支度を終えた米太は早々に玄関に向かい、 


「……兄さん? もう行くの?」

「ああ。……今日は根尾と外で食べてくるから、弁当はいらない」

「……めずらしいね? ……いってらっしゃい」

「…………」

「……え、なに?」


 一見いつも通りの、気の抜けた笑顔の蛍。しかし、それが未だ本来の笑顔でないことを、米太は今一度自分に彫り刻むように、目に焼き付ける。


「……いいや、なんでもない。……いってきます」


(……待ってろよ蛍。お前の笑顔は必ず、俺が取り戻してやるから)





 早朝のファミレスに入ると、窓際の席で根尾が手を振っているのが見えた。向かいに腰掛けると、


「……コイツが例のブツ、で、こっちが動画用の小型カメラ。ぜんぜんわかんないでしょ? 各所ともに必要な手はずは整ってるようだから、後は実行するだけだぜ、……お代官様?」

「すまない。恩に着るよ、本当」


 根尾が大柄の紙袋を差し出し、米太は受け取ろうととする。しかし、


「ちょっと待った」


 紙袋の取っ手を握ったまま、なぜか放そうとしない根尾が、口を開いた。


「これが最終確認だ。この先はもう、本格的に引き返せない。……米ちゃん、ホントにいいんだな?」


「……ああ」と米太は落ち着いた返事をし、


「……言った通りメリッサにも、ローラにも、もちろんミアにも伝えない。普通にデートを終えて、そのまま約束通り距離を置く。その裏で写真と動画を餌にジョエルに働きかけ、口封じのお金を得た上でこっちの秘密も守ってもらう。……何度も言ってるが、きっとこれは、全員が幸せになれる取引なんだ。だからやる。……たとえ、騙すことになっても……」

「…………全員ねぇ」

「何だ?」


 含みのある言い方に視線をやると、根尾はようやく取っ手から手を放し、


「いいや、何でもないよ、米ちゃん。……じゃ、手はず通りに」

「ああ。頼むな」


 別れ際に見ると、根尾はいつものさえない様子で、手をひらひらと振っていた。

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